第9話 廃墟
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「なんとかなったな」
どうにか地下から脱出し、建物の外へと出た一行。
相変わらずその上空は厚い雲に覆われているが、雨は降っていない。
「なにかあれば、すぐにそう!いつもいつも、ひとりで逃げ出して!」
少し進んだところで、何やら少女の声が聞こえた。
「ち、違うよ!」
「何が違うの!?」
見ると、そこにはナンの姿があった。
その対面には探していたカロルもいて、ナンはカロルに向かって鋭い目を向けている。
何か言い合っているようだが、それよりもカロルが無事だったことにリリーティアは、ほっと胸を撫で下ろした。
「だからハルルの時は・・・・・・」
「今はハルルのことは言ってない!」
「やましいことがないのなら、さっさと仲間のところに戻ればいいじゃない」
ナンは厳しい声で言い放つ。
「だから、それは-------」
「あたしに説明しなくていい。する相手は別にいるでしょ」
ナンがリリーティアたちのほうへ視線を向ける。
はっとして皆がいることに気づいたカロルは、居た堪れない表情を浮かべてこちらを見た。
「みんな・・・」
「カロル、無事でよかった」
リリーティアは安堵した笑みを浮かべて、カロルのもとへと歩み寄った。
「とても心配しましたよ」
「まったくよ。どこ行ってたんだか。こっちは大変だったのに」
エステルもほっとした表情を浮かべ、リタのその声音も責めるようなものではなく、どこか優しさを感じた。
「ご、ごめんなさい・・・」
「ま、ケガもないみたいで何よりだ」
ユーリはカロルの頭に優しく手を置いた。
逃げ出したからと責めることなんて誰にも頭にはなかった。
皆が皆、カロルのことを心配していたのだから。
「もう、行くから」
「あ、待って-------」
「自分が何をしたのか、ちゃんと考えるのね。じゃないともう知らないから」
最後までナンは厳しい口調で言葉を投げ、その場を去っていった。
でも、それもカロルのことを想うからこその言葉であり、そういった態度なのだとリリーティアはわかっている。
去っていくナンを見るカロルにユーリは彼の頭にそっと手を置くと、その大きな手で彼の頭をわしゃわしゃと少し乱暴に撫でた。
「わっ、ちょっと!や~め~て~よ~!」
恥ずかしさからか、カロルは少し顔を赤くしている。
嫌がっているカロルだが、それでもユーリはわざと強く彼の頭を撫で続けていて、その光景に、リリーティアは自然と小さく笑みをこぼした。
「行こうぜ、カロル。もう疲れた」
リリーティアもいつも以上に疲労感を感じていた。
それは、体力的にというよりも、精神的にどっと疲れたような重い感じであった。
「しかしとんだ大ハズレね。『紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)』なんていないし」
リタの言葉に、リリーティアは「そう言えば」と改めてここへきた目的を思い出した。
仲間の存在を見失ったり、目的を忘れたりと、あの魔物の遭遇から明らかに自分はひどく動揺している。
彼女は心の内で「しっかりしろ」と自分自身に厳しく言い聞かせた。
「ほんとに。やっぱあのおっさんの情報は次から注意しないとな」
「おっさん・・・って、まさか、あの・・・?」
「そう」
ユーリが頷いた途端、リタはふるふると腕を震わせ始めた。
一度目はラゴウの屋敷の前で騙され、二度目は偽情報を掴まされ、
おっさんことレイヴンに一度ならず二度も騙されたことに沸々と怒りが込み上げていく。
「ちょっと、あんた!!」
「?!」
すごい剣幕でリタはリリーティアを指さした。
突然の指名に目を瞬かせるリリーティア。
「今!今すぐここに連れてきなさい!あんたの知り合いなんでしょ!!」
「え・・・いや・・・、それはさすがに、無理・・・・・・です」
これは相当怒っている。
リタのあまりの気迫に少しばかり怖気付いたリリーティアは、気が付けば最後は敬語になっていた。
「あ、あ、あのおっさん!!次は顔見た瞬間に焼いてやるっ!!」
「穏便に、ね、穏便に行きましょう」
エステルもリタの気迫に押されているが、なんとか彼女をなだめようとした。
「ったく、そろそろ行くぞ」
リタのあまりの怒り様に呆れながら、ユーリはひとりさっさと歩き出した。
ラピードとエステル、リタもそれに続く。
リタはまだブツブツと文句を口にしていたが。
「・・・・・・ボクだって」
皆が歩いていく中、カロルが小さく呟く。
そんな彼の様子をリリーティアはじっと見詰めていた。
それはまるで温かく見守っているかのように、優しい瞳をもって。
「行こう、カロル」
「あ・・・、うん!」
カロルは元気よく頷いて、ユーリたちの後を追って駆け出す。
いつもの元気なカロルに戻ったことに安心し、リリーティアもその場を歩き出した。
そして、彼女は皆から少し距離を置いて、後ろから彼らの様子を眺めた。
リタはまだ怒りが収まっていないようで、エステルがまだそれをなだめている。
挙句には、何かを言ったのか、カロルがリタに頭を叩かれていた。
騒がしい後ろの二人に、ユーリはうんざりした表情を浮かべながら先頭を歩き、
ラピードは相変わらず一番落ち着いていて、ユーリのすぐ傍について歩いている。
そこには、すでに見慣れた光景が広がっていた。
変わらない旅の日常があって、いつものみんなの姿がそこにあった。
その時、突然リリーティアの足が止まった。
それは、その姿にもうひとつの《いつも》の姿が見えたからだ。
かつて過去にあった《いつも》の姿を。
碧(あお)と紺青で彩られた後ろ姿を。
しかし、その《いつも》の姿は溶けるようにすぐに消えてしまった。
途端、脳裏に浮かんだのは、地下で出遭った---------------”敵”の姿。
「っ!!」
瞬間、体の震えを感じ、彼女はとっさに片腕を抱くように強く握りしめた。
その震えは、----------恐怖。
廃墟の地下で遭遇した強大な”敵”。
最後まで戦っていたらどうなっていただろう。
また、奪われていたかもしれない。
いや、奪われていた。
あの時のように。
過去にあったはずの《いつも》の姿のように、
現在(いま)、目の前にある《いつも》の姿も、
奪われていた。
確実に。
リリーティアは目を閉じて、ゆっくりと大きく吸い、ゆっくりと吐いた。
震えが徐々に収まるのを感じた。
再び、皆の姿をその瞳に映す。
変わらない彼らの姿。
それは、しっかりとそこにある。
その光景に、リリーティアはほっと息を吐いた。
そして、小さく笑みを浮かべる。
その笑みはあまりに儚げで、悲しげで----------それでいて、温かみのある笑みだった。
第9話 廃墟 -終-