第9話 廃墟
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「こりゃ、完璧に廃墟だな」
ユーリは目の前に広がる廃墟と化した街を見渡しながら言った。
一行はユーリが得た情報を頼りに、トリム港の北西にある廃墟の街にやってきていた。
黒雲広がる空からは雨が降り、昼間でもあたりは薄暗かった。
降り続く雨のせいで湿気を帯びた大気に肌はべとつき、どことなく気が滅入る。
ここにくるまでの道中、リタも文句を言っていたぐらいだ。
「見た感じ、誰かがいるようには思えないけど」
「誰かっていうより、魔物が潜んでるって感じだね・・・」
リタとカロルが話す傍で、エステルはキョロキョロと好奇心に満ちた目で廃墟の街を見渡している。
エステルと反し、リリーティアは険しい表情を浮かべていた。
「(あれから、随分と月日がたったんだな・・・)」
リリーティアはかつてここで行った実験のことを思い出していた。
〈満月の子〉の人造計画。
この街の人を被検体として実験を行い、その結果に滅んだ街。
その実験後の状況は悲惨なものだった。
「・・・・・・・・・」
脳裏からその光景を締め出し、リリーティアは羽織っている雨衣の頭巾(フード)を深く被り直した。
そして、音もなく大きく息を吐いた。
「そこで止まれ!」
「この声・・・!?」
突然、一行の頭上に声が降り注いだ。
カロルだけはその声に心当たりがあるらしい。
「当地区は我ら『魔狩りの剣(マガりのツルギ)』により現在、完全封鎖中にある。これは無力な部外者に被害を及ばさないための措置だ」
見ると、崩れかけた屋根の上にひとりの少女が立っていた。
背中には武器を携えている。
三日月型の大きな刃で、あまり見かけない独特な形だ。
その武器の名は飛来刃といい、少女の背丈と同じぐらいの大きな武器であった。
「ナン!よかった、やっと追いついたよ」
喜びの声音でカロルが言った少女の名前。
それはこれまでにも、時々カロルの口から出ていた名前であった。
カロルが会いたかった人は、この少女だったようだ。
「首領(ボス)やティソンも一緒?ボクがいなくて大丈夫だった?」
「なれなれしく話し掛けてこないで」
「冷たいな。少しはぐれただけなのに」
とても喜んでいるカロルとは対照的に、ナンという少女はどこか不機嫌であった。
その言葉もどこか刺刺しい。
「少しはぐれた?よくそんなウソが言える!逃げ出したくせに」
「逃げ出してなんていないよ!」
「また言い訳するの?」
「言い訳じゃない!ちゃんとエッグベアを倒したんだよ!」
「それもウソね」
「ほ、ほんとだよ!」
カロルとナンの言い合いに、リリーティアたちは呆然とその様子を見ていた。
カロルが言っていることはまったく嘘ではない。
ハルルの樹を蘇らせるためにクオイの森にいたのは事実だし、エッグ・ベアを倒したのも事実だ。
確かにカロルだけの力ではないが、逃げ出したというのは間違いだ。
しかし、ナンはカロルの言うことをまったく信じておらず、声を荒らげて否定し続けた。
「次は絶対に逃げないって言ったのはどこの誰よ!昔からいっつもそう、すぐ逃げ出して、どこのギルドも追い出されて-------」
「わあああああっ!わああああああっ!」
これ以上にない叫び声。
ナンの言葉を必死にかき消そうとしたカロルは、両手を頭上でバタバタと振り回している。
リリーティアたちに『魔狩りの剣(マガりのツルギ)』のエースだと言っていた手前、絶対に聞かれたくない言葉だったのだろう。
「・・・ふん!もう、あんたクビよ!」
ナンは呆れた様子で、厳しい言葉をカロルに突きつけた。
「ま、待ってよ!」
「魔狩りの剣(マガりのツルギ)より忠告する!速やかに当地区より立ち去れ!従わぬ場合、我々はあなた方の命を保障しない」
そう言い残して、ナンはさっさとその場を去っていった。
カロルは慌ててナンの名前を呼ぶが、戻ってくる様子はなかった。
ひとり取り残されたかのように、呆然と立ち尽くすカロル。
しばらくその場は沈黙に包まれ、あたりは雨の音だけが強く響いた。
「・・・・・・」
沈黙の中、落ち込むカロルにエステルはどう声をかけていいか分からず、心配した面持ちで彼を窺うように見る。
「それにしても、どうして『魔狩りの剣(マガりのツルギ)』とやらがここにいんだろうな」
「魔物を狩るギルドってことは、倒さなければならない魔物がここに潜んでいるっていうことだとは思うけど・・・」
ユーリとリリーティアは重い空気を振り払うかのように話をはじめた。
「リタ、待ってください。忠告忘れたんですか?」
二人が話している間にすたすたと廃墟の中へ入って行こうとするリタに、エステルは慌てて彼女を呼び止めた。
「入っちゃだめとは言ってなかったでしょ?」
「で、でもの命の保障をしないって・・・」
「あたしが、あんなガキに、どうにかされるとでも?冗談じゃないわ」
エステルは不安げだったが、リタはまったく気にしていない。
「ま、とにかく『紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)』の姿も見えないし、奥を調べてみようぜ」
そう言うとユーリも廃墟の街の中に向かって歩き出し、エステル、リタもそれに続いた。
しかし、カロルだけはその場に佇んでいる。
「カロル」
いっこうに動き出そうとしないカロルにリリーティアは声をかけた。
「あ、うん」
いつもと違って元気のない声でカロルは答え、ユーリたちの後について歩き出した。
まだナンに言われたことがショックのようで、その足取りはひどく重い。
カロルのその背を何ともいえない表情で見詰めると、リリーティアも彼らの後に続いた。