第10話 暴走
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「雨、しばらく止みそうにないな」
リリーティアは窓の外を見上げで、呟いた。
厚い雲に覆われ、降りしきる雨。
現在は夕刻を過ぎ、そろそろ夜となる時間帯になっていた。
光照魔導器(ルクスブラスティア)の照明をつけないと周りが薄暗くなるほど、外は闇に覆われ始めている。
「リリーティア」
エステルの声にリリーティアは振り返る。
彼女は部屋にある寝台に座り、不安げな面持ちでこちらを見ていた。
ここはへリオードにいくつかある宿屋のひとつで、その一室。
街の中では一番広い宿部屋で、その室内にはいくつもの寝台があり、四方の壁のその一面分が大きな窓になっている。
それは開け放つことができるようになっており、開放的な部屋であった。
「今、みんなはどこに?」
「こことは違う宿で休んでもらってる。・・・監視付きで、だけど」
ヘリオードまで連行されたユーリたちは、途中リリーティア、エステルと別れ、違う宿屋で休んでもらうようになった。
彼らが休むその宿部屋の前には常に騎士団が見張っている。
つまり正確に言うと、彼らは現在、軟禁状態となっているのだ。
明日の朝から、これまで犯した罪の取り調べ、尋問が行われることになる。
とはいえ、食事はきちんと用意されているし、シュヴァーン隊が管轄している以上手荒なことは絶対に受けない。
だから、彼らの身の安全は保証できる。
そう説明すると、エステルは少しほっとした表情を見せたが、やはりまだ彼らが心配であるようだ。
あきらかに元気がなかった。
リリーティアはエステルの反対側にある寝台に座ると彼女の顔を覗き込んだ。
「エステル、みんなのことは大丈夫。大丈夫だから」
エステルはじっとリリーティアを見た後、「はい」と小さく頷いた。
彼女のその温かい笑みに、自分の中にある不安が少し和らいだのをエステルは感じた。
「それじゃあエステル、今日はゆっくり休んで」
そう言いながら、リリーティアは寝台から立ちあがる。
「リリーティアもここで休むんじゃないんです?」
「報告書とか、少しやることがあるから。しばらくは騎士団本部のほうにいるよ」
「そう、ですか」
「何かあったら部屋の前にいる騎士に言って。なんなら、いつでも私を呼んでくれてかまわないから」
「はい、ありがとうございます」
エステルが小さく頭を下げると、リリーティアは頷いてその部屋を後にした。
部屋の前に待機させているシュヴァーン隊の騎士に一言声をかけ、広い渡り廊下を歩いていく。
そして、下へ降りる階段の近くに飾られてある大きな絵画の前でその足を止めた。
廊下には人ひとりおらず、とても静かだ。
「・・・・・・この旅も、もう終わりか」
絵画を見詰めながら、彼女は呟いた。
その時、ふとちらついたのは、エステルの不安げな表情。
エステリーゼ姫の身柄確保。
その任務よりも彼女の意思を尊重してここまできたが、とうとうそれも終わりのようだ。
彼女に対して少しの罪悪感は残るが、現実的に言えばこれが正しい。
これ以上<帝国>の姫が無断で城を抜け出したという状況をそのままにしておくわけにはいかなかったのだから。
捕らえられたユーリたちはこの先どうなるだろう。
おそらく、リタやカロルはすぐ釈放になると思うが・・・
あの時、エステルには大丈夫だとは言ったが、正直言えばリリーティア自身もよくわからない。
少なくとも、エステルは城へ帰ることになる----------それは確かだった。
ならば、このメンバーで旅をすることはもうないのだろう。
そう思うと、なんとなく寂しさを感じた。
今思えば、彼らと過ごした時間は随分と短いものであったはずなのに、なぜか妙に居心地が良かった。
「!」
リリーティアは、突然はっとした。
しばらくして静かに目を閉じると、ゆっくりと大きく息を吐く。
目を開く瞬間、彼女は思考の方向を一気に変えた。
再び絵画のほうへと顔をあげると、これまでの旅での出来事を頭の中で巡らせた。
ハルルの街でのエステルの力。
シャイコス遺跡での盗賊の行為。
エフミドの丘でのヘルメス式魔導器の破壊。
ノール港、トリム港でのラゴウと『紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)』の企み。
カルボクラムでの始祖の隷長(エンテレケイア)の出現。
それは思い出としてではなく、旅の中で得た情報として記憶を巡らせる。
そう、すべては報告の一環としての作業でしかなかった。
これは、騎士としての一貫の義務というよりも、魔道士としての個人的な義務。
その中で最も重要となるであろう情報。
それはやはり----------、
「・・・・・・〈満月の子〉」
----------エステルの力のことになるだろう。
今の段階では、彼女の力が古代同等の〈満月の子〉の力を有しているとは判断できない。
しかし、あのハルルの樹での出来事を聞けば、あの人は必ず彼女の力に目を付けるだろう。
そこまで考えると、リリーティアは再び歩き出し、廊下の階段を降りて宿を出た。
雨衣を羽織ると、降りしきる雨に打たれながら騎士団本部へと向かって街中へと進んでいく。
時折、人とすれ違うが、他の街と比べると人が少ない印象を受けた。
まだまだこの街の設備は完全ではなく、現在も建設途中のものが多いようで、木材やその道具が街の一角に置いてあるのが目立っている。
とはいえ、数年前、リリーティアがヘリオードの結界魔導器(シルトブラスティア)の点検として訪れた時よりも、設備は着実に整えられており、以前にはなかった宿もいくつか点在している。
ちらほらと商人の姿も見え、明らかに人が増えてきていた。
以前と変わらず、<帝国>騎士と建設に携わる業者の人たちが街の人口のほとんどを占めてはいるが、もう少しすれば、各地からこの街へ移り住む人たちで賑やかな街となるだろう。
しばらく歩いていると、街の中心である結界魔導器(シルトブラスティア)がある広場に出た。
そこにも広場の一角に木材が積まれてあり、<帝国>騎士団であるキュモール隊の隊員が巡回している。
この街の管理も昔から変わることなくキュモールが執政官代行を務めているため、街のあちらこちらにキュモール隊の騎士たちの姿があった。
広場を抜けて街路をしばらく歩いた先に一際大きな建物が見えた。
そこが、ヘリオードの騎士団本部だ。
「お疲れ様です」
「これは、リリーティア特別補佐殿。遠路はるばるお疲れ様です」
門番の騎士はびしっと姿勢を正し、敬礼する。
雨衣を脱ぎ中に入ると、本部内にも木材やら工具が置いてあり、一部の壁際には様々な物という物に溢れていた。
だからといって散らかっているわけでなく、それなりに整理はされているようである。
本部にいた騎士に使用してもいい部屋まで案内してもらうと、リリーティアはその騎士に礼を言って部屋へ中へと入った。
そこは普段からあまり使われていない部屋らしく、そのためか室内は机と椅子、クローゼットだけの簡素なものだ。
とりあえず部屋の明かりを点けると、手に持っていた雨衣を衣装箪笥(クローゼット)にかけた。
そして、椅子に腰掛けたちょうどその時、部屋の扉を叩く音がした。
それは、雨の音にかき消されそうなほどにとても小さな音。
だが、その叩き方にはある種の規則性があった。
リリーティアは椅子から立ち上がり、部屋の扉を開けた。
「シュヴァーン隊長」
そこに立っていたのはシュヴァーンだった。
「お疲れまです。どうぞ中へ」
彼がここへきた理由を知るリリーティアは、すぐに部屋の中へと通した。
それを察したのは規則性のある叩き方があったからである。
そして、それはアレクセイからの内密的な報告であるということも。
ほかの騎士には知らせなくてもよいということだ。
「閣下から何と?」
「騎士団長は今こちらに向かっている。遅くても明日の夕刻にはヘリオードに到着するだろう」
「・・・わかりました」
アレクセイが帝都から遠く離れたヘリオードに向かっている。
そのことを聞いた瞬間、何かが大きく動き出す前兆のように感じ取った。
これまでアレクセイの政策をそばで、時には裏で見てきたリリーティアには、今回の彼の行動はそれほどの大きな意味を為すことをすぐに悟った。
いろいろ考えを巡らせていた彼女は、はっと何やら思い出してその顔を上げた。
「カルボクラムでは、ありがとうござました」
シュヴァーンへと頭を下げるリリーティア。
それは、キュモール隊と一触即発という時にシュヴァーン隊が駆けつけてきてくれたことへの礼だった。
「余計なことをしたかもしれんが」
リリーティアは一瞬きょとんとしたが、すぐに彼が言わんとしていることを理解した。
「そんな、とんでもありません。本当ならもっと早くに彼女を連れ戻すべきでしたし」
彼の言う余計なことというのは、エステリーゼ姫の身柄確保に関してのことだ。
その任務はアレクセイからリリーティアに任されていたが、それを独断にも彼女の身柄の確保を遂行したシュヴァーン。
彼女がいながら勝手に任務を遂行したことを、彼は少し気がかりであったのだろう。
「何より助かりました。シュヴァーン隊が来てくれなかったら、私も彼らもどうなっていたか。正直、あの時はこの状況をどう切り抜けるべきか考えあぐねていましたから」
そう、あのままシュヴァーン隊が駆けつけてこなければ、どうなっていた分からない。
キュモールたちと戦って逃げられたとしても、また新たな罪を課せられたかもしれない。
もし彼らに捕らえられていた場合、それこそユーリたちはひどい目に遭っていただろう。
なんであれ、あのままだと収拾のつかないことになっていたのは確かだ。
それに、どちらにしろ遅かれ早かれ任務を終えたシュヴァーンが次に命じられることは、リリーティアと協力してのエステリーゼ姫の身柄の確保だったはずだ。
これ以上、<帝国>の姫が勝手に外を出歩いているのを見過ごすことはできない時で、何より、そろそろアレクセイへ報告しなければいけないという頃合いだった。
それらをすべて合わせて考えると、彼の行動は余計ではなく迅速かつ必然であった。
彼女はそう話し、寧ろ心から感謝していることを伝えた。
「なら、いいんだが・・・」
「はい」
リリーティアは笑顔で頷いた。
「それにしても・・・、どうしてあそこにキュモール隊がきたのでしょう?どこから情報を・・・」
それはリリーティアが何よりあの時疑問に思ったことだ。
キュモールが現れた時、シュヴァーン隊の彼らではなく、なぜキュモールがカルボクラムに来たのか。
しかもシュヴァーン隊よりもいち早く。
シュヴァーンがわざわざキュモール隊へ連絡するはずもなく、それが不思議でならなかった。
「それは、俺にもわからんな」
シュヴァーン自身もそのことはおかしいと思っていたようだ。
しかし、彼もこれといって思い当たることはないらしい。
互いに推測はできても、結局、よくわからないままであった。
少し引っかかったところではあるが、だからといって今後何かに影響してくるものでもない。
そう判断したリリーティアは、キュモール隊についてはこれ以上の詮索はやめた。
報告も必要ないだろう。
「シュヴァーン隊長、しばらくはここに?」
「ああ。いつものことですまないが、彼らのことはすべて任せることになる」
彼らとはユーリたちのことだ。
明日は朝からは彼らへの取り調べがある。
「はい、お任せ下さい。・・・なんて、私も言えた義理ではないのですが」
ユーリたちのことはルブラン小隊長とアデコール、ボッコスのあの三人にすべてを任せている。
明日の取り調べも、主にこの三人で行っていく予定だ。
そう言って苦笑を浮かべるリリーティアに、シュヴァーンも微かにながらその表情を和らげたのだった。