第10話 暴走
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翌朝。
リリーティアは騎士団本部の一室で身支度を整えていた。
あと一刻もすれば、ヘリオードを発つことになる。
ギルドへの交渉の準備もそろそろ整うようで、午前中にはギルドへ向けてフレンが発つことになっているようだ。
「よし」
リリーティアは支度を終えると、一度エステルの様子を見にいこうと部屋を出た。
おそらくユーリたちも一緒にそこにいるだろう。
そう思いながら、本部の廊下を歩く。
「リリーティア」
その声に振り向くと、シュヴァーンが立っていた。
「シュヴァーン隊長、おはようございます」
「ああ」
リリーティアはふと気になることを思った。
そろそろ
今回のシュヴァーン隊の任務は<帝国>の姫の護衛だ。
どんな任務も大切な任務に変わりないが、しかし、単独の行動が多い隊長の彼として考えれば、それはシュヴァーンが必要になるほどの最重要任務ではないはずである。
「そろそろ出発か?」
「はい。あと一刻もすれば帝都へ向けて発ちます」
「道中気をつけてな」
彼はやはりギルドへ戻るのだろう。
もしくは、新たにアレクセイに命じられたことがあるのかもしれない。
どちらにしろ、今回の任務はリリーティアとルブラン小隊長が率いる小隊で行うことになる。
「はい、ありがとうござ-------」
----------ドォオン!!
突然、街全体を揺るがすような激しい振動が二人を襲った。
「「っ!?」」
二人は驚きに顔を見合わせると、すぐにその場を駆け出した。
廊下を抜けて広間に出ると、慌ただしく騎士たちが動き回っている。
「何事だ!?」
シュヴァーンが手近な騎士に状況を聞いた。
「い、今、確認中で-------」
「た、大変だ!!結界魔導器(シルトブラスティア)が暴走してるぞ!!」
その時、ひとりの騎士が騎士団本部に飛び込んできた。
「「!?」」
二人は耳を疑った。
結界魔導器(シルトブラスティア)の暴走。
瞬間、リリーティアの脳裏に浮かんだのは、地震で崩壊したカルボクラムだった。
炎に包まれた建物。
そこに散らばる黒く生々しい破片。
リリーティアは外へと向かって駆け出した。
シュヴァーンもすぐに続く。
そして、騎士団本部を出た、まさにその直後。
「ぅ・・・っ!?」
後ろから微かな呻き声が聞こえた。
はっとしてリリーティアが振り向くと、シュヴァーンが地に片膝をついている姿があった。
「シュヴァーン隊長?!」
リリーティアは慌てて彼のもとへ駆け寄った。
見ると、手で左胸を力強く掴んでいる。
「(心臓魔導器(ガディスブラスティア)っ!!)」
リリーティアはぞっとした。
全身に駆け巡る氷のような冷たい衝撃。
結界魔導器(シルトブラスティア)の暴走の事実より、遥かに大きい恐怖が彼女を襲った。
彼女にとっては何よりも、どんなことよりも、それは恐ろしい光景だった。
左胸を押さえ、苦しむ彼の姿は。
「どうしました?!」
ひとりの騎士が、リリーティアたちに向かって駆け寄ってくる。
「私たちのことより、あなたは早く市民たちの誘導をっ!」
「は、はい!!」
リリーティアはその騎士が近づく前に騎士に指示を出し、その場を離れさせると、シュヴァーンの体を支え、人目につかないよう、すぐ近くの物陰へと移動した。
「シュヴァーン隊長!」
シュヴァーンの状態は極めて危険なものだった。
額には汗がにじみ、息も絶え絶えで、ろくに息もできていない状態である。
結界魔導器(シルトブラスティア)の暴走により、街の中にエアルが過剰に溢れ出しているようだが、今の時点では結界魔導器(シルトブラスティア)がある広場周辺でなければ人体にさほど影響はなかった。
しかし、彼は違う。
魔導器(ブラスティア)を心臓の代わりとする彼の体には過度のエアルの影響はあまりに大きすぎる。
その影響は生命に関わるほどに。
深刻な表情でリリーティアは立ち上がる。
彼を助けるには----------、
「結界魔導器(シルトブラスティア)の様子を見てきます!」
---------- 一刻も早く、結界魔導器(シルトブラスティア)の暴走を止めるしかない!
リリーティアは駆け出そうとしたが、その時、突然後ろに腕を取られた。
「!?」
見ると、シュヴァーンが腕を掴んでいた。
「シュヴァ -------」
「危険、だ・・・・・・」
呼吸もままならない中で、絞り出したその声。
掴むその手は強い。
彼がそう言うのも理解できた。
最大規模を誇る結界魔導器(シルトブラスティア)。
その分、扱うエアルの量も莫大なものだ。
それが暴走しているとなれば、結界魔導器(シルトブラスティア)の周辺付近は異常すぎる量のエアルが溢れ出ているということ。
その中に人の身で飛び込むことは、命を捨てるに等しいと言ってもいい。
だとしても----------、
「-------危険は承知です!」
「い、今は・・・避難が・・・っ」
「市民の避難誘導は他の騎士たちが行っています!なら、今私がやるべきことは、結界魔導器(シルトブラスティア)の暴走を止めることだけです!」
それでも、彼はリリーティアの腕を離そうとはしなかった。
むしろ、掴んでいる手はまた強くなったようで。
シュヴァーンとしては、何が何でもその腕を離すわけにはいかなかった。
結界魔導器(シルトブラスティア)の暴走。
あらゆる魔導器(ブラスティア)の中で最大を誇るのがその結界魔導器(シルトブラスティア)。
それが暴走したらどういうことになるのか。
シュヴァーンは想像するに恐ろしいものがあった。
そして、その中に飛び込もうとしているリリーティア。
それこそ、彼の中に渦巻くのは恐怖でしかない。
本心を言えば、真っ先にこの街から避難してほしかったが、それは騎士である彼女としても、彼女自身としても、心意に反するものだろう。
「このままだと、この街全体が大変なことになります!」
「ひ、避難が・・・さっ、・・・だ・・・!」
ならばせめて、市民の誘導に徹し、
少しでも結界魔導器(シルトブラスティア)から離れていてほしかった。
「早く止めなければいけないんです!ですから-------!」
「だ、から!・・・危険、だと・・・!」
シュヴァーンは今出せる精一杯の声で叫ぶ。
息がうまくできず、時折、目の前が暗くなっても、彼女の腕を掴むその手には意識を向けていた。
でなければ、彼女は簡単に腕を振り払い、すぐにもエアルが暴走している中に飛び込むだろう。
それだけはさせてはならない。
同時に、何を言ってもエアルが暴走している中へ行こうとしている彼女に憤りを感じていた。
魔導器(ブラスティア)のことを誰よりも知る彼女は、その危険さも人一倍わかっている。
わかっていながら、エアルが暴走している中へその身を投じようとする。
それは、彼女が誰よりも、『人を助けたい想い』があるからだということも。
それは、彼女が誰よりも、『笑顔を守りたい想い』があるからだということも。
わかっている。
そう、わかっている、わかっているが、
それでも、だからといってそのために--------------------、
「危険だからこそ、止めないといけないんです!!」
リリーティアもあらん限りの声で叫ぶ。
それでも掴まれた腕は離れない。
強く掴まれたその腕は、ほんの一瞬でさえも緩むことはない。
彼のどこにそんな力があるのか。
過度のエアルが心臓魔導器(ガディスブラスティア)を通して、直に体へ負担がかかっているというのに。
それは自分が想像するよりも計り知れないほどの苦しさのはずだというのに。
彼が言う通り、危険なのはわかっている。
それでも、見ていられなかった。
見たくなかった。
これ以上、彼の苦しむ姿は・・・・・・。
誰よりもエアルの影響を受け、誰よりも体に負荷がかかり、誰よりも痛み苦しむ、その体。
そんな体にしたのは自分だ。
生きて欲しいという、自分勝手なその想いで。
それは、彼に『生きるという苦痛』を与えてしまったということも。
それは、彼に『絶望という闇』を見せてしまったということも。
わかっている。
そう、わかっている、わかっているけれど、
それでも、どんな人より誰よりも--------------------、
「その、た・・・めに!」
「離してくださいっ!」
互いに叫ぶ
「おま、・・・えはっ!」
「もう、もう二度と!」
互いの想いを胸に秘めて。
「-------死ぬつもりかっ!!」
「-------あなたを失いたくないっ!!」
「!?」
相手の言葉に驚いたのはシュヴァーンだった。
思わず掴んでいた手を緩めてしまう。
リリーティアは彼を手を振り払い、だっと駆け出した。
そして、一度立ち止まると、背を向けたまま彼女は言った。
「ごめんなさい」
その言葉は、
手を振り払ったことへの謝罪か、
言葉を無視したことへの謝罪か、
けれど、そのどちらも当てはまらないようにも思えた。
ならば、何を意味した言葉なのかと問われても、----------今の彼には分からなかった。
振り向くことなく、街の中へと消えていったリリーティア。
シュヴァーンは困惑した目で、彼女が向かって行った先を見詰めていた。
耳に響くのは、彼女の悲痛な声。
目に映るのは、彼女の悲痛な背。
しばらくして、シュヴァーンは動き出す。
痛む胸。
苦しい呼吸。
それでも、なんとか四肢に力をこめて、その場に立ち上がった。
思うように動かない己の体に苛立ちを感じながらも、彼女が向かった先へとその足を進めた。
ただただ、彼女の無事を祈りながら。