第10話 暴走
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カルボクラムを出て、ユーリたちはへリオードまで連行されることになった。
鬱蒼と茂る森の中、最後尾について歩くリリーティアは彼らの様子を眺める。
とどまることを知らぬかのように文句を口にしている不機嫌なリタ。
「なんでボクが・・・」とがっくりと肩を落とし気が沈んでいるカロル。
二人に対してあきらめろやら何とかと言って、何故か捕まった原因でもある当の本人が呑気な様子である。
そんなユーリにリタはさらに苛立ちをあらわにしていた。
ラピードは主人であるユーリの横について、一番大人しくしている。
そうして、あまりにも騒がしい彼らに、とうとうルブランが怒りの声を上げた。
その後ろでエステルは未だ戸惑いを見せていて、ひどく不安そうであった。
捕まってしまった彼らの身が心配なのだろう。
しかも、自分が城から抜け出したことが原因であるから、それは尚のこと。
彼女の気持ちを考えると、彼らを捕らえたことを少し申し訳ない気持ちにはなるが、実際のところリリーティア自身は少し安堵していた。
それは、推測していた通りに事が収まってくれたからだ。
はじめは予想外の闖入があり、面倒なことになりそうであったが、彼らが来てくれたことに心底ほっとした。
リリーティアは、彼ら、シュヴァーン隊が来ることは予想していた。
トリム港にて、レイヴンとして一行にもたらした情報、そして----------意図的に伏せた情報。
彼ははじめから、” 怪しいギルドの一団 ” が『魔狩りの剣(マガリのツルギ)』だということは知っていたに違いない。
その情報をあえて伏せたのは、すべてはユーリたちをこの廃墟へ誘導するためのものだったのだ。
その間に、シュヴァーン隊をここへ呼び寄せたのだろう。
エステリーゼ姫の身柄の確保を遂行するために。
『魔狩りの剣(マガリのツルギ)』がこの廃墟にいることを知った時点で、リリーティアは彼がもたらした情報の意図を理解していた。
そして、その任務を完了した先には、この旅が終わることになるということも。
確かに、これ以上<帝国>の姫が無断に城を抜け出しているという状況を長引かせるにわけにはいかないだろう。
何より、そろそろアレクセイへ報告をしなければいけない。
エステルの力のことも含めて。
そこまで考えて、リリーティアはエステルの背に視線を向けた。
しばらく見詰めた後、彼女は音もなくため息を吐く。
その時、ふと鼻先に冷たいものを感じて、上を見上げた。
「・・・・・・雨」
空は相変わらず厚い雲に覆われている。
今のところほとんどわからない程度の小雨のようだが、よく見るとさっきよりも少し雲の色が黒く染まっているようだ。
この様子ではしばらくしないうちに本降りとなるだろう。
そう判断したリリーティア、自分の荷物からノール港で調達した雨衣を一着分取り出す。
「エステル、雨が降りそうだから、これ羽織って」
「え?・・・はい、ありがとうございます」
そして、雨衣をエステルに渡した。
「すみません、ちょっと止まってくれますか?」
「特別補佐、どうかされましたか?」
疑問符を浮かべるルブラン。
リリーティアはカロルに断りを入れて、彼の鞄の中に仕舞ってある残りの雨衣を取り出した。
拘束され手が動かせないユーリ、カロル、リタに、彼女の手でその雨衣を羽織らせる。
「ありがとう、リリーティア」
「気が利くな。どっかのデコとボコとはえらい違いだ」
ユーリはわざと嫌味っぽく、アデコールとボッコスを横目で見る。
「デコと言うなであ~る!」「ボコと言うな!」
リリーティアはユーリたちを呆気にとられて見た。
そんなあだ名で呼ばれているとは。
しかも、その二人が声を揃えて言い返している。
それが何だかおかしくて、リリーティアは思わず小さく声をあげて笑ってしまった。
「(けっこう仲がいいんだな)」
彼らのやり取りを見て、そんな風に感じられた。
おそらく彼らにそんなことを言えば絶対に否定するだろう。
ユーリは特に嫌な顔をしそうだ。
だから彼女はその口に出して言うのは控えておいた。
そして、再びヘリオードに向けて歩を進めた。
「?・・・リリーティアはいいんです?」
「私は大丈夫」
もうひとつ雨衣を持っているはずなのに羽織ろうとしないリリーティアに首を傾げるエステル。
大丈夫だという彼女に、「でも・・・」とエステルは心配げな表情を浮かべた。
「リリーティア特別補佐、どうか我々のことは気になさらずに」
それは、前を歩くルブランの声だった。
彼の言葉に何度か目を瞬かせたリリーティアはすぐに苦い笑いを浮かべた。
「(・・・見透かされていたか)」
彼女が雨衣を羽織ろうとしなかったのは、シュヴァーン隊の彼らが雨の中で任務を遂行している中、自分だけ雨をしのぐわけにはいかないという気持ちがあったからだ。
そもそも雨に濡れても別段気にならない彼女は自分は羽織らくていいかという考えに至った。
ルブランはそんな彼女の心情を見通していた。
それを見透かしての、さっきの言葉だったのである。
時折、ルブランはこうした鋭い思考を見せる。
そして、口から出るその言葉は的確なもの。
あまり能力の高くないと言われるシュヴァーン隊の騎士の中で、ルブラン、アデコーリ、ボッコスはとりわけその名に恥じない三人。
そんなことまで言われているルブランだが、やはりそこは騎士の小隊長というべきなのか。
カルボクラムでのキュモールとのやりとりを見てもそれはわかる。
毅然とした態度で、騎士たる言葉を紡ぐ彼の姿。
冷静に、厳粛に。
それを思うと、リリーティアは自分自身がまだまだ子どもじみているようで恥ずかしく思った。
キュモールの言葉に怒り、感情のまま言葉を吐き、挙句には想定外の事態を収められなくなる始末で。
あの時、シュヴァーン隊が来てくれなかったらどうなっていただろうか。
おそらく、さらに騒動となって、下手をすればシュヴァーン隊の皆に迷惑がかかっていたかもしれない。
「ルブラン小隊長、ありがとうございます」
無事に事を収拾しくれたそのことも含めた感謝と尊敬の思いを込めて、気遣ってくれたことへの礼を言った。
逆に彼に気を遣わせてしまったことへ申し訳なさも感じながらリリーティアも雨衣を羽織った。
その時、何を思ったのか突然にもユーリが辺りを見渡し始める。
「そういや、おまえらんとこの何もしない隊長はどうした?シュヴァーンっつったっけ?」
ユーリの言い方にリリーティアは苦笑を浮かべた。
何もしないっていう言い方はどうかと思いながらも、
あまり表立っての行動をしない彼だから仕方がないといえば仕方がないのだが。
「偉いからってサボりでしょ」
リタはさも当前のような口ぶりで、ぶっきらぼうに言い放つ。
「我らが隊長を愚弄するか!シュヴァーン隊長は十年前のあの大戦を戦い抜いた英傑だぞ」
「っ・・・・・・」
リリーティアの胸の奥が激しく疼いた。
ルブランが言ったその言葉に。
世の中に染まったその嘘の真実に。
戦い抜いたが故に苦しみを与えてしまったその真実に。
その疼きに彼女の表情は歪んだが、それは一瞬のことで誰も気付くことはなかった。
「あたしらなんて小物どうでもいいってことね」
捕らえられたことが未だに怒りが収まらないのか、リタのその言い方には少し棘があった。
しかし、今はシュヴァーンとして共に行動することはできない。
レイヴンとしてすでに何度か会っているユーリたちには特に。
「ま、俺らを捕まえてもたいした手柄にはならないだろうしな。相手にするのも無駄ってことだろ」
「ええ~い!どこまで愚弄すれば気が済むか!」
ルブランは声を張り上げた。
アデコールとボッコスも怒りの表情を浮かべている。
リリーティアは困ったような笑みを浮かべると、そっとルブランの横に立った。
「ルブラン小隊長、お気持ちはわかりますが、どうか落ち着いてください」
「我らが隊長を愚弄されて、こうも黙ってられますか!」
カルボクラムでのあの冷静さはどこへやら。
ルブランは目を吊り上げ、怒り心頭であった。
隊長であるシュヴァーンを心から尊敬してくれていることは嬉しいことである。
リリーティアも彼のことは尊敬しているし、愚弄されたらもちろん憤りを感じずにはいられない。
現にカルブクラムの一件がそうだ。
今のルブランはキュモールを前にして怒っていた彼女と同じ状況のように見える。
「彼らもそんな悪気があって言っているのではありませんから。どうか気を静めて」
一方が興奮していると片や冷静にいられるとはこういうことかと、リリーティアはルブランをなだめた。
「むう・・・、私にはどうも悪気があるようにしか感じませんぞ」
ルブランはジト目でユーリとリタを見る。
「我らが隊長を尊敬しているその想いは、あなたの言葉で彼らにも十分伝わりましたよ」
そう言って、微笑むリリーティア。
ルブランは納得できないという表情を浮かべていたが、彼女のその笑みに幾分か怒りは静まった。
そんなやり取りがありながらの数時間。
前方の木々の隙間から結界の環が見えてきた。
激しく降り注ぐ雨の中、一行はばしゃばしゃと水しぶきを跳ね上げながら、ようやくヘリオードへと到着した。