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早めのスプリングコート

パリッとしたおろしたてのストッキングに足を通すたび、彼の肌触りを思い出してしまう。大きな窓からさす日差は私にはかかることはなく、まだ彼の体温を残した場所を明るく照らしていた。



「お前危なっかしいんだよ」、と言われた次の言葉は「一緒に住まないか」、だった。それを言われたのはまだ去年の雪が積もっていた頃で、その時私達は食後のコーヒーを待っていた。



人と衣食住を共にするのは初めてだったけれど、魚住さんは私の生活にあっという間に馴染んでいったように感じてしまう。それはきっと彼の特技でもあるのだろう。



リビングに出るとサンドイッチと一緒に今日は遅くなる、とかくばった文字の置き手紙とPS.はやく帰れるように努力する、と書かれた文字をなぞった。
有言実行を形にしたような彼だからきっと今日は早く帰ってくるんだろうな、とサンドイッチに口をつけた。淹れてあったコーヒーがまだ少し温かくて彼の影を感じる。グロスが落ちてしまった唇にまた色を重ねて私は仕事に向かった。



新年度は思っていたよりも忙しくすっかり日は落ちていて、帰宅ラッシュの人混みに飲まれた。春になっても夜は少し肌寒くコートの襟に顔をうめる。おい、と聞き馴染みのある良く通る声に立ち止まって振り替えったら少し息が切れた彼に歩くのはやいんだよ、とデコピンされて寒さはどこかにいってしまった。



「魚住さんひどいです」



「俺に気付かないやつが悪い」



とくだらない言い合いをする。早く帰るぞ、と私の手を引く彼は少し強引だけれど暖かくて優しい。暗く肌寒い夜も二人ならかきっと、どこへでも行ける気がした。
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