第8話 小悪漢
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そうして、一行は無事にカプワ・ノールの対岸、カプワ・トリムにたどり着いた。
ラゴウの圧政で閑散としていたノール港とはちがい、ここには4大ギルドである幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)のギルド本部があり、
現在はギルド勢力が強い港町のため、とても賑やかで平穏な空気が漂っている。
船の出入りも多く、これぞ港町といった活気満ちた光景が広がっていた。
「あれ、フレンは?」
「彼なら、ヨーデル様と先に用意した宿へ向かってもらったよ」
一行は騎士団の船を下りたが、フレンが見当たらないと辺りを見渡すカロルにリリーティアは説明した。
「ヨーデルって、さっき助けたやつよね?あいつ、誰?」
「え、えっと、ですね・・・」
リタの問いにエステルは彼の素性を話していいのか分からず、困った表情でリリーティアを見た。
リタだけでなく、ユーリとカロルもヨーデルが一体何者なのか気になっているようで、彼の素性を知っている二人にじっと視線を注ぐ。
「詳しい話はフレンたちがいる宿で。それじゃあ、行こう」
リリーティアの案内で宿へ向かうと、その中の一室へと入った。
その部屋の中にはフレンとヨーデル、そして、-------ラゴウの姿があった。
ラゴウの姿を確認したその刹那、リリーティアは僅かに眉を寄せる。
「こいつ・・・!」
リタが怒りを湛えた目で、ラゴウを睨んだ。
リリーティアは視線だけをフレンに向けると、彼もそれに気づきこちらを見たが、ただ黙したまま視線を返してくるだけであった。
「(まあ、予想通りってとこか・・・)」
ラゴウがこの部屋にいる理由は、リリーティアには大よその見当はついていた。
小舟でここまで逃げてきた後、ラゴウはこの宿に潜んでいた。
そして、その正当な理由として、”トリムには用事があって訪れていて、宿で休んでいたところに偶然フレンたちと居合わせた”といったところだろう。
「おや、どこかでお会いしましたかね?」
ラゴウは眼鏡をかけ直しながら、リリーティアたちに言った。
それはもう白々しいほどに。
「船での事件がショックで、都合のいい記憶喪失か?いい治癒術師、紹介するぜ」
「はて?記憶喪失も何も、あなたと会うのは、これが初めてですよ?」
「何言ってんだよ!」
ユーリの皮肉にもラゴウは平然としらを切った。
そのあまりの白々しさに、カロルがきっと目を吊り上げて怒り叫ぶ。
「執政官、あなたの罪は明白です。彼らがその一部始終を見ているのですから」
「何度も申し上げた通り、名前を騙った何者かが私を陥れようとしたのです。いやはや、迷惑な話ですよ」
フレンの言及にも、ラゴウは罪を認める様子は一切なく、むしろ堂々としていた。
「ウソ言うな!魔物にエサにされた人たちを、あたしはこの目で見たのよ!」
地下室で見た、大量の白骨化した人体の数々はとても悲惨なものだった。
その光景が頭から離れることなく鮮明に記憶に残ったリタは、ラゴウの行いがどうしても許さなかった。
リタだけでなく、それを見たリリーティアたち皆が同じ思いである。
「さあ、フレン殿、貴公はこのならず者と評議会の私とどちらを信じるのです?」
嫌みったらしい笑みを浮かべて問うラゴウ。
フレンは何も言わず俯いた。
「フレン・・・」
何も言い返さないフレンをユーリは見据えた。
何か言いたそうな瞳でフレンを見るユーリだが、フレンは押し黙ったままであった。
「そういうえば、あなた・・・・・・確か、特別補佐官の・・・?」
突然ラゴウがリリーティアに声をかけた。
それもまた白々しく、彼女は嫌悪感を感じたものの表情には出さじ、毅然とした態度でラゴウに向き直り、頭を下げた。
「はい。<帝国>騎士団 隊長主席特別補佐 リリーティア・アイレンス です」
「リリーティア殿、特別補佐官ともあろう貴公も、このならず者の言うことを信じるというのですか?」
わざと”特別補佐官”という言葉を強調して言うラゴウ。
その意味するところ、それは、彼女に対するラゴウからの脅しであり、挑発であった。
ユーリたちを信じると主張すれば、権力を使ってその地位から引きずり落としてやるという脅し。
そして、騎士団の中でも上位にある特別補佐の権力で出来るものなら、自分を陥れて見せろという挑発。
「・・・・・・・・・」
リリーティアはラゴウを見据えた。
何も言わない彼女にラゴウはさらに不敵な笑みを深くした。
この時のラゴウはいい気味だと上越した気分でリリーティアを見ていた。
なぜなら、以前から彼女の事が気に食わなかったからだ。
一介の騎士に対して、評議会議員であるラゴウがそこまで気に食わないと思わせるのにはいくつかの理由があった。
まず 彼女は騎士団の中でも、騎士団長のアレクセイと最も関わりが深い人物であり、評議会と対立しているアレクセイに何かと擁護されていること。
前帝の信頼から、皇帝家に仕える魔導士として国の予算から何割かの研究資金を約束されていること。
そして、ラゴウが彼女のことを最も気に食わないと思うこと、それは----------その瞳(め)だった。
その瞳(め)は、いくら脅しの言葉を浴びせても恐怖に揺れず、挑発の言葉を浴びせても感情を露わに揺れることもない。
これまで幾度か評議会の人間から様々な暗な言葉を浴びせらてきた彼女。
そのすべての言葉にも、どんなの状況の中でも、彼女の瞳(め)は何一つ変化を見せたことはなかった。
怯え震える下等な人間の姿が己の退屈を紛らわしてくれるものだと考えているラゴウにとって、彼女のような人間は心底面白くない存在だった。
だからこそ、ラゴウは彼女のその瞳(め)が何よりも気に入らなかった。
「決まりましたな」
一向に何も言わないリリーティアに上越した気分のまま、嫌みな笑みでラゴウは言い放つ。
今回もその瞳(め)には何も変化もなかったが、何も言い返すことが出来ない相手の姿を見ただけでも、ラゴウの気分は幾分か良かった。
「では、失礼しますよ」
ラゴウは部屋を出ようと歩き出す。
そして、ラゴウがその部屋を出て行こうとした寸前に、ずっと黙っていたリリーティアがその口を開いた。
「ラゴウ執政官殿」
その声にラゴウは一瞬嫌な表情を浮かべると、訝しげに振り向いた。
「リリーティア特別補佐・・・・」
フレンがリリーティアの言葉の続きを遮るように、彼女の名を呼んだ。
その面持ちは僅かに不安げで、実際にフレンは彼女を止めようと思ってその名前を呼んだのだ。
それは、評議会に下手に言及して理不尽な厳罰を与えられはしないかと、彼女を心配してのことだった。
フレンの危惧を察した彼女は、ただフレンに頷いて見せた。
心配ないという意味を込めて。
「不正は、いずれ正されます。だから不正というのです。・・・・・・義を以った者が、必ず不義を罰するでしょう」
だから、自分が行う不正もきっと正される----------いつか必ず。
リリーティアのその声はとても静かだった。
しかし、不思議と部屋中に響く、凛とした響きであった。
単なる言葉ではない、そう思わせるような深い感情が込められた言葉。
しかし、ラゴウは変わらず余裕の笑みを浮かべていた。
「正すも何も・・・、正しいものに正す必要なんてありませんからね」
彼女の忠告的な言葉でも、ラゴウの表情は一段と自信に溢れ、不敵な笑みを深くした。
よほど自信があるのだ。
評議会という権力を持つ自分を裁けることは、誰にもできないという自信が。
ラゴウは、リリーティアにもう一度不敵な笑みを向けると、部屋を出て行った。
ただ彼女はラゴウが出て言った扉をじっと見ていた。
なにひとつ変化のない見据えた瞳(め)で。