第10話 暴走
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あれから一行は出入り口へ向かって廃墟の街の中を進み歩いていた。
崩れ落ちた瓦礫、覆い茂った草木の中を抜けていく。
そうして、ようやく廃墟の外へと抜け出せると思った、その時である。
遠くに複数の影があるのが見えた。
「あれは・・・・・・」
リリーティアは目を凝らしてそれを見る。
近づくにつれて、その輪郭がはっきりと現れ、その正体を知った彼女は思わず眉をひそめた。
それは二人の<帝国>騎士だった。
背に薄紫の外套、桃色と赤で彩られた隊服。
つまり、その隊を率いる隊長は----------、
「グルルルルル」
ラピードが唸り声をあげる。
二人の騎士たちの後ろから現れた者を威嚇しているのだ。
「ようやく見つけたよ、愚民ども。そこで止まりな」
----------キュモール。
その物の言い方、その目。
昔から変わらない彼の振る舞い方に、リリーティアは嫌悪感を感じずにはいられなかった。
「(それにしても、どうしてここに・・・)
おかしい。
リリーティアはキュモールの出現を訝しく思った。
自分の考えでは彼らが来るはずではなかったからだ。
「わざわざ海まで渡って、暇な下っ端どもだな」
「くっ・・・キミに下っ端呼ばわりされる筋合いはないね。さ、姫様、こ・ち・ら・へ」
キュモールは姫であるエステルへと手を差し伸べる。
「え、姫様って・・・誰?」
カロルは不思議な顔できょろきょろと仲間たちの顔を見る。
「姫様は姫様だろ。そこの目の前のな」
そう言って、ユーリはエステルを目で示した。
「え・・・ユ、ユーリ、どうして、それを・・・?」
「え・・・エステルが・・・姫様?」
「やっぱりね。そうじゃないかと思ってた」
「え、リタも・・・?」
リタはうんうんと納得して頷いている。
身分を明かしたことのない二人に知られていたことにエステルはとても驚いていた。
「ちょ、ちょっとそんな・・・・・・」
自分ひとりだけが気づいていなかったことと、エステルが姫だということを突然知らされたカロルは、あたふたとひとり混乱している。
カロルが動揺している中、エステルは深刻な表情を浮かべ皆の前に歩み出た。
「・・・彼らをどうするのですか?」
「決まっています。姫様誘拐の罪で八つ裂きです」
エステルの問いにキュモールは不敵な笑みを浮かべた。
「待ってください、私は-------」
「それにしても、ヘナチョコ隊の君がいながら、なんてザマだい」
エステルの言葉を遮り、キュモールはユーリたちの後ろに立っているリリーティアへと視線を投げた。
その目は明らかに人を蔑んだ目だ。
「犯罪者も捕らえられない上に、こんなハエもなかなか始末できないなんて。笑っちゃうよ」
キュモールは大げさに呆れてみせ、大きなため息をつく。
リリーティアは一瞬鋭く目を細めると、平静とした態度で前へと進み出た。
「失礼ながら、キュモール隊長その言動は聞き捨てなりません」
「・・・何がだい?」
気に食わないと言わんばかりの目でリリーティアを睨み見るキュモール。
「彼らに対する言動です。あまりに-------」
「彼らは犯罪者だよ。犯罪者に何と言おうがボクの勝手だ」
鬱陶しいと言わんばかりに彼女の言葉を最後まで聞かず、
キュモールは何をしようが自分が正しいとでもいった態度を示した。
「・・・・・・それが騎士としての在り方ですか」
リリーティアは目を伏せて、小さく呟いた。
キュモールの考え方、その態度。
いつまでたっても変わることのないその姿に心底嫌気が差す。
「何が騎士としてだい!」
「リリーティア!」
エステルが慌てて声を上げた。
キュモールがリリーティアの顔に剣先を突きつけたのだ。
だが突きつけられた彼女はまったく動じでいなかった。
まっすぐ前を、キュモールを、見据えている。
今更なんとも思わない。
これまで何度もあったことだ。
「それこそ、君のその口の利き方はどうなんだい?僕は高貴な騎士団の隊長だよ」
貴族であることを鼻にかけるその気位の高さで、騎士である私への見下した態度も、何度も見てきた。
「騎士団長に気に入られているからって、いい気になってるんじゃないよ。特別補佐だからってなんだい、成り上がりのくせに偉そうに」
魔道士でありながら騎士である私への蔑んだ言動も、これまで何度も聞かされてきた。
「ホント困ったものだね。生まれの卑しい騎士団にいる人間は礼儀もなってないんだからさ。君の隊は能もない愚民の集まり。そんなヘナチョコ隊、<帝国>の騎士団にはいらないんだよ」
何度も見た。
何度も聞いた。
「・・・・・・無礼な態度であったこと、誠に申し訳ありません」
でも、かまわない。
どれだけ私を見下そうが。
どれだけ私を蔑もうが。
どれだけ私を罵ろうが。
それは、かまわない。
私だから、かまわない。
「ですが、ただひとつ、無礼を承知で言わせていただきます」
ただ、こんな私でも、
いや、こんな私だからこそ----------、
「シュヴァーン隊としての彼らの騎士たる誇りを汚さないでいただきたい」
----------彼らへの侮辱は許さない。
騎士は常に市民の為にあるもの。
それが騎士の誇り。
その心を、市民を護る騎士としての心を、
誰よりも持っている彼らを侮辱することは誰であろうと許さない。
リリーティアは毅然とした出で立ちでキュモールを見据えた。
シュヴァーン隊を想う心をもって、ただひたすらに。
揺るぎない瞳をもって、ただまっすぐに。
「誇りを汚すなだって?君たちのような騎士団がいるせいで、どれだけ<帝国>騎士団の名に泥を塗ってると思ってるんだい。むしろ、高貴な騎士団である僕たちのほうが君たちに汚されてるんだよ。洗っても落ちないぐらいに、ね」
嘲笑って見るキュモールに、リリーティアはなにも言い返さなかった。
それでも臆した様子もなく、ただ力強い瞳でキュモールを見据え続けている。
しかし、彼女が何も言い返さないことに相手はさらに優越的な笑みを深くした。
言葉でいたぶることに満足したかのように。
「無駄な時間はここまで。さあ、姫様」
「ま、待ってください・・・・・・!」
「あ~、うるさい姫様だね!姫様は早くこっちに来てくださいよ!」
キュモールは苛立ちげに叫ぶと、後ろに下がりながら部下に指示を出した。
ふたりの部下たちが槍を手に前へ出る。
リリーティアはさっと後ろへ下がりエステルを背に庇うと、腰にある《レウィスアルマ》に手をまわして、いつでも引き抜けるよう大勢をとった。
キュモール隊には、エステルを、そして、何よりもユーリたちを引き渡すわけにはいかない。
「(キュモール隊だけには、必ず・・・!)
槍先がリリーティアへ突きつけられた。
「リリーティア・・・!」
カロルが叫ぶ。
「そっちのハエはそこで死んじゃえ!」
この状況をどう切り抜けるか、リリーティアは必死に考えを巡らせた
ここで一戦交えるのは避けなければならない。
けれど、話し合いでどうにかなるものではない。
苦い表情で彼女はただひたすらに考える。
「ユーリ・ローウェルとその一味を罪人として捕縛せよ!」
そんな時、キュモールの背後からしわがれた声が響いた。
その声を聞いた瞬間、リリーティアは安堵の表情を浮かべ、武器に回していた手をそっと解いた。
「げっ・・・貴様ら・・・!」
頬を引きつらせ、嫌な表情を浮かべるキュモール。
その視線の先にいるのは、ルブラン。
そして、その部下であるアデコールとボッコス。
シュヴァーン隊のいつもの顔ぶれがそこにあった。
「待ちなよ!こいつは僕の見つけた獲物だ!むざむざ渡さんぞ!」
キュモールは近づいてくるルブランたちに向かって叫ぶ。
その必死さには、手柄を横取りされたくないということ以上に、
公務と称していたぶれる相手を取られたくないというものがあるのだろう。
「獲物、ですか。任務を狩り気分でやられては困りますな」
「ぐっ・・・」
言葉を詰まらせると、キュモールはルブランをキッと睨み見た。
「それに先ほど、死ね、と聞こえたのですが・・・」
「そうだよ、犯罪者に死の咎を与えて何が悪い?」
「犯罪者は捕まえて法の下で裁くべきでは?」
厳しい目に毅然とした態度のルブラン。
キュモールは手に持っていた剣を仕舞うと、その場を歩き出す。
「・・・ふん・・・そんな小物、おまえらにくれてやるよ」
ルブランの横を通り過ぎながら、苦し紛れの捨て台詞を吐き捨てた。
キュモールは部下を引き連れ、廃墟の外へと去っていく。
よほど腹が立つのか、去っていく間もなにやらぶつぶつと文句を言っていた。
「こやつらをシュヴァーン隊長の名の下に逮捕せよ!」
「ユーリ 一味!おとなしくお縄をちょうだいするであ~る!」
彼特有の威勢なる声と共に、アデコールとボッコスが手枷と縄を手にして、リリーティアとエステルの横を駆け抜ける。
「一味って何よ!なにすんのよ!はなせ!あたしを誰だと・・・」
「ボ、ボクだって何もやってないのに!」
リタとカロルは抵抗するが、その縄から逃れることはできなかった。
「彼らに乱暴しないでください!お願いです!・・・リリーティア!」
エステルは慌ててルブランに懇願すると、リリーティアへ助けを求める。
「エステル、心配しなくてもいい」
それは、ユーリの声だった。
捕らえられているというのに、あまりにその声音は落ち着いたものだった。
ユーリのその様子に、リリーティアは思わずふっと笑みを浮かべた。
シュヴァーン隊とは何かと衝突しているユーリ。
中でもこの三人とはよく揉めていることは話に聞いて知っている。
それでも、少なくともその様子を見る限りでは、彼はシュヴァーン隊である彼らを少しは信じてくれてはいるようだ。
騎士としての彼らの在り方を。
「リリーティア特別補佐、ご無事でなによりです」
「ルブラン小隊長、ありがとうございます。助かりました」
感謝の言葉と共にリリーティアが頭を下げると、ルブランは敬礼し、
ユーリたちを縛り終えたアデコールとボッコスもそれ倣った。
「ささ、どうぞ、姫様はこちらへ。あ、足元にお気をつけて・・・」
「あ、あの・・・・・・」
戸惑いをみせるエステル。
リリーティアはエステルの背にそっと手を当てると、ユーリたちは大丈夫だという意味を込めて微笑みかけた。
まだ少し不安げではあったが、その笑みにエステルは小さく頷いた。
その時、ルブランが顔を上げて敬礼をした。
リリーティアもそこへ視線を向けると、廃屋の屋根の上に人影が見えた。
「シュヴァーン隊長、不届き者をヘリオードへ連行します」
橙の隊服を纏ったその影の姿は、シュヴァーンだった。
彼はルブランの声を受けて、片手をあげた。
「全員、しゅっぱ~つ!」
ルブランが声を上げる。
「いてっ、ちょっと押すなよ・・・!」
「いいから、きりきり歩くのであ~る!」
号令と共に、アデコールは先頭であるのユーリの背を押し、
捕らえた彼らの一番後ろにはボッコスがついて進んだ。
「さあ、我々も参りましょう」
「はい。行こう、エステル」
リリーティアの言葉にエステルは頷くと、ルブランの後に続いた。
ルブランたちの背を少し見届けたあと、彼女は後ろへと振り向いて顔を上げた。
まだ廃屋の屋根にはシュヴァーンが立っている。
彼女がルブランと同様に敬礼すると、彼は手をあげて返事を示した。
そして、その心に謝意を込めて深く一礼したのち、彼女はルブランたちの後を追いかけたのだった。