第8話 小悪漢
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小振りとなった雨の中。
町の中へとしばらく歩くと、大きな橋が架けられた場所があった。
橋を先を見ると、町の中でもひときわ大きい屋敷が立っているのが見えた。
「あれがラゴウの屋敷?」
カロルの問いにリリーティアは頷くと、一行は橋を渡っていく。
橋を渡り、屋敷の門近くの物陰に隠れて様子をうかがう。
門の前にはあのガラの悪い二人が立っていた。
「あれ傭兵だ・・・どこのギルドだろう」
「道理でガラが悪いわけだ」
カロルとユーリは、物陰からそっと覗いて見る。
リリーティアも傭兵の二人をじっと見た。
「(・・・『紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)』か)」
ラゴウとその首領(ボス)である バルボス と繋がっていることを知るリリーティアはすぐに見当がついた。
「おっきな屋敷だね。評議会のお役人ってそんなに偉いの?」
「評議会は皇帝を政治面で補佐する機関であり、貴族の有力者により構成されている、です」
「言わば、皇帝の代理人ってわけね」
「へえ、そうなんだ」
皇帝不在の今はさらにその拍車がかかり、ラゴウのように目に余る行動を執る議員も増えている。
騎士団長であるアレクセイのおかげで幾分かは抑制されてはいるようだが、それでも評議会は未ださらなる権力強化を狙っている。
フレンの言う通りに事は慎重に運び、ラゴウの悪行の証拠を確実に掴まなければならない。
「どうやって入るの?」
「裏口はどうです?」
リタの問いにエステルは答える。
リリーティアが、それは無理だと口を開きかけた、その時だった。
「残念、外壁に囲まれてて、あそこを通らにゃ入れんのよね」
突然の知らない声に、ユーリたちは一斉にその声のほうへと振り向いた。
だがそれは、リリーティアにとってはよく知る声であった。
皆が見ると、一行のすぐ後ろにはひとりの男が立っていた。
「・・・っ!?」
「こんなところで叫んだら見つかっちゃうよ、お嬢さん」
驚きに声をあげようとしたエステルに、男は片目を瞑り人差し指を立てる。
ユーリたちは不審げに男を見ているが、ひとりリリーティアだけは、困ったような表情にも似た微かな笑みを浮かべていた。
「・・・えっと、失礼ですが、どちら様ですか?」
不審な男に対しても、エステルのその礼儀正しさは変わらないようだ。
けれど、その表情はひどく戸惑っている。
「な~に、そっちのかっこいい兄ちゃんとちょっとした仲なのよ。な?」
「いや、違うから、ほっとけ」
絶対に関わり合いたくないと言わんばかりに、ユーリはすぐにその男から視線を逸らした。
「おいおい、ひどいじゃないの。お城の牢屋で仲良くしたじゃない、ユーリ・ローウェル君よぉ」
「ん?名乗った覚えはねぇぞ」
訝るユーリに男は手配書をちらつかせる。
「ユーリは有名人だからね。で、おじさんの名前は?」
「ん?そうだな・・・。とりあえず、レイヴンで」
「(・・・とりあえずって)」
リリーティアは苦笑を浮かべる。
不審な男、それはレイヴンのことであった。
「とりあえずって・・・どんだけふざけたやつなのよ」
リリーティアと同じことを思ったリタが、ジト目でレイヴンを見た。
ただでさえ怪しまれているのに、適当な返答にさらに怪しまれている。
突然の出現には驚いたが、相変わらずな彼の様子にリリーティアは安堵した気持ちで、レイヴンと話す彼らをただ静かに見守った。
「んじゃ、レイヴンさん。達者で暮らせよ」
ユーリはこれ以上の面倒はごめんだとばかりに、手を振ってレイヴンに背を向けた。
「ちょっと、つれないこと言わないでよー」
わざとらしく拗ねた口調でレイヴンは言う。
背を向けたままユーリはただ手をひらひらさせて何も答えない。
これまで何かと問題に巻き込まれてきた旅に彼はもううんざりしているようである。
「リリィちゃん、こ~んな冷たい青年とじゃなくて、俺様と一緒に来ない?」
「ははは、えーっと・・・・・・」
リリーティアはどう返答していいものか分からず、ただ困ったように笑うことしかできなかった。
「え?リリーティアって、この人と知り合い?」
カロルは目を瞬かせてリリーティアを見上げる。
「まあ、・・・とりあえず、知り合いで」
「あんたも、とりあえずって・・・」
リリーティアの返答に、リタは半目になって呆れたように呟いた。
「リリィちゃんまでつれないこと言わないでよ~」
がっくりと肩を落とすレイヴンに、リリーティアは口元を抑えて小さく笑った。
それはあまりに大げさでわざとらく、落ち込んでいる風を装っているだけだと分かった。
「まあ、それはそうと・・・・・・おまえさんたちこの屋敷に入りたいんでしょ?」
その証拠にすぐにレイヴンは立ち直り、さっきまで落ち込んでいた様子は今はまったくない。
彼はラゴウの屋敷を指差して話を切り出し始めた。
「ま、おっさんに任せときなって」
そう言うと、一行の返事を待たずして、彼はさっさと門に向かって行ってしまった。
「止めないとまずいんじゃないの?」
「あんなんでも、城抜け出す時は、本当に助けてくれたんだよな」
牢屋から抜け出せたのは”うさんくさいおっさんが助けてくれたから”とユーリから聞いた時、それはレイヴンのことだとリリーティアはすぐに分かったが、その理由まではよく分からなかった。
「そうだったんです?だったら、信用できるかも」
「だといいけどな」
けれど、今回は彼がどう動くのかはなんとなく分かっているリリーティアは、エステルの言葉を聞いて少し申し訳ないなとも思った。
ユーリは少し疑っているようだが、その通りに危惧していることがすぐに起きるだろう。
レイヴンが何やら傭兵である門番と会話をしているのを物陰からじっと見る一行。
しばらくして、その門番の二人が急にこちらへ駆け寄ってきた。
「な、なんかこっちにくるよ」
明らかにここに隠れていることを知って、一直線にリリーティアたちのほうへと向かってきていた。
レイヴンを見ると、こちらに向かって片目を瞑り、さらには親指を立てている。
そして、さっさと一人で屋敷に入って行ってしまった。
「そ、そんなあ・・・」
エステルは騙されたことに愕然としていた。
リリーティアは落ち込むエステルに苦笑を浮かべ、視線をリタの方へ向けた。
「(エステルより、彼女のほうがあれか・・・)」
リタはぎゅっと拳を握り締め、体はわなわなと震えている。
リリーティアはエステルよりも彼女のほうを心配するべきだなと、その様子を伺っていた。
「あいつ、バカにして!あたしは誰かに利用されるのが大っ嫌いなのよ!」
キッと鋭い目で顔を上げると、そう叫びながら彼女は火属性の魔術を放った。
凄まじい勢いの魔術は二人の門番を容易く吹っ飛ばす。
地に倒れたその二人は力なくうめき声をあげた後、呆気なくそのまま気絶してしまった。
「(違った・・・・・・むしろ彼の方を心配するべき?)」
これまでもリタが容赦なく魔術を放つのを見てきたが、今回はこれまでにない怒り様だった。
リリーティアは冷や汗をかいて、彼女のその怒りの形相を見ていた。
「あ~あ~、やっちゃったよ。どうすんの?」
「どうするって、そりゃ、行くに決まってんだろ?見張りもいなくなったし」
ユーリが走り出し皆もそれに続くと、門を通り、屋敷の敷地内に駆け込む。
しかし、正面から突破するのは危険と考え、ひとます裏口にまわり通用口を探すことにした。
急いで、屋敷の側面に回ると、そこにはレイヴンがいた。
「よう、また会ったね」
レイヴンは振り向くと、にっと余裕の笑みを一行に向ける。
「無事で何よりだ、んじゃ」
すぐ横にあったリフトにそそくさと乗って上へと向かう彼。
「待て、こら!」
誰よりも憤怒しているリタは、彼が乗った隣にあるリフトに乗り込こもうとして、すぐさま走り出す。
ユーリたちもリタに続いて走り出す中、リリーティアはリフトに乗って上がっていくレイヴンを見ていた。
その時、レイヴンと目が合った。
すると、彼は片手を顔の前まで上げて、謝る仕草をした。
申し訳ないような笑みを浮かべている。
門前で取った行動に対して謝っているようだが、それだけではないことをリリーティアは分かっている。
「(はは、大丈夫ですよ)」
リリーティアは苦笑を浮かべるも、大丈夫だという意味を込めて小さく手を挙げて応えた。
「リリーティアも早く!」
カロルの声に、リリーティアも急いで走り出した。
ユーリたちはこれで追いかけようとしているみたいだが、このリフトでは追いかけるのは無理だ。
「あれ、下?」
動き出すリフトに、カロルは目を丸くして言う。
このリフトは隣のものとは反対で、下に降りる専用リフトだと知っていたからだ。
それを分かっていながらも、リリーティアは彼らと共に乗り込んだ。
レイヴンが謝っていたのは屋敷の門前でのことと、このことを含めた謝罪であった。
それを知って、ユーリたちに忠告せずに乗り込んだのは、ラゴウの悪行の実態を確かめたかったらだ。
リリーティアが今まで聞いきたラゴウの悪行は、リブガロの件だけではなかった。
それは、地下で魔物を飼っているということ。
税金が払えず自分に歯向かってきた者や、ただ自分が気に食わないと思った者たちを屋敷に捕らえて軟禁すること。
そして、捕らえられた者は二度と帰ってこないということ。
つまり、捕らえられた者の末路がどうなったのかは、すでに分かりきったことだ。
だかこそ、この機にその実態を調べたかった。
何より、今回はティグルとケラスの子どもが捕らえらたと聞いた時点で、リリーティアの胸中では嫌な予感ずっと渦巻いていた。