テキスト(FF16)

ジルちゃんの、我が身は獣・心は氷と題されたアートがあります。
ウォールード王国のアインヘリアル船、バルナバスに捕らえられていた間に檻に押し込められていましたよね。
鉄王国にて兵器として用いられていた彼女、そうした過去から嫌な記憶を思い出したりしないかと心配になりまして。命令されるまま相手の命を絶ってはまた檻へと押し込められる日々を…。彼女自身因果を断つと述べていたとはいえ…。
クライヴが助けに来て抱きしめられた時、とてもとても安心したのではないかな、と思いまして。
正面からまっすぐお互いの存在を確かめながら抱き合うことの多いふたり、偶にはクライヴが背後からすっぽり抱きしめてあげているものいいなあと思った次第で。
ゲーム内において風が吹いているときの自然な流れ・吹き方をする技術が素晴らしい。トルガル🐺のもふもふ毛並み~。







IF

ごうごうと吹き荒れる潮風はふたりの髪をいたずらでもするように乱暴になでつける。
そうした中特段戸惑ったりしないのはお互いの体温が心地良いから。

黒の一帯の影響により、エーテルが失われ大地が死につつあるヴァリスゼアにおいてそれでもまだ緑や花が咲くところは存在している。
その元凶であるマザークリスタル破壊まで残すところあとひとつ。しかし風の大陸のおけるあちこちで吹き上げているエーテル溜まりが彼らの行く手を阻む。拠点の皆と共にベアラーと呼ばれる魔法が使えること以外ふつうの人と何も変わらない人々の保護活動も合わせてよりいっそうさらに奔走し続けている。このヴァリスゼアの認識をすぐに変えることは出来ない。黒の一帯はさらに深刻化している。
協力者のひとりマーサの手助けを行なってから、静寂の浜辺にて鉄王国からロザリアへ侵略しようとしていた3人の屈強な戦士たちに止めを刺した後のこと。少し乱暴に剣と顔に振りかかった血を拭い。
彼と共に戦い続ける狼—トルガルの頭を優しく撫でて、時には隣にある時は背中合わせで戦い続ける彼女の様子を窺う。
「ジル」
海の向こうへと視線を向けていた彼女が彼の呼びかけにすぐに反応してまっすぐにこちらを見つめてきた。その表情にもう迷いはないように見える。
「少し、休もうか」
静かな了承を得て、労わるように背中に手をやり、小高い丘から戦いの後の気持ちを落ち着かせる為に海を眺めようとふたりして足を進める。
トルガルがその少し後から静かについて来た。

そう長く休んでいられないことはお互いに分かっていた。ヴァリスゼアに残された時は少ないのだと、この変わり果てた空を目にするたびに思い知らされる。ジョシュアとディオンが目を覚ましたのなら、聞かなければならないことも行わなければならないことも、たくさんある。
トルガルが、少し離れた場所で横たわっている。危険を察知すればすぐに威嚇して知らせ、真っ先に駆け出す頼もしい狼—クライヴにとってトルガルは頼れる相棒である。
では、ジルは-…。後ろから彼にすっぽりと抱きすくめられ、ゆるやかに彼に体重を預けている彼女は…。
「ありがとう、ジル。」
兵器でしかなかった時のことを、彼女は稀にぽつりぽつりと彼に話すことはあった。
今は何も言わない。無理に話す必要もない。
人でありたいのだと、頼って欲しいと、その想いを知っているのだから。前者はなるべく彼女に知らせようと彼は言葉と行動に移す。ただ、後者は-…。
「こちらこそ、ありがとうクライヴ。」
あなたひとりに背負わせないと、ジルは自らの手の平をクライヴの手の甲に合わせた。
私がこうしていられるのは、あなたがいてくれたからなのだとそう伝える為に。
今はかつての青空を小高い丘からは眺められない。
草と花の香りがフェニックスゲートにての悲劇が起きる前の子ども時代―3人で遺跡を含めて遊びに出かけた懐かしい時を脳裏に去来させる。3人でトルガルを連れて旅をしたいな、と言葉には出さない弟の透き通った青い瞳を。彼女も目を輝かせて川の水位の低いところで軽やかにステップを踏みながら青空を眺めて微笑んでいた。
正式にナイトになった彼にふたりとも心からの祝福の言葉を送りながら。

あのままロザリアの統治が続いていたとしたら、クリスタルの加護から逃れることは出来ず滅びへと向かっていたはずだ。
ジョシュアはフェニックスのドミナントとして教団員たちに祀り上げられ、ジルがドミナントとして覚醒し―そして、クライヴは…。
支配下に置かれていることにも気づけずにばらばらになっていったであろう。
ひとつの国にドミナントが3人も揃うのは異例であろう。情報がなかったウォールード王国は事実そうした国である。
掌握するほどの軍事力がありながら不気味なほど精悍している灰の大陸唯一の王国―オーディンのドミナント・バルナバスに立ち向かわなければならない。薄氷を踏むような思いを覚える。
潮風がまたざあっと強く吹きつける。身体が冷えないように抱きしめる力を強めると再会の喜びを分かち合い抱きしめ合ったあの日を思い出す。
彼と彼女が再会出来てからまもなく—皇国領ロザリス-どれほど荒れ果ててしまっているのか考えることすら放棄していたかつての故郷にふたりで真実を確かめる為に戻ろうと決めたあの時を。
石化していく人々。ベアラーではない、彼らは人のはずだ。
そして、イフリートのドミナント。それが自分なのだと。
受け入れた後は罪を背負って生きるのだと、すべてのマザークリスタルを破壊した後に自分が罪に問われるのは疑いようがないと決意を抱いて。
罪を背負ったまま、最後の夢を抱えて生きる。
それは悲劇であると叔父の屋敷にあった文学作品では締めくくられていた。それでも-。

(もしロザリアに居たままなら―何も分からないで、俺はジョシュアとジルに手を掛けていたはずだ…)

これまで故郷を含めて多くの人たちとベアラーたちを失った。敵だと認識してたくさんの命に手を掛けた。今も続いている。
加護を断ち切ったとしても悲劇と苦痛が終わる世界ではない。それは分かっている。分かっているからこそ、逃げたりはしない。前に進むと決めた以上―歩みを止めたりしないのだ。

腕の中にいる彼女の暖かさに確かなものを感じる。
弟が生きていて、しっかりと抱きしめたあの何ものにも代え難い喜びの時が。確かなものが自分にはある。
過去は消えない。それでもいい。
「…あの時も、海風が強かったわね…」
彼女がぽつりと口にした日はいったいいつなのだろか。
いつだっていい。
凛とした表情と透き通った声色の中に今この時を受け入れてそしてこの5年間、お互いに確かなものを見出そうと足掻き続けて。紡いできた想いが含まれていると伝わってくるから。
何も知らないまま弟と彼女を失って、独りになるよりずっといい。
もしそうなってしまっていたら、今ごろ俺はもうとっくに―。

“なあ、クライヴ。ドミナントと人はどう違う-?“

シド…ドミナントは運命の支配下にある存在だ、…抗うことが出来ない。
今はまだ。
指を絡ませているジルの手をぎゅっと握り、クライヴは言った。
「ジル、君がここにいてくれてよかった。君で、よかった」
ジルが振り向き、それに応えてくれた。
「クライヴ、あなたがいてくれて…あなたでよかった」
シド。お前が言ってくれた通り、お前に誓った通り。俺たちは人でありたい。どれほど過酷で厳しい現実が押し寄せようとお前が託してくれてものを、お前の最後の夢を。捨てたり諦めたりはしない。
ざあっとジルが思い浮かべたであろう日と同じように冷たい潮風が吹き付けて来る。髪が乱暴に撫でつけられても後ろからさらに強く抱きしめて顔をうずめた。その暖かさからくるお互いの存在を確かめ合う。
どれほど冷たく厳しい世界であっても。自らの意思と魂を込めて炎を灯しそれが消えない限り。
そして自らの意思で今ここに居てくれる君を-。
あなたを―。
(あなたの想いも、ジョシュアの想いも…私はこの目で見て、私の心で感じた。忘れない、覚えている。クライヴ、あなたがいてくれるのなら-)
過去も今も、そしてこれからを共に生きていく為にもお互いを受け入れて前に進んでいく。
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