第8話 小悪漢
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一行が街に戻ると、ディグルが歩いてくるのが見えた。
その後ろの方に、ケラスが慌てて追いかけてきている。
「待って!せっかくケガを治してもらったのに!」
見るとティグルの手には剣が握られている。
それを見て、何をしに行こうとしているのかすぐに分かった。
「そんな物騒なもん持って、どこに行こうってんだ?」
ティグルはユーリを睨み見る。
「あなた方には関係ない。好奇心で首を突っ込まれても迷惑だ」
ティグルは幾分か低い声で、怒りを顕にしている。
その時、ユーリは何も言わず、ただ彼の足下に何かを放り投げた。
「こ、これは・・・っ!?」
ティグルの目が大きく見開かれる。
それは、今まさに彼が捕まえに行こうとしていた魔物リブガロのツノだったからだ。
「あんたの活躍の場奪って悪かったな。それは、お詫びだ」
ユーリはそう言うと、すぐにその場から立ち去っていく。
カロルは信じられないと言わんばかりに驚いていて、戸惑いながらも彼の後を追った。
リリーティアたちも彼の後を追いかける。
「あ、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
ティグルとケラスは去って行く一行に向かって、額が地面につくぐらいに深く頭を下げる。
夫婦は一行の姿が見えなくなっても、感謝してもしきれないのか、しばらくその頭を下げ続けていた。
「ちょ、ちょっと!あげちゃっていいの?」
そして、宿屋の前に来たとき、ユーリに追いついたカロルは慌てて言った。
「あれでガキが助かるんなら安いもんだろ」
「最初からこうするつもりだったんですね」
「思いつき思いつき」
微笑むエステルにユーリは背を向けると、面倒そうに言う。
彼のその様子に、素直じゃないなとリリーティアは眉根を寄せて小さく笑みを浮かべた。
「その思いつきで、献上品がなくなっちゃったわよ。どうするんの?」
「ま、執政官邸には、別の方法で乗り込めばいいだろ」
もともとそういうつもりだったのだろう。
ユーリは悩むことなく楽天的に返した。
「なら、フレンがどうなったか確認にもどりませんか?」
「とっくにラゴウの屋敷に入って、解決してるかもしれないしね」
「だといいけど」
ユーリたちが宿の中に入って行く中、リリーティアは一度空を見上げた。
黒く厚い雲に、いまだ降りしきる雨。
フレンたちは解決どころかまだ屋敷にも入ることはできていないだろう。
評議会の人間、とくに自分の娯楽のために住民に圧政を強いるような者は、そう簡単に話を聞いてくれるものではない。
誰よりもそれを知るリリーティアは、重い息を吐くと彼女も宿屋の中へと入っていった。
宿屋の店主に雨衣を預け、先ほどの部屋に入ると、フレンがいた。
ソディア、ウィチルとラゴウのことについて何やら話し合っているようだ。
「相変わらず辛気くさい顔してるな」
「色々考えることが多いんだ。君と違って・・・」
「ふーん・・・」
「また無茶をして賞金額を上げて来たんじゃないだろうね」
フレンの鋭い目に、わざとらしく目をそらすユーリ。
無茶をしたのは少し事実かもしれないが、おそらくフレンはユーリが何かをしてきたのは察していても、
賞金を上げるような行動はしてきていないことをなんとなく見破ってはいるだろう。
リリーティアはこれまでのユーリとフレンのやり取りを見ていて、
簡単な言葉、その目や態度で、相手の意図を察することができるほどの仲であることは分かった。
「執政官とこに行かなかったのか」
「行った。魔導器(ブラスティア)研究所から調査執行書を取り寄せてね」
魔導器(ブラスティア)研究所からの調査執行書。
それは、<帝国>が認めた魔導器(ブラスティア)調査は、いかなる場所も入ってもいいという権限のことだ。
「それで中に入って調べたんだな」
「いや・・・執政官にはあっさり拒否された」
「なんで!?」
カロルは声をあげて驚く。
リリーティアは想定通りの結果に音もなくため息をついた。
「魔導器(ブラスティア)が本当にあると思うなら正面から乗り込んでみたまえ、と安い挑発までくれましたよ」
「私たちにその権限がないから、馬鹿にしているんだ!」
ソディアは拳を強く握り締めて、声を荒らげて悔しがる。
「でも、そりゃそいつの言う通りなんじゃねえの?」
「何だと!?」
ユーリに今にも掴みかかりそうなソディアを、ウィチルが慌てて彼女の前に出て制する。
その言い方にも問題はあるが、ユーリの言い分も確かに間違いではなかった。
「ユーリ、どっちの味方なのさ」
「敵味方の問題じゃねえ。自信があるなら乗り込めよ」
「いや、これは罠だ。ラゴウは騎士団の失態を演出して評議会の権力強化を狙っている。今、下手に踏み込んでも、証拠は隠滅され、しらを切られるだろう。騎士団も評議会も<帝国>を支える重要な組織。なのに、評議会議員であるラゴウはそれを忘れている」
フレンの冷静な判断に、リリーティアは改めて彼の実力を感じた。
あの年齢で短期間で小隊長にのぼりつめただけはあると。
彼の言うとおり、どんなに明白な証拠があったとして、それは跡形もなく消されるだろう。
「とにかく、ただの執政官様ってわけじゃないってことか。で、次の手考えてあんのか?」
「・・・・・・・・・」
「なんだよ、打つ手なしか?」
それでも、フレンはずっと押し黙ったままだった。
「・・・中で騒ぎでも起これば、騎士団の有事特権が優先され、突入できるんですけどね」
「騎士団は有事に際してのみ、有事特権により、あらゆる状況への介入も許される、ですね」
ウィチルの言う通り、リリーティアも今はそれしか方法は考えられなかった。
「なるほど、屋敷に泥棒でもはいって、ボヤ騒ぎでも起こればいいんだな」
そう言うと、ユーリは部屋を出ていこうとする。
「ユーリ、しつこいようだけど・・・」
フレンは、その方法を口にすればユーリが必ず動くと思ったのだろう。
だから、あまり口にはしたくなかったに違いない。
けれど今はそれしか方法はなく、それを聞いたユーリももう行動を決めているようだ。
「無茶するな、だろ?」
背を向けたままのユーリをじっと見据えるフレン。
そして、フレンはソディアとウィチルへ視線を移した。
「市中の見回りに出る。手配書で見た窃盗犯が、執政官邸を狙うとの情報を得た」
しかし、ユーリもフレンも今はその方法をとることが一番だと分かっている。
直接言葉を交わさずとも、彼らはお互いの立場を利用し、そして、協力して解決を図るという考えを互いに交わしあったようだ。
そこには、それぞれ違う場所に立っているが、昔からある絆で強く繋がっている。
リリーティアには、彼らの間に見えない糸が確かにあるのを見ていた。
一行は部屋を出て広間へと向かったが、リリーティアはしばらく歩いた後、その場に立ち止まった。
そして、前を歩くユーリの背を見る。
彼らならノール港の現状を変えてくるかもしれない。
ふとそう思った彼女だったが----------、
「(-------そう現実は甘くない・・・か)」
リリーティアは目を伏せた。
評議会の人間のことをよく知る彼女はすぐにその考えを改めた。
結局は何も変わらない、と。
それが、権力が降り注ぐこの国の現実だ。
そう、簡単に変わるわけがなかった-----------ただひとつの方法を除けば。