第7話 魔導器
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「さあて、そろそろ行くぞ」
ユーリはその場から歩き出したが、動き出さないエステルにすぐに足を止めた。
「海はまたいくらでも見られる。旅なんていくらでもできるさ」
「・・・・・・・・・」
この絶景と”旅が続けば面白いものが見られる”と言ったカロルの言葉に、エステルはさらに世界を知りたいと思い始めているのだろう。
しかし、自分が<帝国>の姫という立場であることが、その想いを鈍らせることもあり、不安もあるのだ。
「その気になりゃあな。今だってその結果だろ?」
「・・・そうですね」
今、旅を続けられて嬉しいことは確かではあるが、周りに迷惑をかけながら旅を続けることが少し気がかりなエステル。
けれど、それでも旅をしたいという想いが強かった。
彼女の心の中は、そんな様々な想いに溢れ、葛藤していた。
リリーティアは彼女の心情を察しながら、複雑な思いでその様子を見ていた。
<帝国>の内情をよく知っているリリーティアには、彼女が旅をしたいという想いが強ければ強くなるほど、彼女は苦しい思いをすると分かっていたからだ。
<帝国>の姫という、そのしがらみはそう簡単に振り払うことはできない。
その想いを貫くには、今のこの旅を続けていることを決断した時よりも、それ相応の覚悟をもつ必要がある。
しかし、おそらく今の彼女にはその覚悟はできないだろう。
「ほら、先に行っちゃうよ」
「慌ててると、崖から落ちるぞ」
ユーリの忠告を気にもせず、カロルは足早に歩き始めた。
カロルが進んでいこうとしている方向を見たリリーティアはぎょっとして慌てて駆け出す。
「そっちは・・・!」
「うわあああっ!」
リリーティアの言葉とほぼ同時にカロルは手をばたつかせて叫んだ。
道があると思って歩き出した先は断崖絶壁だったのだ。
草が覆っていてその先が見えにくかったため、道があると思い込んでしまっていたカロルは油断していた。
足はかろうじてその場に踏みとどまるが、前に体重がかかってそのまま倒れそうになっている。
「カロル!」
すぐに駆け付けたリリーティアが、カロルの襟元を掴み、思いっきり手前に引っ張った。
その勢いでカロルはしりもちをついたが、何とか崖から落ちることは免れた。
「・・・・・・あ、あぶなかった・・・」
「はぁ、・・・カロル、気をつけて」
「何やってんのよ、バカっぽい・・・」
胸に手を当てて大きく息を吐くカロルに、リリーティアも冷や汗をかきながら、ほっと息を吐いた。
カロルの落ち着きのない行動に、リタはやれやれとひとり呆れている。
リリーティアに礼を言って立ち上がると、その時、あるものがカロルの目にとまった。
「何だろう、あれ?」
指差すほうを見ると、そこにはリリーティアの膝下ぐらいまである大きさの楕円形をした石があった。
周りの草によって、まるでその石は隠れるようにしてひっそりとそこに佇んでいる。
リリーティアはその石の前で片膝をつくと、周りの草を手で払いながらその石をじっと見る。
ユーリたちもその石の周りに近づいた。
「・・・これ・・・お墓だ」
「墓?こんなところに」
リリーティアの呟きに、ユーリは訝しげな表情を浮かべる
「こんなところだからこそなんじゃないの?」
「どういうこと?」
リタの言葉の意味が分からず、カロルは首を傾げる。
「帝国によからぬことを企んで、追放されたヤツの墓、とかね。公的に葬れないと、こんな人のいないところにしか墓作ってもらえなくなるわね」
「・・・・・・・・・」
リタの言葉を聞きながら、リリーティアはじっとそのお墓を見詰めていた。
「じゃ、オレもたぶんそうなるな」
「そんな・・・!冗談はやめてください!」
当然の如くに言うユーリにエステルは声を上げた。
「あながち冗談でもないぜ。現に下町の連中の中には葬儀も出せない、ちゃんと葬ってもらえないのがいるんだ」
「じゃあ、どうしてるの?」
「そうだな。燃やして灰を川にまいたり、燃やして畑に灰をまいたりかな」
「それ、本当なんです・・・?」
エステルは信じられなとばかりに、口元に手を当てて驚いていた。
しかし、ユーリの言うことは紛れもない事実だというこを知っているリリーティアは僅かにその表情を曇らせた。
その事情は昔から変わらないことで、幼い頃にその事を初めて知った時も、幼いながらにも今感じたような何ともいえない悲しさが込み上げたのをよく覚えている。
「・・・やめましょ、そんな辛気くさい話」
リタは重い空気を振り払うように話を切り上げた。
「こんなところにお墓があるからだよ」
「ああ。一体、誰の墓なんだか・・・」
気が滅入るとカロルは不満げに言うと、ユーリは再び歩きだした。
ユーリに続いて、他の皆も歩きだす。
しかし、リリーティアだけは未だその墓をじっと見詰めていた。
「自分もこうなるんだろうな・・・」
自分にしか聞こえないほどの小さな声で呟いた。
それは、これまでのこと、そして、これからのことを、自分を通して考えて、そう呟いた言葉だった。
それは、悲しげでもなく、諦めでもなく、ただそうなることを告げたような淡々とした声。
だが、その時の彼女の瞳は、どこか覚悟を決めているような、強い意志がうかがえる凛としたものでもあった。
「リリーティア、いくよ~」
カロルの声に立ち上がると、供養の意味を込めて、そのお墓へと目を閉じて軽く頭を下げた。
そして、ゆっくりと頭を上げると、リリーティアは皆のもとへと向かった。