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序章

 ここは、神明神宮しんめいじんぐう・大神殿。八洲国やしまのくにの中心である扶桑京のさらに中心。妖魔から都を守る要の祈祷所だ。ここは霊力の強いものたちを集めて育てる機関でもある。そういう意味でも、要所なのだ。
 部屋の端と端が視界に入りきらないほどの大きさ、私たちの背丈を十ほど並べても足りないかと思われるほどの高い天井。何をとっても、この国でこの場所に及ぶ祈祷所はないだろう。

 すでに神殿には、私と同じ格好をした巫女たちが集まり始めていた。その中から、人懐っこい笑顔を浮かべながら近づいてくる者がいる。

「おはよ、カンナ」
「先程はお声かけありがとうございます」
「いやいや、いつもしてもらってるお返しだよ」

 彼女はユカリという。扶桑京の外れの田舎で埋もれていた天才。私とほぼ同時にこの養成機関の仲間入り。幼い頃から修行のすべてを彼女と競いあってきた。いわゆる腐れ縁というやつである。

「ねぇ、カンナ?」
「はい?」
「もうすぐ、私たちはここの修行おしまいじゃない」
「うん」
「あんた、これからどうするつもり?」

 どうする、とは。

「故郷に帰るの? それとも、ここに残るの?」
「それは……」

 私は、彼女のこの質問が苦手だった。どうしても、答えられないのだ。私が必要とされているところに行く――それではいけないのだろうか。

「まだ、決めていません」
「……どうして?」

 ユカリの目が、問い詰めるときのギラリとした鋭さを持った。私は、彼女のその目が苦手だった。弱い自分を丸裸にしてさらされるような気がして。
 その瞬間、神殿は突如静寂を取り戻した。奥の間から双子の巫女に守られた巫女長様の姿が現れる。ユカリはなにか言いたげなのを飲み込み、前へ向き直った。

「みなさん、おはようございます」

 巫女長様は、いつものように柔らかい笑顔であいさつをし、都の現状、これからの予定などをつらつらと語っていく。しかし今の私の耳に、その言葉たちが引っ掛かることはなかった。

 神明神宮で修行をしている私たちは、「扶桑京警備隊・巫術分隊ふそうきょうけいびたい・ふじゅつぶんたい」というものに、見習いとして組織される。これはお役人たちの使う文字でむやみに難しく書いたものであるから、私たちをはじめ町の人々はそろって「巫女隊」と呼ぶ。巫女隊は、都を守る警備隊の中でも霊力に優れる女性が選ばれ入るものだ。とはいえ、ここのところ巫女隊も力を増し、警備隊から巫女を引き抜くよりも各地から修行にやってくる巫女が多くなった。実は、私もその一人。
 見習いとしての期間を終えると、私たちはそれぞれ八洲国じゅうに散らばり、役目を果たすこととなる。ユカリが私に聞いてきたのは、その役目のことだ。

 「それでは、本日もがんばってまいりましょう」

 ぼうっとしているうちに、朝礼が終わってしまった。まぁ、周りのざわつきもなかったことだから、いつもと何ら変わりないものだったと思う。

 「今日も仕事はなしかぁ~」

 先ほどまでのピリピリとした雰囲気を振り払うように、ユカリは明るい表情で残念がる。

「人手のない時は散々タダ働きさせられて、足りていれば空気扱い……。これだから見習いは嫌だねぇ」

 彼女のボヤキに苦笑で返す。実際、ここ数か月私たちは暇でしょうがない。数か月前に都の人々を片っ端から呪って動けなくした妖怪を倒して以来、木っ端妖怪一匹すら現れなくなった。いっそ気味が悪いくらいである。
 だから見習いたちは、皆が一堂に会する夕食までの時間を、ひたすら勉学や鍛錬に費やす。
 私は今日は何をしようか。これから始まる一日の計画を頭の中で立てながら、ユカリと連れ立って神殿を後にした。
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