第2話 青年
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「ちょっといいかしら?」
突然、背後から若い女の声が聞こえた。
振り向くと、そこには赤髪で赤い眼鏡をかけた女と、その隣に黒い眼鏡をかけた男が立っていた。
その女は砦の屋上で声を張り上げて人々へ避難を促していた、その人だった。
「ねえ、あなたたち、私の下で働かない?報酬は弾むわよ」
その女は、リリーティアとユーリを見ながら、大きく膨らんだ袋を掲げる。
その袋から鈍い金属音が聞こえ、おそらくそこに報酬と言っていた金銭が入っているのだろう。
リリーティアは警戒した目でその女を見ると、ユーリは無言で目を逸らした。
「社長(ボス)に対して失礼だぞ。返事はどうした」
女の隣にいた男が刺のある声で言う。
「名乗りもせずに金で釣るのは失礼って言わないんだな。いや、勉強になったわ」
「おまえ!」
ユーリの皮肉な言葉に、男は身を乗り出して何かを言おうとしたが、女が手を上げてそれを止めた。
「予想通り面白い子ね。私はギルド『幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)』のカウフマンよ。商売から流通までを仕切らせてもらっているわ」
「ふ~ん、ギルドね・・・」
「(『幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)』といえば、五大ギルドの・・・)」
リリーティアは窺うようにしてカウフマンを見た。
規模、発言力、歴史、社会への貢献度。
どれをおいても秀でていると評されている五大ギルドの中のひとつを率いているということは、
彼女は、女でありながらにギルドの連中と渡り合う才気と剛胆さを持ち合わせた女傑なのだろう。
その時、一際大きな地響きが砦を襲った。
「私、今、困っているのよ。この地響きの元凶のせいで」
「あんま想像したくねえけど、これってあの魔物の仕業なのか?」
「ええ、〈平原の主(ぬし)〉のね。」
「〈平原の主〉?」
エステリーゼは首を傾げて、リリーティアを見る。
「さっきの魔物の群れを率いている親玉のことです」
「あの群れの親玉って・・・世の中すげえのがいるな」
結界の外をあまり出たことのないユーリにとっても、あのような大物の魔物の存在は驚きのようだった。
「どこか別の道から平原を超えられませんか?先を急いんでいるんです」
「さあ?〈平原の主〉が去るのを、待つしかないんじゃない?」
「焦っても仕方がねえってわけだ」
「待ってなんかいられません。わたし、他の人にも聞いてきます」
エステリーゼはその場を駆け出した。
突然の彼女の行動にリリーティアが追いかけようしたとき、キセルを咥えた犬が目の前に現れた。
そして、一度こちらに視線を向けると、エステリーゼの後を追っていった。
リリーティアは呆気にとられながら、その犬が去っていくのを見詰めた。
どうやら、自分の代わりに追いかけてくれたようだ。
「流通まで取り仕切っているのに別の道、本当に知らないの?」
「主(ぬし)さえ去れば、あなたを雇って強行突破って作戦があるけど、協力する気は・・・なさそうね。そちらのお嬢さんはどうかしら?」
ユーリの様子にカウフマンはすぐに察して諦めたようだ。
代わりに、口元に笑みを浮かべてリリーティアへと視線を移した。
「すみませんが、御遠慮させていただきます」
「あら、残念」
リリーティアの言葉にカウフマンは肩をすくめた。
「護衛が欲しいなら、ほかの騎士に頼んでくれ」
「冗談はやめてよね。私は<帝国>の市民権を捨てたギルドの人間よ?自分で生きるって決めて<帝国>から飛び出したのに今さら助けてくれはないでしょ。当然、騎士団だって、ギルドの護衛なんかしないわ」
ユーリは隣にいるリリーティアへ視線を投げる。
何か言いたげな目を向けられたが、すぐにその視線をカウフマンに戻した。
その騎士は自分でもあるんだけど・・・。
リリーティアは内心苦笑を浮かべてカウフマンを見た。
「自分で決めたことにはちゃんと筋を通すんだな」
「そのくらいの根性がなきゃギルドなんてやってらんないわ」
「なら、その根性で〈平原の主〉もなんとかしてくれ」
そう言うと、ユーリはエステリーゼが走っていった方向へと歩き出す。
リリーティアもそれに続いた。
「ここから西、クオイの森に行きなさい。その森を抜ければ、平原の向こうに出られるわ」
二人は足を止めて、疑わしげにカウフマンを見る。
その森には一度も行ったことがなかったが、話だけには聞いたことがあった。
しかし、そこの森についてはあまりいい話を聞かない。
「けど、あんたらはそこを通らない。ってことは、何かお楽しみがあるわけだ」
ユーリはクオイの森のこと自体知らないようだったが、聡い彼はすぐに何かを察したようだ。
「察しのいい子は好きよ。先行投資を無駄にしない子は、もっと好きだけど」
「礼は言っとくよ。ありがとな、お姉さん。仕事の話はまた縁があれば」
不敵に笑うカウフマンを気にも止めず、ユーリは右手を上げて礼を言うと、背を向けて再び歩き出した。
リリーティアは軽く会釈をして礼を示すと、ユーリの後を追って彼女もその場から立ち去った。