第9話 廃墟
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「この音、なに?」
カロルが言った。
奥へと進むにつれて機械音のような音が微かに聞こえてきたのだ。
音の方へとさらに進むと、大きく開けた部屋に出た。
そこは周りを囲むようにして渡り廊下があり、リリーティアたちはその廊下にいた。
部屋の中央は下まで数メートルの深さがあった。
そして、渡り廊下の高さと同じ位置に、魔導器(ブラスティア)が稼働している。
音の正体は魔導器(ブラスティア)の稼働音だったようだ。
「水が浮いてる・・・」
部屋の天上を見上げ、カロルは唖然とした。
魔導器(ブラスティア)の真上には天井いっぱいに水が広がっていたのだ。
「あの魔導器(ブラスティア)の仕業みたいだな」
「たぶん、この異変も・・・」
辛そうなエステルの声を聞きながら、リリーティアは魔導器(ブラスティア)をじっと見据えた。
廃墟の外に大きな池があったが、そこがちょうどこの真下にあたるようで、その池の水が流れ落ちるのをあの魔導器(ブラスティア)がせきとめているのだろう。
重力を無視したように天井全体に円蓋状になって大きな水が溜まっているその光景は異様なものだった。
「・・・あれ、エフミドやカプワ・ノールの子に似てる」
「壊れてるのかな・・・?」
「魔導器(ブラスティア)が壊れたらエアル供給の機能は止まるの。こんな風には絶対ならない」
リタが気づいたとおり、あれは普通の魔導器(ブラスティア)ではなくヘルメス式魔導器(ブラスティア)だ。
「・・・じゃあ・・・一体」
「わからない・・・あの子・・・何をしてるの」
リリーティアも何の目的があって、あの魔導器(ブラスティア)が稼動しているのか検討がつかなかった。
従来の魔導器(ブラスティア)よりも優れた性能をもつヘルメス式魔導器(ブラスティア)を、こんな場所で使う必要がある理由とは何なのか。
とその時、突然、咆哮が部屋全体に響き渡った。
「な・・・なに・・・?これ、魔物の声、ですか?」
エステルはびくっと肩を震わせて、キョロキョロとあたりを見渡す。
リリーティアはふと下の方から気配を感じ、数メートル下を覗き見た。
「っ!?」
瞬間、彼女は思わず息を呑む。
「ま、魔物ぉ・・・!」
情けない声をあげ尻餅をつくカロル。
下には魔導器(ブラスティア)が作り出した結界があり、その内側に巨大な魔物がいたのである。
その前足は濛々たる太さで、細長い尾を垂らし、背には尖った岩がいくつもあった。
それは、どこか巨大な亀を思わせる。
そんな姿をした魔物だった。
これまで見てきた魔物と比べても比ではない、すば抜けて大きい体躯をしている。
「病人は休んどけ。ここに医者はいねーぞ」
「え・・・?で、でも・・・」
カロルはユーリの言葉に戸惑う。
巨大な魔物を前に怯えるカロルに、無理をする必要はないという彼なりの優しさなのだろう。
そう言う彼も、珍しく余裕のない表情をしていた。
再び、魔物の咆哮が部屋中に響き、地響きが起きた。
「う、うわぁ・・・!」
「結界が破れるぞ・・・!」
「大丈夫、あれは逆結界だから」
「逆・・・結界・・・?」
リタから聞き慣れない言葉が出てカロルは疑問符を浮かべた。
その声は少し震えている。
「魔物を閉じ込めるための強力な結界よ。簡単には出てこられないわ。でも、なに、このエアルの量。異常だわ」
追い打ちをかけるかのように、エアルの濃度がどんどん上昇していく。
「こりゃ、やばいかな・・・」
その影響でさらに息は苦しく、体もずんと重くて、立つこともやっとの状態だ。
今まで平然といたユーリでさえも、今の状態は危険だと感じていた。
「な、なんか消えそう・・・!」
点滅する不安定な結界。
カロルの言うとおり、いつ結界が消えてもおかしくない状態であった。
明らかに魔導器(ブラスティア)の様子がおかしい。
「・・・待っててね・・・今すぐ直してあげるから・・・」
「ワンっ!!」
魔導器(ブラスティア)に近づこうとするリタをラピードが止めた。
ラピードの声に、リリーティアも魔物以外の気配に気づいた。
「俺様たちの優しい忠告を無視したのはどこのどいつだ」
結界を挟んで反対側の廊下に『魔狩りの剣(マガりのツルギ)』の面々がいた。
人数は3人。
外で見かけた、『魔狩りの剣(マガりのツルギ)』の首領(ボス)であるクリント。
廃墟の入口で会った少女 ナン。
残りの一人は、初めて見る顔だった。
「悪ぃな。こっちにゃ、大人しく忠告聞くような優しい人間はいねぇんだ」
「ふん。なるほど・・・って、なんだ、クビになったカロル君もいるじゃないか。エアルに酔ってるのか。そっちはかなり濃いようだね」
その男は頭巾(フード)を目深に被って顔はよく見えないが、どこか油断ならないクセのある印象だ。
「ちょうどいい。そのまま大人しくしていろ。こちらの用事は、このケダモノだけだ」
クリントは背負っていた巨大な剣を手に持つ。
「大口叩いたからにペットは最後まで面倒見ろよ。途中で捨てられると迷惑だ」
ユーリの言葉の後、魔物とは違う雄叫びが部屋に響き渡った。
「何っ!?」
「(この声・・・!!)」
驚くエステルの横で、リリーティアはその声だけでその正体を知った。
無意識に右肩に手をあてる。
その時、天井に浮かぶ水から水飛沫があがり、そこから竜使いが現れた。
現れたかみたかで、手に持った槍で魔導器(ブラスティア)を横殴りに叩き込む。
「またあいつ!」
魔導器(ブラスティア)が傷つけられた途端、安定を失って、支えきれなくなった池の水が放流となって降り注ぎ出した。
同時に結界も消滅し、足下に捕らわれていた魔物が出てきてしまった。
「け、結界が破れたよっ!」
「逆結界の魔導器(ブラスティア)が壊れたから当然でしょ!?んっとにあのバガドラ!」
魔物はひと声大きく吼えた。
すると、部屋中に漂っていたエアルの光の粒が、その口にみるみるうちに集まっていく。
「(まさか・・・!?)」
それを見たリリーティアはこれ以上なく目を瞠った。
「ふへ・・・あれ・・・?平気です・・・」
魔物の口に集まっていた光の粒が消えると、嘘のようにエアル酔いがおさまった。
この部屋に充満していたエアルの濃度が正常に戻ったのようである。
「そうだ、もっと暴れろ!ケダモノはケダモノらしく。我が手で、ほふってくれるわ!!」
クリントは結界から解き放たれた魔物と戦おうと武器を構えた。
魔物へと一歩踏み出したその時、竜使いが『魔狩りの剣(マガリのツルギ)』の前に立ちはだかる。
「・・・ほう?」
「『まず、オレを倒せ!』って事らしいぜ。面白れえじゃねえか!」
頭巾(フード)の男とナンは竜使いに狙いを定め、武器を構えた。
ナンが武器である飛来刃を投げ込んだ。
何度も折り返して襲ってくる飛来刃を、竜使いは難なくかわしていく。
「おらおらおらおらぁぁっ!!」
頭巾(フード)の男が素早い身のこなしで壁を駆け上がり、壁をけって上空高く飛びがった。
覆いかぶさるようにして竜使いへ飛びつき、攻撃をしかける。
『魔狩りの剣(マガリのツルギ)』と竜使いが戦っている間、地下にいる魔物がまた大きく吼えた。
そして、大きな四肢で地面を何度も踏みしめる。
その度に地震が起きたように激しく揺れて、その一踏み一踏みはあまりに重く、地面が隆起した。
その時、リリーティアたちがいる側の渡り廊下に亀裂が走り、それは勢いよく広がっていった。
「エステル!」
リリーティアは近くにいたエステルを腕の中へ抱え込んだ。
瞬間、足元の亀裂は瞬く間に深くなり、足場は激しい音を立てて崩れ落ちていく。
一行はあっという間に魔物がいる数メートル下まで落下してしまった。
「リリーティア、大丈夫です?!」
瓦礫の埃が舞う中、エステルは慌ててリリーティアの腕の中から起き上がる。
落下の衝撃から守ってくれた彼女に、エステルはすぐに治癒術をかけた。
とはいえ、大した怪我はなく背中を強く打ったぐらいで済んだ。
「大丈夫、ありがとう」
リリーティアはゆっくりと上体を起こした。
見ると、他の皆も無事なようだ。
しかし、そう安心するのも束の間に一行たちの前で魔物が吠えた。
離れていてもわかるぐらいの巨大な体躯が目の前にある。
リリーティアは思わずぐっと奥歯を噛み締めた。
「やべ・・・足震えてら」
どんな時でも冷静で余裕を見せるユーリでさえも、
これまでにない巨大な魔物を前にしては、最悪な事態を感じ取っているようだ。
「・・・こんな魔物は、はじめてです・・・」
「・・・なんなのよ・・・こいつ・・・・」
「あ・・・ああっ・・・。や、やだ・・・」
エステルもリタも、ユーリと同じようにこれまでにない危機感を感じていて、
とくにカロルは芯の奥から恐怖に襲われ、体を大きく震わせていた。
ラピードも低く唸り声をあげており、いつも以上に警戒の色を示している。
ユーリたちの瞳に映るそれは、まさに----------
ただひとり、
そうただひとりだけ、
リリーティアの瞳に映っているものは違っていた。
彼女の瞳に映るもの。
それは----------、
彼女は喉から搾り出すように、その口から微かな声をこぼした。
-------------------- 「始祖の、隷長(エンテレ、ケイア)」