第5話 天才少女
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「よろしくお願いします」
「はっ、我々にお任せください。ご苦労様でした!」
ひとりの騎士が声を張り上げ、敬礼をした。
後ろにはもう一人、若い男の騎士がいて白い魔導服(ローブ)姿の男を拘束している縄を掴んでいる。
その男は頭を垂れて力なく立っており、心なしがぐったりとしていた。
今、魔核(コア)ドロボウを、窃盗罪また立入禁止区域不法侵入罪などで、アスピオの警備をしている騎士に身柄を引き渡したところだった。
「ありがとう、リタ」
「・・・別にいいわよ。さっさと戻りましょ」
リリーティアは警備を連れてきてくれたリタと共に遺跡の地下から出た。
眩い日差しにリリーティアは目を細め、手を額に当てた。
数時間も暗い地下にいたため、外の明るさがいつも異常に眩しく感じ、慣れるまで少し掛かりそうだ。
そうして、二人はユーリたちが待っているアスピオに戻るため、シャイコス遺跡を後にした。
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アスピオに向けて平原の中を歩く二人。
二人の間には会話はなく、ただ風に揺られた葉の音だけが微かに響いているだけだった。
「(結局、あまりこれといった情報は得られなかったか・・・)」
リリーティアは警備が来るまでの間に魔核(コア)ドロボウに聞き出したことについて考えていた。
と言っても、ほとんど目ぼしい情報もなく、男は依頼人のことも、依頼人の企みについても本当に何も知らないようだった。
直接依頼してきたという男のことも知らない上、もう一人の仲間であるデデッキという男の特徴も聞いてみたが、彼女の知るどの人物にもその特徴は当てはまらなかった。
「(ただはっきりしていることは、男が言う依頼人は紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)の首領(ボス)だということ・・・)」
男が言っていた、”顔の右に傷のある、隻眼でバカに体格のいい大男”という依頼人の特徴を聞いて、リリーティアはすぐに誰のことを言っているのか分かっていた。
その特徴に当てはまるのは、『紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)』の首領(ボス)であるバルボスという男だけだ。
依頼人がバルボスならば、魔核(コア)を盗むように他の者に頼んだのも頷けた。
バルボスは自身の野望を実現させるために、強力な魔導器(ブラスティア)を作り出そうとしているからだ。
「(つまりは、あの男も深く関わっているってことか)」
あの男とは、ノールの執政官であるラゴウのことだ。
ラゴウもまた、己の野望のために強力な魔導器(ブラスティア)がを作り出そうと企んでいた。
互いの目的は違うところにあっても、その為に強力な魔導器(ブラスティア)を使うという手段はお互いに一致しているため、ラゴウとバルボスは互いに結託している。
ラゴウも深く関わっているのは必然的だと考えられた。
しかも、依頼人であるバルボスはカプワ・ノールにいる。
ノールの執政官であるラゴウと深く関わっているのは目に見えて明らかだ。
「(ソーサラーリングもおそらくラゴウから渡ったものだな)」
<帝国>の管理が厳重な代物を依頼人が持っていたということは、その依頼人自身が<帝国>に通ずる者か、依頼人がその通ずる者と仲間だということ。
ラゴウが深く関わっているとなれば、<帝国>の管理が厳重な代物を依頼人が持っていた理由としてのつじつまが合う。
「(ヨーデル殿下の誘拐といい、魔核(コア)ドロボウといい・・・、面倒を起こしてくれる)」
リリーティアは音もなく深いため息をついた。
元はエステルを保護する目的であったはずが、魔核(コア)ドロボウの問題に関わり、それが思わぬところでヨーデル殿下誘拐の犯人と繋がってしまった。
ラゴウとバルボスとはあまり関わりたくない彼女は今後のことを考えると気が重くなった。
「(ユーリたち、巻き込まれなければいいけど・・・)」
ただでさえ、標的と間違われ暗殺者に命を狙われたり、騎士に追われたりと、何かと騒動の中にいる彼ら。
魔核(コア)ドロボウの問題もただでは終わらず、これまでの彼らの身に起きていることを思えば、その身を案じずにはいられなかった。
一番はバルボスと対峙する前にデデッキという男から水道魔導器(アクエブラスティア)を取り戻すことができれば、それほど大事にならずに済むだろうが・・・。
「あのさ・・・」
リタの声にリリーティアは考えに耽るのを止めた。
そして、その足を止めて後ろに振り返る。
「・・・ちょっと、気になってたのよね」
「気になってた?」
これまではっきりと物を言う話し方であった彼女にしては珍しく、今はどことなくぎこちなさがある。
様子がおかしいものだから、リリーティアは首を傾げて彼女を見る。
「もともと、魔導器(ブラスティア)研究員のあんたが・・・・・・、どうして、騎士になったわけ?」
リリーティアはきょとんとしてリタを見た。
その一瞬後、彼女はくすりと小さく笑う。
「な、なによ?」
「いや、それ、いろんな人によく聞かれるものだから」
リリーティアは少し拍子抜けした。
その問いを投げかけられたことは、これまで何度もあったからだ。
「・・・だ、だってそうでしょ?研究には時間が必要なのよ。・・・騎士なんてやってたら、・・・・・・時間が足りなくなるじゃない」
最後のほうは、呟くようにリタは言った。
彼女の言うとおり、魔導士は主に魔導器(ブラスティア)の研究を行うことが大きな役目だ。
研究にはかなりの時間と労力が必要になる。
魔導士の上に、騎士として役目をも担うことは、さらなる労力が必要であり、時間も限られる。
魔導士としてと考えるならば、寧ろ、騎士となることは無駄なことだと言えるだろう。
「(騎士になった時は、ただそれが必然だったにすぎなかった・・・)」
なぜ騎士なったのかと聞かれても、実際は、ただそれが必然だったからだ。
自分からなりたいという志で騎士となったわけでなく、それなりの考えがあったわけでもない。
言うならば、自分の過ちが生んだ結果、また、理想のためには必要である結果-------だったというべきか。
「(けれど・・・)」
リリーティアは顔を上げ、澄み切った蒼い空を見詰めた。
空を映すその目はまっすぐだった。
「私にとっては、騎士としての役目も、魔導士としての役目も、両方とも必要なことなんだ。どちらも私には欠けてはいけないもの・・・」
今はそう思っている。
リリーティアは、これまで騎士としての自分を思い返す。
当時、騎士になったきっかけは、ただ流されたままの形だったけれど。
今も尚、肩書き相応の務めを果たせられてはいないけれど。
「私は、・・・騎士としての生き方に誇りを持ってる」
どれだけこの手を汚そうとも。
果てなき非道な道を歩んでいようとも。
それでも----------、
「-------騎士としての心も、私の中にあるから」
互いの間に流れる沈黙。
そこに、吹き抜ける風。
ただ草木のさざめく音だけが微かに響いた。
空を仰いでるリリーティア。
リタは彼女のその横顔をじっと見詰めていた。
瞬きひとつせずに。
リリーティアを写すリタのその瞳の奥は、どこか輝いているように見える
「なんて、大層なこと言ったけど・・・」
不意にこちらへ顔を向けたリリーティアに、思わずリタをはっとした。
「私、昔から城で生活しながら研究してたから、騎士団の任務を手伝う機会も多くてね。それもあって、いつの間にか騎士としての籍もおくようになってたっていうのが、本当のところなんだ」
リリーティアは苦い笑いを浮かべながら、そう言った。
その話しを耳にした途端、リタは訝るような目で彼女を見た。
なぜなら、それが本当の理由だとは思えなかったからだ。
騎士となった理由は、いつの間にかなっていただけだと本人は言っているが、リタからすれば、やはり最初に話していたことがの彼女の本音であり本心であると思えてならなかった。
騎士の生き方に誇りを持っていると話していた彼女のその瞳はまっすぐで、紡いだ言葉ははっきりとして、何よりその言葉の中に揺るぎない信念がそこにある。
そう、リタには強く感じた。
「でも、・・・魔導器(ブラスティア)研究員が騎士もやってるなんて・・・・・・やっぱりおかしいよなぁ・・・」
もう一度空を見上げ、リリーティアは独り言のように呟いた。
その自分自身を嘲るようなその物言いに、なぜかリタはむっとした表情を浮かべた。
「魔導士になろうが騎士になろうが、まして、その両方になろうがあんたの勝手でしょ。人にとやかく言われる筋合いなんてないわ」
リタはそう言うと、何度も目を瞬かせているリリーティアを横切り、スタスタと歩いていく。
リリーティアは呆然として足早に先を行くリタの背を見詰めていたが、すぐにその口元がふっと綻んだ。
ぶっきらぼうな言い方ではあったが、その言葉に彼女の優しさを感じたからだ。
胸の奥が温かくなるのを感じながら、リリーティアはだいぶ先へ行ってしまったリタの後を急いで追いかけたのだった。