第8話 小悪漢
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「なんなのよ、あいつは!」
ラゴウが出ていって数秒、沈黙した空気が流れたが、堰を切ったようにリタが怒りに叫んだ。
「で、こいつは何者よ!?」
「ちっとは落ち着け」
怒りが収まらないリタは、ヨーデルにまで八つ当たりして声を荒げた。
呆れてリタを止めていたが、ユーリも内心では腸(はらわた)が煮え繰り返るほどの釈然としない思いがあった。
「この方は・・・・」
言葉を止めると、フレンはリリーティアへ視線を移す。
彼女はフレンの続きを口にした。
「この方は次期皇帝候補のヨーデル殿下です」
リリーティアの紹介に、ヨーデルはユーリたちに会釈した。
「へ?またまたリリーティアってば・・・・。・・・って、あれ?」
冗談だと思ったカロルははじめこそ笑っていたが、
よくよく周りを見渡すと、冗談ではない空気が漂っていることに気づいた。
「あくまで候補のひとりですよ」
ヨーデルは微笑みを浮かべて答える。
「ほ、ほんとに!?」
「はい」
ヨーデルが頷くと、カロルは目を白黒させて驚いた。
「殿下ともあろうお方が、執政官ごときに捕まる事情をオレは聞いてみたいね」
「「・・・・・・・・」」
何も言わないリリーティアとフレンに、ユーリは少し苛立ちを見せる。
「市民には聞かせられない事情ってわけか」
彼のその声音からはどことなく怒りが感じられた。
「あ・・・それは・・・・・・」
「ま、好きにすればいいさ。目の前で困ってる連中をほっとく<帝国>のごたごたには興味はねえ」
エステルが何かを言おうとしたが、ユーリは背を向けて強い口調で言い放つ。
「ユーリ・・・。そうやって<帝国>に背を向けて何か変わったか?人々が安定した生活を送るには<帝国>の定めた正しい法が必要だ」
そう話すフレンの瞳はとても強い意思が宿っていた。
「けど、その法が、今はラゴウを許してんだろ」
「だから、それを変えるために、僕たちは騎士になった。下から吠えるばかりいるだけでは何も変えられないから。手柄を立て、信頼を勝ち取り、<帝国>を内部から是正する。そうだったろ、ユーリ」
フレンはユーリに諭すように話す。
騎士となった覚悟。
騎士であることへの信念。
その言葉にはフレンの揺ぎない想いが込められていた。
「・・・だから、出世のために、ガキが魔物のエサにされんのを黙って見てろってか?下町の連中が厳しい取り立てにあってんのを見過ごすのかよ!それができねえから、オレは騎士団を辞めたんだ」
食って掛かるように声を荒げるユーリ。
目の前に苦しんでいる人がいたら、どんな状況でも、どんな立場でも、その人を助けたい。
ユーリにはユーリなりの譲れない想いがあった。
「知ってるよ。けど、やめて何か変わったか?」
「・・・・・・・・・」
厳しい目で見てくるフレンに、この時だけはユーリは何も答えなかった。
「騎士団に入る前と何か変わったのか?」
否、彼は答えられなかった。
ユーリも分かっているのだ、今のままでは何も変わらないということを。
黙したまま、彼は部屋の扉へと向かって歩き出す。
「あ、待ってボクも・・・」
カロルの言葉も気にもとめず、ユーリは部屋を出て行ってしまった。
部屋には重い空気が流れる。
「またやってしまった・・・。僕はただ、ユーリに前に進んでほしいだけなのに」
フレンは頭を抱えて、呟く。
リリーティアは嘆くフレンを、なんとも言えない表情で見詰めていた。
彼らの想いは互いに同じものだ。
すべての人たちが安定した生活を生きていけるように、法を正しく変えたい。
今、この時にも苦しむ人たちを、この手で救いたい。
そのどちらも、人々の平穏を、笑顔を守りたいという想いがある。
ただやり方が違うだけで、それはまったく同じ想いだった。
二人のやり取りも見ていたリリーティアは、いつまで経っても変わることのない理想の儚さと現実の重さを感じていた。
これまで、いったいどれだけの者がその理想と現実の狭間で苦しめられ、傷付けられ、翻弄されてきたか。
挙句の果てには、人の想いまでも大きく歪ませるほどに、その狭間は深く大きい。
「あの、フレン・・・」
「・・・お恥ずかしいところを」
気遣うように名を呼ぶエステルに、フレンは姿勢を正して向き直った。
「あなたはどうされるんですか?」
ヨーデルがエステルに尋ねる。
リリーティアもじっとエステルを見る。
どんな選択を下すのか、彼女の言葉を待った。
「行ってもいいのでしょうか?」
エステルは不安げにフレンとヨーデルを見た。
「なぜですか?」
フレンが聞く。
「・・・ユーリと旅をしてみて変わった気がするんです。<帝国>とか、世界の景色が・・・。それと、私自身も・・・」
まだ彼女自身の想いとしては、はっきりしたものではないように感じられたが、彼女の中の世界は確実に広がっていた。
そして、その広がりが大きくなるにつれて、エステルの想い、考え方、感じ方も少しずつ変わってきている。
それは、良い事なのか悪い事なのか、それは彼女次第だろう。
「そうですか・・・わかりました。リリーティア特別補佐」
真剣な眼差しで、フレンはリリーティアへ向き直った。
「エステリーゼ様をお願いできますか?」
「!・・・フレン、いいんですか?」
城へ戻らずに旅を続けることを承諾してくれたフレンに、エステルは驚くも、嬉しげな表情を浮かべていた。
「私がお守りしたいのですが、今は任務で余力がありません。特別補佐、いかかでしょうか?」
「もちろんです。初めからそのつもりでしたから」
頷くリリーティア。
すでにエステルと共についていくことを決めていた彼女は、どんな選択を下そうと彼女の意思を尊重するつもりだ。
「リリーティア、ありがとうございます!」
エステルはこの上なく喜んだ。
リリーティアが旅を続けていいことを承諾しくれた以上に、共に来てくれることが嬉しかったのである。
「ありがとうございます。あなたが傍にいて下さるなら、これ以上の安心はありません」
「そう言ってくれて、ありがとう。でも、”ユーリが彼女の傍にいてくれるなら”-------そのことも安心の中に入っているのでしょう?」
「え・・・?」
リリーティアの問いに、フレンは目を瞬かせた。
彼の反応が可笑しくて、彼女は小さく笑ってしまった。
もちろん、フレンがリリーティアに向けて言った言葉に嘘はない。
けれど、彼の性格からエステルが旅を続けることを承諾する理由には、エステルにもっと外の世界を見てもらいたいという思いの他に、ユーリの存在も大きく関係しているのではと、彼女は思っていた。
親友であるユーリの傍にいれば大丈夫だと。
フレンの反応からしておそらくそれは図星だったようだ。
「すべてお見通しということですね。・・・・・・はい、あなたのおっしゃる通りです」
フレンは困ったように笑った。
「フレンはユーリを信頼しているんですね」
「ええ」
エステルの言葉にフレンはしっかりと頷いた。
本当に心からユーリのことを信頼しているのが分かった。
「話がまとまったところで、そろそろ行かない?あいつ、見失うわよ?」
「そうだよ、早く行かないと」
リタとカロルがこれ以上は待てないとばかりに話に割って入る。
二人の言葉に、リリーティアとエステルは頷いた。
「みなさん、お気をつけて」
ヨーデルの言葉に見送られ、リリーティアたちは足早にその部屋を出た。
しかし、宿の外に出るとラピードはそこに座って待っていたが、ユーリの姿がなかったため、
一行はトリムの町の中へと彼を探しに向かった。