第8話 小悪漢
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「(ラゴウの実態は確認できたものの、証拠となると・・・・・・。やはり、まだ薄いか・・・)」
リリーティアは寝台に腰かけながら、気難しげな表情を浮かべて何やら考え込んでいた。
彼女がいるその部屋は、寝台の他には椅子と机しかない簡素な部屋。
ここはフレンが仕切る騎士団船の船内に備えられた部屋のひとつであった
あれから一行は騎士団の船へと無事に助けられ、ヨーデルはすぐに船内の一室まで運び込まれた。
それほど経たずして意識を取り戻し、リリーティアはつい先ほどヨーデルの様子を伺い見に行ってきた所だった。
怪我もなく命に別状はないようで、とても元気そうな姿のヨーデルに彼女は一安心した。
現在、この船はカプワ・ノールの対岸、カプワ・トリムへ向けて航行している。
ノール港からトリム港までは、船で一時間もかからない程度の距離だ。
トリムにつくまで一行は船内でそれぞれに体を休めていた。
リリーティアはフレンが用意してくれた部屋で、一人でずっと考えに耽っていた。
今後、ラゴウがどうなるかを考えていたのだが、結論としては、今回は罪に問えないということだった。
バルボスと逃げていったが、今頃はトリムへと到着している頃だ。
そして、後に着いた自分たち騎士団の前に何食わぬ顔で現れるだろう。
名前を騙った偽者が己の陥れようとしたと理屈を言って。
評議会の人間の考えそうなことは目に見えて分かり、彼女は音もなく息を吐くと左の掌(てのひら)を見る。
「(どちらにしろ・・・・・・遅かれ早かれ・・・・・・)」
掌をしばらく見詰めた後、その手をぎゅっと強く握りしめた。
リリーティアは顔を上げると、部屋にはめ込まれた丸いガラス窓から外を眺めた。
そこには、蒼い空と蒼い海が広がっている。
「(とりあえずは、無事に殿下も救出された・・・。あとは・・・・・・)」
エステルの保護。
そのことに関して今後どうするべきか、リリーティアは考える。
これまで彼女の意思を尊重して旅を続けてきたが、いつまでそれが許されるだろうか。
「( 〈満月の子〉の力・・・ )」
帝都を出てから、一度もアレクセイとは連絡を取っていないが、まだハルルでのことを報告するのは早いと思っていた。
ハルルの樹を甦らせたエステルの治癒術の力。
彼女が持つ〈満月の子〉の力が、本当に古来の〈満月の子〉の同等の力を秘めいているとはまだ確証はないのだ。
下手に報告して、その後、もしもエステルの力にそれほどの力は秘めていないと分かった時、
アレクセイはそれでもエステルの力を利用しようとすると見当がついているからだ。
ハルルの樹を甦らせたという事実に目をつけて、強制的に力を引き出そうとする暴挙に出るに違いないと。
ならばもしも、エステルの力が、彼女の〈満月の子〉の力が、本物だった場合は----------。
リリーティアはそこで考えるのをやめた。
「(・・・・・・今は、彼女の意思を尊重しよう)」
リリーティアはエステルの保護を先送りにした。
アレクセイが早急にエステルを城へ連れて帰るようにと命じた場合には、また別に考えようと結論付けた。
考え事を終わらせ、彼女は気持ちを切り替えようと、腕を上げてぐっと背を伸ばした。
「っ・・・!」
途端、リリーティアは表情を歪ませて、腹部を抑えた。
暗殺者のザギにやられた箇所が痛んだのだ。
さっきよりは少しは痛みも治まってきていたが、急に動かすとなるとまだ強い痛みを感じた。
それでも普通に動く分には痛みはほとんどないからと、彼女はあまり気に止めずにいた。
腹部をさすりながら彼女は息を吐くと、寝台から立ち上がる。
トリムまではまだ少し時間があるから、皆の様子でも見に行こうかと思い立ち、部屋の扉に向かって歩き出した。
「(そういえば、・・・・・・あれからどうしたんだろう)」
リリーティアはドアノブを手に取りながら、ふと彼のことを思った。
アレクセイから頼まれた聖核(アパティア)を探るために、あの時はラゴウの屋敷に忍び込んだのだろうが、あれからどうしたのかはまったく知らない。
とはいえ、すでにラゴウの屋敷の捜索は終わっているだろう。
そして、もうひとつの任務である、ヨーデル殿下誘拐の問題も解決した。
彼は今後どう動くつもりなのだろうか。
「(まあ、彼のことだから心配は----------)」
そう思いながら扉を開けたリリーティアは、
「・・・・・・・・・」
なぜかそのまま固まってしまった。
瞬き一つせずに、それはまさに蝋人形のように微動だにせずに固まっている。
「はぁい、元気?」
なぜなら、扉を開けた先には思いもよらない人物が立っていたからだ。
陽気な声でそう言った人物は、満面の笑み浮かべてリリーティアを見ている。
それは、彼女が今まさに思っていた人物で。
「・・・・・・っ!!??」
「うおっ!?」
はっとしたリリーティアは、すぐさまその人物の腕を掴むと、勢いよく部屋の中へ引き込んだ。
突然に腕を引っ張られたその人物は、つまづきそうになりながらも部屋の中へと入っていく。
彼女は慌てて扉を閉めると、扉に背をつけて、その人物の名を叫んだ。
「レイヴンさん!!何してるんですか!?」
その人物とはレイヴンであった。
慌てる彼女とは対照的に彼はいたって楽しげな様子である。
「リリィちゃんったら、意外と積極的なのね。おっさん、ドキドキしちゃう」
「っ!・・・か、からかわないでください!」
顔を赤くするリリーティアに、レイヴンは冗談だと声を上げて笑った。
そんな陽気な彼に呆れて、彼女はひとつため息をつく。
「・・・・・・騎士団の人に見つかったらどうするんですか」
船に乗り込んでいることは別段驚くことはなかったが、騎士団がうろうろしているこんな狭い場所で、しかも、堂々と自分の部屋に訪れるとは思っていなかったリリーティア。
彼のことだから騎士団に見つかるようなミスは犯さないだろうが、それにしても、あまりにも大胆すぎる行動のように思われた。
どれだけ気をつけていたって騎士が多くいるこの船内では絶対に見つからないとは限らない。
「だって、ずっと隠れてるのもヒマだし、せっかくだからリリィちゃんとこ行こうって思って~」
そんなリリーティアの心配をよそに、レイヴンは相変わらずにこにこと笑みを浮かべている。
楽天的なその理由に彼女はさらに呆れてしまった。
「・・・いや、だからって・・・・・・、あの、一応ここ・・・・・・騎士団の上役がいる部屋なんですが・・・・・・」
「もちろん、よ~く存じ上げておりますとも。よっ、<帝国>騎士団 隊長主席特別補佐 リリーティア・アイレンス殿!」
リリーティアはたじろいだ。
いくら今の彼はレイヴンとして振る舞っているとはいえど、<帝国>騎士団の隊長主席で自分の上司だ。
そういう立場としてだけでなく、リリーティアは個人としても彼自身を尊信している。
それは、彼を尊敬しているルブランやシュヴァーン隊の彼らと同じように。
そのため、どこか気恥ずかしいものがあった。
「一応ですからね・・・・・・、本当は、レイヴンさん、あなたのほうが・・・」
その気恥ずかしさを隠すように、リリーティアは言葉を紡いだ。
「何言ってるのよ、謙遜しなさんな」
とは言っても、レイヴンとしての彼もギルドユニオンの幹部で、立場は違えど地位的には騎士団としての位置となんら変わらない。
<帝国>からのスパイと知りながらレイヴンをその位置に置いたのは、単なるドンの策略でも気まぐれでもなく、何より彼を信頼してのことだ。
ドンが彼を信頼しているのは、彼の技量と、おそらくそれだけの理由でスパイである彼をギルドに置いておくわけがないから、他にそう思わせるものを彼の中に見ているのだろう。
そうして見ると、目の前で呑気に笑みを浮かべている彼は、なかなか底が知れない人であった。
「(謙遜してるのは、レイヴンさんのほうだと思うけど・・・・・・)」
だからこそ彼女は、シュヴァーン、レイヴンとは関係なく、ただただ彼自身を純粋に尊敬している。
謙遜もなにも彼には到底かなわないと思っているのだから。
「それに、俺様はそこらへんにいるだだのおっさんよ」
レイヴンは片目を瞑って言う。
リリーティアは、彼は本気でそう言ってるのか、謙遜して言ってるのか分からなかった。
確かに、騎士団の隊長格という素性を隠すのと同様、ギルドの幹部としてよりは、ただの男としてのほうが行動はとりやすい。
そのための言動でもあると思われたが、実際はどういうつもりなのか、よく分からなかった。
「でしたら、ここでの行動は控えた方が・・・・・・」
とにかく、ただの男として行動しているのなら、なおさら騎士団がいるこの船内でうろうろしているのは危険な行動である。
それでもこうしてここに来たということは、実際は何かしらの報告があっての行動なのかもしれないと、彼女はひとり考えていた。
「だって、さっきリリィちゃんとあんまり話せなかったし・・・、ま、固いこと言わないでよ」
「あの、・・・・・・本当にそれだけの理由で、ここへ?何か他に用事があってきたのではないのですか?」
相変わらずな様子のレイヴンに、リリーティアは直接的に聞いた。
ラゴウのことか、聖核(アパティア)のことか、それともまた別のことか。
何かしらの情報を伝えにきたのだとばかり思っている彼女は、その言葉を待った。
「だから~、リリィちゃんに会いに来たっていうのが、俺様の用事なのよ」
「・・・・・・・・・」
リリーティアは目を瞬かせると、今度はじっと疑うような目でレイヴンを見る。
しかし、どうも彼が言っていることはそのままの意味のようで、本当にその理由でここに来たようだった。
「・・・・・・・・・はあ」
まさか、本当にそれだけの理由でここへきたとは思ってもいなかったリリーティア。
任務として真剣にとらえていた自分がすこし馬鹿らしく思えた彼女は、大きなため息が漏れた。
「ちょっと、ちょっと!そんな大きなため息つかなでよ、俺様かなり傷つくんだけど・・・!」
声をあげるレイヴン。
彼のその様もただ大げさに言っているのだと、彼女はそれこそ真剣に捉えなかった。
「・・・・・・・・・誰のせいだと思っているんですか?」
この時の彼女はレイヴンに対して少し恨めしさを感じていた。
シュヴァーン隊長としてならともかく、ただのレイヴンとして騎士団の船内で会っていることが見つかれば、騎士団の人間の自分としてはどう説明すればいいのか、そうなった時の自分の身にもなってほしいと思わずにはいられなかった。
「わかりましたよー、ただのおっさんは、船のお荷物と仲良くかくれんぼでもしてますよっと」
レイヴンは年甲斐もなく拗ねた表情を浮かべ、捻くれた言葉を口にしながら部屋を出て行こうとした。
「・・・・・レイヴンさん」
ドアノブに手をかけたとき、リリーティアに呼ばれて振り向いた。
見ると、彼女は困っているような、また申し訳ないような、どちらとも取れる笑みを浮かべている。
「まあ、その、冗談のそれでもですよ・・・、会いに来てくれてありがとうございます」
レイヴンは目を数回ほど瞬かせ、唖然としてリリーティアを見る。
それは思いがけない言葉で、さっきまで彼女はひどく呆れていた様子であったから、それは尚更だった。
「今回の件についても、無事で何よりでした。それから、どうかあまり無茶はしないように・・・」
「・・・・・・あ・・・だ、大丈夫、大丈夫。おっさん、若人みたいにそんな無茶できる歳じゃないからさ」
詰まらせながらも、言葉を紡ぐレイヴン。
思いがけない言葉に彼は思わず頬が緩みかけたが、怪しまれまいとなんとか平静を装った。
それだけ彼女の言葉は彼にとって嬉しいものだった。
「・・・あ、そうそう。リリィちゃん、肩、大丈夫?」
さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように気分が良くなったレイヴンはふとあることを思い出した。
でも、リリーティアは何のことを言っているのか分からず、首を傾げた。
「肩?・・・腹部じゃなくて・・・?」
なにか心配した面持ちで聞いてくるので、怪我の心配だと思った彼女は、あの船上でザギから受けた怪我を思わず口にしていた。
「へ・・・?」
「え・・・?」
レイヴンはまたも彼女がこぼした思いがけない言葉に、素っ頓狂な声をあげた。
そんな彼の反応に、リリーティアもキョトンとする。
お互いに何度か目を瞬かせた後、彼女はしまったとばかりにはっとして、とっさにレイヴンから目を逸らした。
「あ、・・・いえ・・・・・・」
その反応からして、彼はただ本当に腕の怪我のことを聞いただけなのだと分かった。
腕の怪我については、いつの時のこと言っているのかは分からない。
けれど、考えればあの船の上に彼はいなかったことは確実で、つまりは腹部に受けた怪我のことはまったく知らないのは当然だった。
余計なことを言ってしまったとリリーティアは慌てて口を噤んだが、それもすでに遅しで、恐る恐るレイヴンを見ると明らかに疑いの目でこちらを見ていた。
「リリィちゃん?それどーいうこと?」
「えー・・・」
誤魔化すように笑みを浮かべるリリーティア。
レイヴンが肩のことを聞いたのは、ラゴウの屋敷で竜使いが現れた時、彼女がそこを強く抑えていたのを見たからだった。
あの広間で起きていたことすべてを、彼も建物の陰に身を潜めながら窺い見ていたのである。
竜使いが現れてしばらくは思いもよらない闖入者に竜使いから目を離せずにいたレイヴンだが、ふとリリーティアへ視線を向けた時、右肩を抑えている彼女を見たのだ。
あまりに強く肩を掴んでいたため、よほど腕を痛めているのかと思ったが、傭兵たちと戦っていた様子では少しも痛めている様子ではなかったことに、レイヴンは訝しくも思っていた。
リリーティアが抑えていた肩。
実際そこに怪我を負ったのは随分前の話だった。
数年前、はじめて竜使いと対峙したときに受けた怪我。
その傷はすでに完治しており、痛みはまったくないのだが、竜使いを前にして恐怖に襲われたリリーティアは、無意識のうちにかつて怪我を負った肩を強く掴み、その恐怖を抑えようとしてとった行動だった。
彼女自身、無意識だったため、レイヴンに肩のことを聞かれても何のことを言っているのか理解できなかったのは当然であった。
「・・・あの、たいしたことではありま---------」
「たいしたことないなら、話してくれてもいいんじゃない?」
リリーティアが最後まで言い終わらないうちに、レイヴンは一層疑う目を強めながら言った。
冷や汗をかきながらも、彼女は何とかしてその場をやり過ごそうとするが、一度疑われてしまっては、何を言っても彼を誤魔化せないようだ。
「その、・・・・・・ラゴウが雇っていた暗殺者にちょっと」
観念したリリーティアは、仕方なく怪我のことを正直に話した。
暗殺者のザギのことを話すと、その世界では名のある暗殺者なのだとレイヴンは話した。
あの時、彼女が感じていたように、とても危険な人物なのだという。
「まったく、どっちが無茶してんのよ」
「・・・・・・すみません」
レイヴンは呆れた表情を浮かべる。
リリーティアは心配をかけてしまったことに申し訳ない気持ちと、知られてしまった自分の詰めの甘さに内心落ち込んでいた。
「まあ、大した怪我じゃなくてよかったわ」
まだ少し心配した面持ちではあったが、レイヴンは安堵の笑みを浮かべた。
今回に限ったことではなく、度々何かと無茶をする彼女。
レイヴンは無茶な行動は控えるように言ったが、彼女の性格からしてまた同じことを繰り返すのだろうと半ば諦めた気持ちもあった。
「いつも心配してくださってありがとうございます」
「何言ってんのそのぐらい・・・。それに、俺様は何もしてないわよ。礼なんていいって」
「そんなことありません」
そう笑みを浮かべる彼女に、レイヴンの胸の内は鈍く疼いた。
その痛みはどこから来るのか、何を思っての痛みなのか。
それは、分かるようで分からなかった。
今はその痛みを振り払い、彼は彼女からの感謝の言葉を素直に受け取った。
「それじゃあ、俺様はここで退散するわ」
「はい。くれぐれも騎士団の人たちにはお気をつけて」
レイヴンは扉の前に来ると、リリーティアの方へくるっと回るように体を向けた。
そして、真剣な眼差しで、正確にはわざとそう装って、びしっと敬礼をした。
「失礼しました、特別補佐官殿!」
そう言うと、にっとおどけた笑みを浮かべるレイヴン。
リリーティアは可笑しくて小さく声をたてて笑うと、彼女も「お疲れ様です」と返した。
そして、レイヴンはそっと扉をあけて廊下に誰もいないことを確認すると部屋を出て行った。
「・・・・・・相変わらずですね」
そう呟く彼女のその瞳はとても穏やかで、その口元には嬉しげな笑みを湛えている。
リリーティアはしばらくの間、彼が出て行ったその扉をじっと見詰め続けていた。