第2話 青年
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「(たぶん、まだここにいると思うけど)」
帝都を出て、リリーティアはデイドン砦まで来ていた。
砦にはいつもよりも多くの騎士の姿が見受けられた。
「(まさか、脱獄者を追ってここまできた・・・わけじゃないか)」
それはいくらなんでも対応が早すぎる。
ということは、何か別の理由があるのだろうか。
リリーティアは辺りを見渡すと、馬車の前に立っている行商人の男に目を止めた。
馬車の中には多くの荷物が乗っている。
おそらく帝都で仕入れたものをここまで運んできた行商人だ。
しかし、この砦は旅人たちが行き交う交易地といえど、留まって商売するような立地のいい場所ではないはずだ。
「すみません」
「ああ、いらっしゃい」
「つかぬことを伺いますが、ここで商いを?」
「いやね、俺も好きでここにいるわけじゃないんだよ。砦の向こうに魔物の群れが出ちまって足止め食ってるんだ」
そういうことか。
リリーティアは納得した。
魔物討伐のために騎士たちが集められているのだろう。
行商人の男に、追っている二人がここを通ったかどうかを聞こうとした、その時だ。
----------カンカンカン!!
突如として砦の鐘が鳴り始めた。
瞬間、彼女はすぐにその場を勢いよく駆け出した。
これは、警鐘の鐘。
魔物の襲来を告げる合図だ。
リリーティアは騎士団の詰所に駆け込むと、砦の屋上へ続く階段へと急いだ。
階段を駆け上り砦の防壁の上に出ると、北側に広がる平原を見渡した。
地平線は土煙に覆われており、よくよく見ると土煙の先から魔物が大挙してこちらへ押し寄せてきている。
その群れの中には----------、
「-------ブルータル!・・・どうして、また」
リリーティアは苦い顔でそれを見る。
〈平原の主〉、ブルータル。
十年前と変わらない巨体な魔物がそこにいた。
そして、あの頃と同じようにその魔物がここに来る季節ではない時に現れた。
あの時の全く同じに。
彼女は何故か妙な胸騒ぎを覚えた。
「早く入りなさい!!門が閉まるわ!!」
リリーティアはその声の方へを顔を向けた。
自分のいる防壁の上、門を挟んだ向かい側に赤い髪と、髪と同じ色の眼鏡をかけた女が叫んでいた。
見たところ騎士ではない。
砦にむかって逃げる人々に、避難を促しているようだ。
「矢だ、矢を持って来いっ!」
「早く門を閉めろ!!」
「くそっ!やつがくる季節じゃないだろう!」
「主の体当たりを耐えればやつら魔物は去る!訓練を思い出せ!」
騎士たちの叫号が行き交う。
魔物の群れに大量の矢が放たれ、その下を多くの人々が必死になって門へと向かって走っている。
これなら魔物が来る前に全ての人が砦に避難することができる。
そう思った矢先のこと。
砦の外でその場から一歩も動かない者たちがいることに気づいた。
それは、うずくまっている年若い青年と、泣きじゃくる幼い女の子。
「・・・よし、退避は完了した!扉を閉めろぉ!」
「っ!?」
リリーティアは騎士の言葉に絶句した。
「閉門を待ちなさい!まだ残された人が・・・!」
避難を促し続けていた赤髪の女が叫ぶ。
そうだ、まだ取り残された人がいる。
だというのに、門を閉めようとする騎士たち。
リリーティアは彼らの行動に憤りながら、門を閉めている騎士へと視線を投げた。
魔術でその閉門を止めようと思った彼女は片腕を振り上げた。
「ガウっ!!」
「!?(・・・犬?)」
すぐにその振り上げた手を止めた。
隻眼の成犬が門を閉めている騎士に襲いかかったのだ。
おかげで門の動きが止まった。
門の閉門を止めたその犬は首に重たげな鎖を巻き、犬でありながら何故か短剣を口に咥えて、騎士に襲いかかっていた。
「ユーリは女の子を!」
聞き覚えのある声にリリーティアははっとして見る。
うずくまる年若い青年の方へ駆けていく少女がいた。
桃色の髪、白と桃色で彩られた服をなびかせている少女----------エステリーゼだ。
そのすぐ後には、漆黒の髪に黒衣を身に纏った青年が、泣きじゃくる女の子を抱きかかえていた。
「(彼が、ユーリ・ローウェル)」
彼女はこれまで話にしか聞いていなかった下町の青年をじっと見詰めた。
エステリーゼとユーリは、無事に取り残された二人を避難させることができた。
「お人形、ママのお人形~!」
その時、悲痛に訴える女の子の声が響く。
下町の青年が助けたあの女の子が、門の外に向かって手を伸ばしている。
ふと砦の外を見ると、小さな人形が地面に横たわっているのが見えた。
その女の子の大切な人形らしい。
エステリーゼがそれを拾いに行こうとするのを下町の青年が止めると、かわりに彼が門の外へと駆け出した。
リリーティアは彼の行動に驚きを隠せなかった。
魔物はすぐそこまで迫ってきている。
これ以上、門を閉めるのを止めておくわけにはいかない。
しかし、今、門を締めれば彼は外へ締め出されてしまう。
そんな中、再び騎士が門を締めようとして門の装置に手を掛けようとしていた。
「合図あるまで閉門待てっ!!」
それを見たリリーティアはあらん限りの声で叫んだ。
突然降ってきた凄味の利いた声に騎士は怯んだが、それも一瞬んで、騎士は必死な形相で門を閉め始めた。
彼女は苦渋な表情で歯を噛み締める。
魔術で閉門を止めようと思ったその時、またもあの犬が現れて閉門を止めてくれた。
「ユーリ!」
エステリーゼの声を耳に、リリーティアは砦の外を見た。
すでに魔物は彼のすぐ後ろまで迫ってきている。
このままでは明らかに追いつかれ、そして、砦の中に侵入される。
彼女は愛用の武器《ラウィスアルマ》を手に取ると、急いで詠唱を開始した。
「命芽吹きし大地を荒らす 豊穣の破壊者 南風の神 ここに」
足元には緑色の術式。
そして、彼女は腕を振り上げた。
「デウス・ ボレアス!」
すると、下町の青年に迫る魔物の群れ一帯は吹雪に見舞われた。
辺り一面を白く包み込み敵の視覚を奪うと、数多の冷たい旋風が魔物たちを切り刻む。
ブルータルをはじめ、魔物たちは突然の攻撃に動きを鈍らせた。
「今すぐ門を閉じて!早く!」
騎士は頭上から降ってくる声に困惑しながらも慌てて門を締め始める。
そして、人形を持った青年が、彼の背丈まで迫っていた門の下を滑るようにして潜った。
門が完全に閉まった後になってから大勢の魔物が次々と砦へと体当たりし始めたが、取り残された人もなく、なんとか魔物の侵入を防ぐことができた。
それを見届けたあと、リリーティアは砦壁にもたれながらその場に座り込んだ。
そして、そのまま空を見上げる。
空にまで響き渡る地響きを耳に、彼女は静かに安堵の息を吐いたのだった。