第2話 青年
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
**********************************
いまだ響き渡る地響き。
ブルータルをはじめ、大勢の魔物がまだ砦に突進しているようだ。
リリーティアは防壁から降りて、まだ人々の騒々しさが残る砦の中を歩く。
辺りを見渡しながら歩いていた彼女は、ふと視線を止めると、その足を止めた。
視線の先には、エステリーゼとあの下町の青年、そして、犬がいた。
その犬はさっきとは違って、短剣ではなくキセルを咥えている。
すると、視線に気づいたのか、その犬はリリーティアをひたと見た。
「(不思議な犬・・・)」
彼女はそう思いながら、エステリーゼたちへ向かって歩き出した。
あの青年もこちらに気づいたようで、警戒するような視線を向けた。
彼に少し遅れてエステリーゼも彼女の姿に気づき、驚いてこちらを見たが、すぐにその表情は嬉しげなものに変わる。
「リリーティア!」
エステリーゼは駆け出した。
リリーティアは何とも言えない表情を浮かべて、こちらへ駆けてくるエステリーゼを見ていた。
「エステリーゼ様」
「リリーティア、どうしてここに?」
笑みを浮かべて聞いてくるエステリーゼに、思っていたほど元気そうな彼女に安堵した気持ちと、<帝国>の姫という立場であることを理解しているのだろうかと半ば困った気持ちが、リリーティアの胸中で交差していた。
「エステル、知り合いか?」
エステリーゼのことを、愛称ように短くしてその名を呼んでいるらしい。
下町の青年は彼女に尋ねながら、あの隻眼の犬と共にリリーティアの元へ歩み寄った。
「彼女は<帝国>騎士の方で、シュヴァーン隊の隊長さんの特別補佐をしているんですよ」
「へー、あの隊のねぇ」
青年は意味ありげな視線でリリーティアを見る。
「はじめまして、<帝国>騎士団シュヴァーン隊所属 隊長主席特別補佐リリーティア・アイレンスといいます」
「ユーリだ、ユーリ・ローウェル。それで、わざわざ特別補佐さんが俺を捕まえにこんなとこまで来た、と」
ユーリはさも当然のような口ぶりで言う。
脱獄していながら騎士である自分が来たと知っても、彼は平然とした調子で、慌てた素振りさえ一切見せない。
「(なるほど、堂々とした顔つきをしている)」
見たところは、自分とあまり変わらない歳のようだが、これだけ堂々としているのは騎士団にもなかなかいない。
そんな彼を見て、何かと規律を重んじる騎士団には合わない型だなと、なんとなく感じた。
現にかつて彼は騎士団に入団していたようだが、しばらくして退団したと聞いている。
彼は彼なりの何かをその心にもって行動する人なのだろう。
規律やら決められた枠には捕らわれない、けれど、己の意思をしっかり持っている。
彼の瞳にはそれが強く感じられた。
その瞳はあのフレンという騎士と通ずるものがあると、リリーティアは思った。
「あの、リリーティア、聞いてください!」
エステリーセは胸の前で手を組むと、懇願するように声を上げた。
「フレンが、フレンの身が危険なんです!それでわたし、それをフレンに伝えたくてユーリにお願いしたんです」
リリーティアは怪訝な顔で彼女を見た。
フレンは〈騎士の巡礼〉と兼ねて、ヨーデル誘拐の任に当たっている。
身の危険というのは、それと関係があるのだろうか。
「エステリーゼ様、それは本当なのですか?一体それをどこでお聞きに」
「騎士の人が話していたのを偶然聞いてしまったんです」
彼女の話によれば、城内にある騎士の詰所で騎士たちが「フレンの命が狙われいる」という話をしていたらしい
騎士たちは単なる噂だと言っていたが、彼女は居てもたってもいられず、彼にそれを伝えようと部屋を抜け出した。
その途中、城の廊下でユーリと出会い、彼の助けを借りて城を出たのだというのだ。
リリーティアは口元に手を当てて考え込む。
アレクセイからは何の情報もない。
ならば、やはりそれは単なる噂なのではと考えた。
「単なる噂ってわけでもなさそうだけどな」
ユーリはリリーティアの考えを見透かしたかのように言葉を添えた。
身の危険を伝えるためにフレンの私室に二人が訪れた時、暗殺者らしき者に襲われたというのだ。
ユーリのことをフレンと間違って攻撃してきたらしい。
しかし、相手はユーリがフレンでないことを知っても尚、好戦的に攻撃を仕掛けてきた危険な人物なのだと、そう二人は話す。
「(暗殺者ということは・・・、赤眼?)」
暗殺者といえば、暗殺ギルドでもある『海凶の牙(リヴァイアサンのつめ)』の赤眼の存在をリリーティアはまず疑った。
そうして、彼女ははっとする。
「(ラゴウが雇ったのか・・・)」
ヨーデルの奪還に動くフレンを消そうと、ラゴウが暗殺者を雇ったのだろう。
彼の後援にはバルボスもついている。
ならば、そう考えるのが妥当だった。
ただひとつ分からないのは、詰所で話していたという騎士たちは一体どこからフレンの暗殺情報を漏れ聞いたのかということ。
そこが気にはなったが、フレンと暗殺者の関係に合点はいった。
「エステリーゼ様、フレンについてはどうか騎士団にお任せください。今すぐ帝都へ戻りましょう。ユーリ、あなたも一緒に来てもらいます」
「リリーティア、お願いです。フレンが心配なんです。必ず戻りますから、あと少し自由にさせて下さい。お願いします!」
エステリーゼは深々と頭を下げた。
何度も「お願いします」と言葉を繰り返す。
彼女がどれだけフレンのことを心配しているのは分かったが、城では彼女の失踪で大きな騒ぎとなっている。
これ以上、外に連れ出すことは更なる大事になりかねない。
それはエステリーゼの手助けをした彼自身にも言えることだ。
脱獄の他に、さらに面倒な罪に問われることになるかもしれない。
「リリーティア、お願いします!どうしてもフレンに伝えたいんです!」
真剣な眼差しで見てくるエステリーゼ。
リリーティアは彼女をじっと見据えた。
彼女を見ていて、ふと頭に浮かぶ言葉。
『いつかレミリアのお話の続きを書いてみたいなって思っているんです』
少し照れた笑みを浮かべて言っていた彼女のその言葉。
彼女は物語を書く人を不思議がっていた。
どうやってその登場人物を作り出しているか、と。
彼女は今、その答えを知れる場所にいる----------外の世界に。
「・・・・・・わかりました、エステリーゼ様。私も同行致します」
「リリーティア、本当ですか!」
エステリーゼは、ぱっと表情を輝かせた。
そんな彼女に、リリーティアは微笑んで頷いてみせた。
「ありがとうございます!」
エステリーゼは満面の笑みを浮かべた。
よほど同行してくれることが嬉しいらしい。
ユーリはというと、どこか疑い深い目でリリーティアを見ていたが、ふと何か思い出したかのように口を開いた。
「なあ、あんたモルディオって知ってるか?聞いた話じゃあ、アスピオの天才魔導士ってやつらしいんだが」
「モルディオ?」
「その人に下町の水道魔導器(アクエブラスティア)の魔核(コア)を盗まれたらしいんです」
そういえば昨日に下町の水道魔導器(アクエブラスティア)が壊れたというのをルブランから聞いた。
それで一部の下町区域が水浸しになっているということも。
あれは壊れたのではなくて、実際は魔核(コア)を盗まれて水道魔導器(アクエブラスティア)が機能しなくなったらしい。
ユーリは貴族街の屋敷でその犯人を取り逃がし、騎士団に捕まったのだという。
彼が脱獄したのも、一刻も早く逃げた犯人を捕まえて魔核(コア)を取り戻したかったというのが、その理由らしい。
日頃から騎士団と衝突する彼らしい。
話に聞いて思っていた通り、やはり彼は下町のことを大事に思っている人なのだろう。
おそらく、エステリーゼとこうして行動を共にしているということからも、それは下町だけでなく、困っている人がいれば見て見ぬ振りはできない性格のようだ。
さっき魔物が迫ってきたとき、いち早く逃げ遅れた人を助けにいっている姿を見ても、それは十分に分かる。
それにしてもと、リリーティアは再び考え込んだ。
その魔核(コア)を盗んだ犯人について、彼女は疑問に思ったのである。
「その犯人は、本当にアスピオにいるモルディオという名前?」
「ん?ああ、名前は確かだ。顔は見てねえけどな」
「リリーティア、知ってるんです?」
「私も会ったことはありません。ですが、アスピオの魔道士なら知らぬ者はいない名です」
「へえ、そんな有名人がわざわざ下町の魔核(コア)盗んで何しようとしてるんだか」
本当にその者が盗んだのだろうか。
リリーティアは難しい顔を浮かべて考えに耽る。
学術都市アスピオのモルディオという者は、4、5年ほど前に僅か10歳で魔導士となり、その天才的頭脳をもって魔導器(ブラスティア)研究を行っている人だ。
魔導師(ブラスティア)研究員の者たちから話を聞いただけで実際に会ったことはないが、噂では気難しく、あまり人と関わらない人物だと聞いた。
あと、誰かは変人だとも言っていたが・・・。
しかし、これまで悪い噂は一度として聞いたことがない。
何かの聞き間違いか、それとも偶然にも名前が同じということも考えられる。
「(何にしても、その犯人について少し調べておいてもいいかもしれない)」
任務には入ってはいないが、その魔核(コア)泥棒の犯人については個人的にも気になる。
彼らと行動を共にしながら、その真相も並行して調べてみてもいいかもしれない。
そう彼女は、心の内に決めたのだった。