第8話 小悪漢
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そうして、ラピードは宿の軒下で待ち、リリーティアは宿の中へと入った。
中に入ってすぐ、受付があるその広間にはフレンとエステルがいて、エステルが雨で濡れた髪をタオルで拭いているところだった。
「リリーティア特別補佐、どうぞお使いください」
「ありがとう」
リリーティアもフレンからタオルを受け取り、濡れた髪をタオルで拭った。
そして、フレンの案内で宿屋の一室に入ると、その部屋にあるソファへとエステルは座る。
リリーティアもエステルの隣に座り、机を挟んで向かい側にフレンが座った。
「まさか、特別補佐もおられたとは、驚きました」
「エステリーゼ様を城へ連れ戻すようにと騎士団長閣下から命ぜられてね。色々と事情があって、エステリーゼ様、そして、彼女と一緒にいたユーリと行動を共にすることにしたんです」
「その事情を詳しく話して頂けますか?」
リリーティアは頷くと、フレンにこれまでのことを話した。
エステルが城を出た理由とユーリが脱獄した理由、そして、リリーティアが彼らと共に同行した理由。
ユーリが指名手配されるほどの罪を犯したということは虚実だということに関しては、徹底してきちんと話した。
もちろん、中には実際に罪を犯したことになる行為も、これまでのことを話す上では仕方なくありのままに話していった。
そして、リリーティアとエステルから詳しく話を聞いたフレンは、すべての事情を理解した。
「それから、騎士団長から聞いておられると思うのですが・・・」
「殿下のことですね」
リリーティアはフレンがこれから話す事柄を察して、頷いた。
エステルは突然ヨーデルが話題に上がったことに首を傾げた。
「ヨーデルがどうかしたのです?」
「・・・実は、誘拐されたようなのです」
「ゆ、誘拐・・・!?」
エステルは口元に手を当てて驚いた。
ヨーデル殿下が半月も前から誘拐されていること。
しかもそれがラゴウの仕業であることをエステルは二人から聞かされた。
そして、ヨーデルがなぜ誘拐されることになったかを次期皇帝の問題と共に説明した。
その深刻な問題は、エステルにはとても信じられないことだった。
「フレン、今のあなたたちの状況を」
「はい」
フレンの話によると、捜査はほとんど進んでなく、現在はフレンの部下たちが町へ聞き込みの調査に出ているようだ。
その調査の中、町の人の話では、最近このノール港の天候は雨ばかりが続いているという。
時期的なものと考えてもいいが、天気が良い日に船を出すと、突然にも天候が悪化するということがひどく頻繁にあるというのだ。
それは、さすがに偶然だと簡単に片づけていいものではない。
アスピオで同行してもらった魔導士の見解では、それは魔導器(ブラスティア)が原因ではないかということだった。
執政官ラゴウが魔導器(ブラスティア)で天候を操っているのではないかと。
ともかくはっきりしたことは部下の情報を聞き、改めて今後の動きを図るというのが、フレンの考えであり現状であった。
リリーティアはフレンの話を聞いて、天候の問題はラゴウの仕業だとすでに確信していた。
それは、ラゴウの屋敷には大型の魔導器(ブラスティア)があることをすでに知っているからだ。
そして、話に一段落つくと、リリーティアはソファから立ち上がった。
待ってもらっているユーリたちを呼びにいくためだ。
部屋から出ると広間でカロルとリタが座って待っていた。
「お待たせ」
「あ、話終わった?」
カロルはリリーティアが来たのを見るとすぐに立ちあがった。
「これ、頼まれたものだよ」
「雨の中、ありがとう。助かったよ」
リリーティアは人数分の雨衣と余ったお金分を受け取ると、受付にいる宿主にしばらく預かってもらうようにお願いした。
カロルたちにユーリのことを聞いてみると、ユーリはまだ帰ってきていないということだった。
その時だ、ユーリが宿の中に入ってきた。
「あんたどこほっつき歩いてたのよ」
「そこらへんブラついてただけだよ。・・・んで、用は済んだのか?」
「ええ」
「ヒミツのお話も?」
またも嫌みっぽく言うユーリに、リリーティアはただ肩をすくめるだけで何も答えなかった。
そして、ユーリたちをエステルたちがいる部屋へと案内した。
その一室にユーリたちが入ってくると、フレンはソファから立ち上がって、彼らに向き直った。
「ここまでの事情は聞いた。賞金首になった理由もね。まずは礼を言っておく。彼女を守ってくれてありがとう」
「改めて、私からもありがとう、ユーリ」
フレンに続き、リリーティアは感謝の意を込めて軽く頭を下げた。
「あ、わたしからもありがとうございました」
エステルもその場に立ち上がると、ぺこりと頭を下げた。
「なに、魔核(コア)ドロボウ探すついでだよ」
「問題はそっちの方だ」
「ん?」
ユーリは訝しげにフレンを見る。
「どんな事情があれ、公務の妨害、脱獄、不法侵入を<帝国>の法は認めていない」
フレンは一変して厳しい目でユーリを見ると、きっぱりと言い放つ。
「ご、ごめんなさい。全部話してしまいました」
「しかたなねえなあ。やったことは本当だし」
エステルは心底申し訳ない表情で謝った。
しかし、ユーリは別段気にもとめず、平然としている。
それは、これまで、何かとリリーティアの権限でなんとかしてもらおうと言っていた人物とは思えないほどのあっさりしたものだった。
「では、それ相応の処罰を受けてもらうが、いいね?」
「フレン!?・・・あの、リリーティア」
エステルは助けを求めるようにリリーティアのほうを見る。
その瞳は真剣で、本当にどうにかユーリのことを許してほしいという想いが見て取れた。
リリーティアはそんな彼女に小さく笑みを浮かべて、心配はないと頷いてみせた。
それでも、エステルの顔からは不安げな色は消えなかった。
「別に構わねえけど、ちょっと待ってくんない?」
「下町の魔核(コア)を取り戻すのが先決と言いたいのだろう?」
その時、扉が開き、騎士の格好をした女と魔導士の格好をした少年が入ってくる。
見たところ、町へ情報を集めに行っていたフレンの部下だろう。
「フレン様、情報が・・・なぜ、リタがいるんですか!!」
その魔導士の少年はリタを見ると、突然驚いた声を上げた。
「あなた、<帝国>の協力要請を断ったそうじゃないですか?<帝国>直属の魔導士が、義務づけられている仕事を放棄してもいいんですか?」
その少年はリタを睨みながら、強い口調で言う。
「誰?」
「・・・だれだっけ?」
カロルはリタに問うが、少し考えた後、リタも首を傾げた。
知らないというよりも、覚えていないようだ。
「・・・ふん、いいですけどね。僕もあなたになんて全然まったく興味ありません」
少年は、”全然まったく”という部分をやけに強調して言う。
それはどうみても強がっているようにしか聞こえなかった。
「紹介する。僕・・・私の部下のソディアだ」
ユーリと話を交わしていた普段の話し方を改めるフレン。
それを見ても、騎士としての彼の生真面目さがうかがえる。
そうして、フレンが紹介した後、騎士の女が軽く頭を下げた。
彼女は肩までない短髪で、右側だけ長く三つ編みで結ってあり、猫のような釣り目で凛々しい印象を受ける。
左目の泣き黒子が特徴的だった。
フレン隊の副官を担っているそうだ。
「こっちはアスピオの研究所で同行を頼んだウィチル」
魔導士の少年は青色の眼鏡をかけており、短い髪は前も後ろも綺麗に切りそろえられている。
頭の天辺からひとつぴょんと髪が跳ねているのが特徴的に見えた。
「彼は私の・・・」
「こいつ・・・!賞金首のっ!!」
フレンがユーリを紹介しようとすると、ソディアがすかざず抜刀した。
「ソディア!待て・・・!彼は私の友人だ」
「なっ!賞金首ですよ!」
慌ててフレンは止めるも、ソディアは自分の上司の友人が犯罪者だということが心底信じられない様子である。
「事情は今、確認した。確かに軽い罪は犯したが、手配書を出されたのは濡れ衣だ。後日、帝都に連れ帰り、リリーティア特別補佐自ら申し開きをして下さる。その上で受けるべき罰は受けてもらう」
「し・・・、失礼しました。ウィチル、報告を」
ソディアはまだ少し納得いっていないようだったが、ウィチルに報告を促した。
「もう用事は終わったんでしょ」
その時、話に興味のないリタが口を挟む。
「この連続した雨や暴風の原因は、やはり魔導器(ブラスティア)のせいでだと思います。季節柄、荒れやすい時期ですが船を出すたびに悪化するのは説明がつきません」
「ラゴウ執政官の屋敷内に、それらしき魔導器(ブラスティア)が運び込まれたとの証言もあります」
二人の報告は、リリーティアがすべて想定通りのものだった。
「転向を制御できるような魔導器(ブラスティア)の話なんて聞いたことないわ。そんなもの発掘されていないし・・・いえ、下町の水道魔導器(アクエブラスティア)に遺跡の盗掘・・・まさか・・・」
話に興味のなかったリタが、独り言のよう呟いて考え込む。
リタはこれまでの出来事、魔導器(ブラスティア)ドロボウ関連のものはここに繋がるのではと考えたようだ。
「執政官様が魔導器(ブラスティア)使って、天候を自由にしてるってわけか」
「・・・ええ、あくまで可能性ですが。その悪天候を理由に港を封鎖し出航する船があれば、法令違反で攻撃を受けたとか」
「それじゃ、トリム港に渡れねえな・・・」
ソディアの報告にユーリたちは新たにトリムへ行く方法を考えなくてはならなくなった。
一番はラゴウを捕まえることで事は収まるだろうが、そう簡単にはうまく運ばないだろう。
「執政官の悪いうわさはそれだけではない。リブガロという魔物を野に放って、税金を払えない住民たちと戦わせて遊んでいるんだ。リブガロを捕まえてくれば、税金を免除すると言ってね」
「そんな、ひどい・・・」
エステルが悲しげに小さく呟く。
リリーティアは険しい表情を浮かべた。
彼女はあの夫婦のことを思い出した。
ティグルの悔しげな表情と、ケラスの悲しげな表情が脳裏によぎる。
「入り口で会った夫婦のケガって、そういうからくりなんだ。やりたい放題ね」
「そういえば、子どもが・・・」
「子どもがどうかしたのかい?」
「なんでもねえよ」
カロルの言葉にフレンが反応したが、フレンに余計な心配事を増やさないためだろう、ユーリはすかさずその話を遮った。
リリーティアもあの夫婦の子どものことが気がかりだった。
それは、何となく嫌な予感を感じていたからだ。
住民を魔物と戦わせて楽しんでいるラゴウの醜悪な趣味。
彼の醜悪さはそれだけではないことをリリーティアは知っており、それを危惧したとき、最悪な事態を考えられずにはいられなかった。
ラゴウに捕らえられ、何をされているのか分からない。
「色々ありすぎて疲れたし、オレらこのまま宿屋で休ませてもらうわ」
そう言うと、すぐに部屋を出ていくユーリに、リタとカロルも後に続いて部屋を出ていく。
「リリーティア、私たちも行きませんか?」
「ええ。それでは、私はここで」
「はい、お疲れ様です」
フレンの言葉にリリーティアは頷くと、ソディアとウィチルに会釈をして、エステルと共に部屋を出た。
そして、彼女が部屋の扉を閉めかけた、その直後だった。
「それと・・・例の『探し物』の件ですが・・・・・・」
リリーティアは扉を閉めるその手を止めた。
「(・・・・・彼にも探させているのか)」
探し物。
リリーティアはすぐになんのことを指しているのか分かった。
それは、聖核(アパティア)。
アレクセイがヨーデル殿下救出と共にシュヴァーンに捜索を頼んでいたものだ。
それはアレクセイの考える理想にとって必要不可欠なものだった。
世界で最も希少なものであるそれ。
それがどうやってできるのかを知れば、尚、その存在はどれだけ希少なもので、手に入れることが困難な代物だと知るだろう。
あのときシュヴァーンにもあまり詳しい説明をしなかったことから、フレンにも聖核(アパティア)については詳しくは話して聞かせていないであろう。
しかも、それをなぜ必要なのかという理由は尚更隠して、各地を〈巡礼〉するフレンに捜索を頼んでいるに違いない。
かつて、シュヴァーンが〈巡礼〉の旅に出たときと同じように。
アレクセイが任務と称して理想のためにフレンを利用していることに、
いろいろ思うことはあったが、リリーティアは何も聞かなかったかのようにその扉をそっと閉めた。