第8話 小悪漢
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広間に戻ると、ユーリたちが話し合っていた。
「これからどうする?」
「わたし、ラゴウ執政官に会いに行ってきます」
「え?ボクらなんか行っても門前払いだよ。いくらエステルが貴族のお嬢様でも無駄だって」
エステルが<帝国>の姫だということに気づいていないカロル。
しかし結局は、<帝国>の姫としてラゴウに進言したとしても、何かと理屈をつけられどうにもできないだろう。
「とは言っても、港が閉鎖されてちゃトリム港に渡れねえしな。デデッキってコソ泥も、隻眼の大男も海の向こうにいやがんだ」
「うだうだ考えないで、行けばいいじゃない」
「話のわかる相手じゃなさそうだけどな」
「ユーリの言う通り、取り次いでもえないだろうね。フレンも、〈巡礼〉の外交儀礼で面会を願っても、頑なに拒否されたようだから」
〈騎士の巡礼〉は幹部候補となる騎士の修練の儀式であり、それは各地の視察をも兼ね、各地の執政官と面会してその実情を図る。
しかし、執政官はその決まり事である儀式行事も従うことなく、容赦なく面会を拒否した。
それは、かつてシュヴァーンの〈巡礼〉の時とまったく同じ有様であった。
「となると・・・、献上品でも持って参上するしかないか」
「献上品?何よ、それ」
リタは訝しげにユーリに問う。
「リブガロだよ。価値あんだろ?」
「そういえば、役人のひとりが言っていました。そのツノで、一生分の税金を納められるって」
「そんだけ高価なもんなら面ぐらい拝ませてくれるだろ」
「リブガロってのを捕まえるつもり?」
リブガロを捕まえれば税金を免除すると住民に言っているラゴウ。
本人は、住民たちがそう簡単にリブガロの角を手に入れられると思ってはいないだろう。
その想定を裏切られるようなこと、つまりはリブガロの角を手に入れたことを聞けば、ラゴウは面会を承諾する上に、同時に悔しがるに違いない。
「だったら今がチャンスだよ!雨、降ってるし」
「雨がどうかしたんです?」
「リブガロは雨が降ると出てくるんだよ。天気が変わった時にしか活動しない魔物ってのが、時たまいるんだよね」
世界には、夜行性で夜しか活動しないといったように、特定の天気にのみ活動する魔物がいるが、その行動の真意は不明で解明されていない。
カロルが言ったように、晴れている日はおとなしく、雨になると活発になる魔物のほかに、土地柄によって嵐に近い強い風が吹いている日に現れる特殊な魔物も存在する。
「よく知ってるな、カロル先生。それで?」
「・・・それでって?それだけだよ?」
「どこにいるんだ?」
「さ、さあ・・・」
カロルは頭を掻きながら、目線をそらした。
「・・・・・やっぱりね」
リタは呆れた声で言うと、ため息をついた。
「ティグルさんたちから聞いた話だと、リブガロはここから南にある森付近にいるそうだよ」
「そうなんです?じゃあ、行きましょう」
「行きましょうって、いいのかよ、エステル」
「はい?」
エステルは首を傾げて、ユーリを見る。
「下手すりゃ、こっちが犯罪者にされんぞ。この町のルール作ってんのは<帝国>の執政官様だ。そいつに逆らおうとてんだからな」
「・・・・・・わたし行きます」
「いいんだな」
「はい」
少し考え、エステルははっきりと答える。
その言葉には迷いはなく、きっぱりと言い切っていた。
「リリィ、おまえもか?」
「ええ」
リリーティアも同じく、すぐに頷いて答える。
「リリーティア、ありがとうございます」
「礼なんていいよ、エステル。これは、あなたが行くから自分も行くっていう問題じゃないから。私自身、この問題はどうにかしたい」
この時、夫婦の痛々しい姿が頭の中に浮かんでいた。
何年も続いているこの劣悪な現状は、見過ごすにはすでに長い時間が過ぎたのだ。
そう、潮時なのだ。
それは、裏で続けているであろう研究に対しても言えることだったが、リリーティアは何より、今はあの夫婦をどうにかしたいという思いが強かった。
「リタもいいんだよな?」
「天候操れる魔導器(ブラスティア)っていうの、すごい気になるしね」
「決まりですね!」
みんなが一緒に行くことが決まり、エステルは嬉しそうだ。
「じゃあ、まずリブガロを探すとしますか」
ユーリの言葉に皆が頷いた。
一行は雨衣を羽織り、降りしきる雨の中へと、宿を出た。
街の出口まで行くと、一行の後ろから声がかけられた。
それはフレンのもので、ウィチルも一緒にいた。
「相変わらず、じっとしてるのは苦手みたいだな」
「人をガキみたいに言うな」
ユーリはジト目でフレンを見る。
「ユーリ、無茶はもう・・・」
「オレは生まれてこのかた、無茶なんかしたことないぜ。いまも魔核(コア)ドロボウを追ってるだけだ」
「ユーリ・・・」
「おまえこそ、無理はほどほどにな」
そう言ってユーリはさっさとその場を去っていく。
フレンは険しい顔つきでその背を見ていた。
「ウィチル、魔導器(ブラスティア)研究所の強制調査権限が使えないか確認を取っておいてくれ」
うなずいて走り出すウィチル。
フレンは、音もなく小さく息を吐いた。
「まったく、帝都を出て少しは変わったかと思えば・・・。これでは無茶の規模が膨れあがっただけだ」
「フレン?」
独り言のように呟いたフレンに、エステルは首を傾げた。
「ユーリは守るべきもののためならとても真っ直ぐなんですよ。そのために自分が傷つくことも厭わない。それがうらやましくもあり、そのための無茶が不安でもあるんですがね」
そう言うと、フレンはもう一度、ユーリの背を見詰めた。
これまでのユーリの行動を見ていたリリーティアもフレンが言うことはよく分かった。
これまでもそうであったが、ついでだとか、さっきのように自分の用事を済ませているだけだと、自分のためだと言った風を見せながら、結局はそれは誰かのためにとっている行動だ。
彼は、誰かが傷つき、苦しいんでいるところを放っておくことができない性分なのだと、リリーティアもそれを十分に理解している。
「ね、エステル、もう行こう。ユーリに置いていかれるよ」
「ええ、わたしたちもこれで」
「あ、エステリーゼ様」
「はい」
エステルが行こうとするのを、フレンはそれを止めた。
「・・・その、どうですか?外を、自由に歩くというのは?」
彼の問いに、エステルは視線を落としてしばらく考えたあと、顔を上げて彼を見た。
「全部をよかったというのは、難しいことですけど・・・。わたしにもなすべきことがあるのだとわかり、それがうれしくて、楽しいです」
「そうですか。それはよかった・・・」
微笑むエステルに、フレンは嬉しげな表情を浮かべた。
リリーティア同様、フレンもエステルの城での軟禁状態の生活を気にかけていた一人だ。
<帝国>ではそれなりに問題とはなっているが、城を出て旅をするエステルを、ユーリが結界の外へ出た時のように彼は喜んでいるのだろう。
「それでは」
小さく頭を下げると、エステルはカロルたちの後を追いかけた。
エステルが向かったのを見届けると、フレンはリリーティアへと向き直る。
「リリーティア特別補佐、エステリーゼ様と・・・ユーリをよろしくお願いします」
「・・・ええ、わかりました」
フレンは申し訳ないような表情を浮かべている。
まさかユーリのこともお願いされるとは思っていなかったリリーティアは苦笑を浮かべた。
しかし、これまで無茶をしてきたことを昔から近くで見てきたフレンにとっては、ユーリのことがとても心配なのだろう。
彼の気持ちを察して、リリーティアはしっかりとフレンの言葉に頷いてみせたのだった。