第8話 小悪漢
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一夜明け、一行は太陽が昇ってすぐに出発した。
そして、陽がだいぶ高く昇った頃、ようやくノール港が見えた。
その辺りから空が急に厚い雲に覆われはじめ、ノール港に着いたときには本格的に雨が降り出した。
少し前まで雲一つない快晴であったにも関わらず、ものの数分で天候が激変したことに、リリーティアは訝しげに空を見上げた。
降りしきる雨は止む気配がない。
「・・・なんか急に天気が変わったな」
ユーリも不思議に思ったようで、同じように空を見上げた。
「エステル、どうしたの?」
ふと気づくとエステルが街の中を見渡していた。
初めて訪れた港町に喜んでいるのかと思ったが、よく見ればその表情はそれとは違うようである。
「あ、その、港町というものはもっと活気のある場所だと思っていました・・・」
エステルはどこか拍子抜けしたような調子で言った。
今は昼間だというのに、厚い雨雲に覆われているせいで、辺りは薄暗く陰気な雰囲気が漂っている。
正確に言うと、その陰気な雰囲気を醸し出ているのは、何も天候だけが理由ではなかった。
それは、昼間だというのに人の気配がまったくないのだ。
町中は小雨の音がいやに耳に響くほどに静まり返っており、雨が降っているから人の出入りが少ないというわけではないように思えた。
「確かに、想像してたのとは全然違うな・・・」
「でも、あんたの探している魔核(コア)ドロボウがいそうな感じよ」
この雰囲気は港町とは言えないが、リタが言うように、確かにこの陰気さと不気味なほどの静けさは、何か負の出来事が潜んでいるような気がしてくる。
「デデッキってやつが向かったのはトリム港のほうだぞ」
「どっちも似たようなもんでしょ」
「そんなことないよ。ノール港が厄介なだけだよ」
「どういうことです?」
「ノール港はさあ、帝国の圧力が・・・」
その時、カロルの話を遮るように、男の声が響いた。
「お役人様!!どうか、それだけは!息子だけは・・・・・・返してください!」
見ると、この港町の住民だろう、若い男が街路で土下座していた。
地面につきそうなほど頭を下げている。
その頭には包帯が巻かれ、右の目も包帯で覆われており、大きな怪我を負っているのがわかった。
男の傍には一人の女がおり、男の傍に寄り添うようして彼女も地面に膝をついている。
その二人の前には、いかにもガラの悪い二人の男が立っていた。
「この数か月ものあいだ、天候が悪く船も出せません。税金も払える状況でないことはお役人様もご存知でしょう?」
「ならば、はやくリブガロって魔物を捕まえてこい」
「そうそう、あいつのツノを売れば一生分の税金が納められるぜ。前もそう言ったろ?」
そう言って、ガラの悪い男たちはあざ笑いながらその場を去って行く。
リリーティアは険しい顔つきで、その光景をじっと見詰めていた。
「なに、あの野蛮人」
不愉快な表情を浮かべてリタが言う。
「カロル、今のがノール港の厄介の種か?」
「うん、カプワ・ノールは<帝国>の威光がものすごく強いんだ。特に今の執政官は<帝国>でも結構な地位らしくて、やりたい放題だって聞いたよ」
「その部下の役人が横暴な真似をしても、誰も文句が言えないってことね」
「そんな・・・・・・」
エステルはその事が信じられず、とっさにリリーティアを見た。
それは事実なのかと問うような彼女の視線に、リリーティアは重くその口開いた。
「今ここの政治を執っているのは評議会議員のラゴウ執政官なんだけど、数年前に今の執政官に変わり、当初から街の人たちに対して酷い政策を行っているんだ。私たち騎士団側も、それを知ってる。けれど、・・・・・・これまでラゴウ執政官が咎め立てられたことは一度もない」
「・・・・・・・・・」
リリーティアの話にエステルはさらに衝撃を受けたようである。
ユーリはリリーティアの話を聞いている間、何を思っているのか、ずっとさっきの若い二人を見ていた。
すると、怪我を負っている男がゆっくりと立ち上がり、街の出口の方へと歩き出した。
その足どりはおぼつかず、だいぶ怪我の状態はひどいようだ。
「もうやめて、ティグル!その怪我では・・・・・・今度こそあなたが死んじゃう!」
「だからって、俺が行かないとうちの子はどうなるんだ、ケラス!」
話の内容から、二人は夫婦らしく、男はティグル、女はケラスという名前のようだ。
ティグルという男は、妻であるケラスの腕を振り払うと、街の出口に向かって走り出す。
そして、一行の横を通り過ぎようとする直前、ユーリがティグルに向かって足を突き出した。
彼の足に引っかかったティグルは、地面に倒れるように転んでしまった。
「痛ッ!・・・・・・く、あんた、何すんだ!」
「あ、悪い、ひっかかっちまった」
怒るティグルにさっと目を逸らすと、ユーリはわざとらしい物言いで謝る。
明らかに悪びれる様子は微塵も感じられない態度であった。
「もう!ユーリ!・・・ごめんなさい。今、治しますから」
「(まあ、ユーリらしいけど・・・)」
エステルは治癒術でティグルの傷を癒しはじめる。
ティグルに取ったユーリのあの行動は、無茶をしようとする彼を止めるのと同時に、その怪我を治すきっかけを与えるため。彼らしい優しさではあるなとも思ったが、少し乱暴にも思えるそのやり方にリリーティアは苦笑を浮かべた。
「あ、あの・・・私たち、払える治療費が・・・」
ティグルの傍に駆け寄り、ケラスは不安げな表情でエステルを見た。
「その前に言うことあるだろ」
「・・・え?」
「まったく、金と一緒に常識までしぼり取られてんのか」
「・・・ご、ごめんさない。ありがとうございます」
乱暴的な言い方だったが、夫婦はユーリの言わんとすることを理解し慌てて謝ると、感謝の言葉と共にエステルへと頭を下げた。
そのとき、ユーリの目に路地へ入っていく黒装束の人物が映った。
それは赤眼だ。
「・・・・・・」
ユーリの目がすっと鋭くなると、何も言わずその場を離れていった。
他の者はユーリが離れて行ったことに気づいていなかったが、リリーティアはその様子をひとりじっと見詰めていた。
「あれ・・・?ユーリは?」
彼が路地に入っていった直後、ユーリがいないことに気付き、カロルが辺りを見渡した。
「その辺見てくるから、みんなは二人のことをお願い」
カロルたちに夫婦のことを頼むと、リリーティアは足早にユーリの後を追った。