第5話 天才少女
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リリーティアがこの先どうなるのかと案じていたその時、ラピードがうなり声を上げた。
戸口近くの本の山を警戒している。
すると、その山が突然崩れだし、そこから赤い魔導服(ローブ)をまとった人物が現れた。
「ぎゃあああ~~~~~っ!あう、あう、あうあうあう」
カロルはお化けでも見たかのように叫び声を上げて飛び跳ねると、声にならない声を上げている
その人物の顔は帽子(フード)を深く被っているせいで窺うことができない。
「・・・うるさい・・・」
小さく呟くと、魔導服(ローブ)姿の人物は魔術の詠唱を唱え始めた。
足元は赤い術式で見れば火属性の魔術だと分かる。
その魔術はカロルの方へ向けて放とうとしているようで、それに気づいたカロルの表情は見る見るうちに青ざめていく。
「え?ちょ、ちょっと!」
「ドロボウは・・・」
赤い魔導服(ローブ)の人物は今まさに魔術を放とうとしていた。
「うわわわっ、待ってぇっ!」
「(詠唱する間はない・・・)レフレクティオ!」
絶対絶命と言わんばかりのカロルの叫びと同時に、リリーティアは何かを唱えながら駆け出した。
白い光が彼女の体を覆っていく。
その突然の行動に驚いたエステルだが、唐突過ぎて彼女へ声をかける間もなかった。
「ぶっ飛べ!!」
赤い魔導服(ローブ)の人物が叫ぶと、術式が発動して無数の火球が現れた。
無数の火球はカロルへと一直線に向かっていく。
リリーティアは急いでカロルの腕を掴み、自分の方へと引っ張り込むと、襲ってくる火球に背を向けて彼をぎゅっと腕の中へと抱え込んだ。
突然に目の前が真っ暗になり、しかも、何かあたたかいものに包まれた感覚にカロルは驚き、いったい何が起きたのか分からなかった。
----------ドゴォーーン!!
爆音が響いた。
激しい音に反射的にカロルは目を瞑る。
体が吹き飛ばされたことと、地面に倒れこむ感覚は分かったが、不思議なことにそれに伴う衝撃がほとんどなかった。
「げほげほ・・・・・、はぁ・・・カロル、大丈夫?」
「う、ん・・・え?・・・リリーティア?」
カロルが目を開くと、その視界には困ったような笑みを浮かべるリリーティアの顔が映った。
その時、彼はやっと理解できた。
彼女がその身を盾にして、襲ってくる火球の魔術から守ってくれたのである。
「って、リリーティアが大丈夫なの!?」
「大丈夫大丈夫。たいした怪我はしてないから」
慌てるカロルをよそに、リリーティアは平然とした様子で服についた汚れをはたいていた。
「リリーティア、本当に大丈夫なんです?!」
「ええ、心配いらないよ」
エステルも慌てて駆け寄ると、念のために治癒術をかけようとしたが、それはあっさりと止められた。
大丈夫だというリリーティアに、それでもエステルは心配げな表情を浮かべていた。
「あ、あんた・・・」
その声へと振り向くと、その呟きは魔術を放った赤い魔導服(ローブ)の人物から出たものだった。
見ると、さっきの爆風で帽子(フード)が外れ顔がさらけ出されている。
その顔をよく見ると、まだ少し幼さが残る少女だった。
少女の顔を見た瞬間、 リリーティアは驚きに目を見開き、信じられないとばかりにその顔を凝視した。
「お、女の子っ!?」
エステルは相手が女であることに声をあげて驚いていた。
おそらく『モルディオ』という名前から男だと思っていたようだ。
カロルも驚いているようだが、反対にユーリはまったく驚いた様子はなく、彼に至ってはドロボウが男だろうが女だろうが、まして子どもであろうが関係ないのだろう。
リリーティアの場合、モルディオがまだ少女だということは既に知っていた。
しかし、それにも関わらず、なぜか彼女は驚きの顔でじっと少女を見詰め続けている。
「(・・・まさか、・・・あの時の・・・・)」
リリーティアはその少女と会ったことがあった。
それはもう随分と前のこと。
アレクセイと共に進めているある研究のためにアスピオへ訪れた時のことだ。
研究員の親を持つ子どもたちが預けられた〈子ども部屋〉と言われる場所で出会った幼い女の子。
「(そうか、・・・魔道士になったんだね)」
そこで魔導器(ブラスティア)が大好きなのだと目を輝かせて言っていた幼い少女。
あの少女がすでに魔導士になっていたことは、リリーティアにとっては嬉しかったが、半面、複雑な気持ちでもあった。
「ちょっと、あんたってもしかして・・・」
少女はひとり呟きながら、一歩足を踏み出した。
その視線はじっとリリーティアを捕らえている。
しかし、その直後、背後から刃を突きつけられ、少女はそれ以上の身動きが取れなくなった。
「おっと、これだけやれりゃあ、帝都で会ったときも逃げる必要なかったのにな」
少女に剣を突きつけたのはユーリだった。
「はあ?逃げるって何よ。なんで、あたしが、逃げなきゃなんないの?」
「そりゃ、帝都の下町から魔導器(ブラスティア)の魔核(コア)を盗んだからだ」
リタは剣を突きつけられても臆することもなく、真っ向からユーリを睨んでいる。
「いきなり、何?あたしがドロボウしたってこと?あんた、常識って言葉知ってる?」
「まあ、人並みには」
「勝手に家に上がり込んで、人をドロボウ呼ばわりした挙句、剣付きつけるのが人並みの常識?」
少女の呆れ返った声。
彼女の言い分はもっともだった。
「ちょっと犬!犬入れないでよ!なんなのよ、まったく!」
ラピードがいることに気づくと、少女はいっそう苛立ちを露わにした。
少女が嫌な表情を浮かべてラピードを見ていると、突然、エステルが少女の前に立って頭を下げる。
「な、なによ、あんた」
「わたし、エステリーゼっていいます。突然、こんな形でお邪魔してごめんなさい!・・・ほら、ユーリとカロルも」
「ご、ごめんなさい」
カロルは戸惑いながらも、少女に向けておずおずと謝った。
しかし、ユーリはいっこうに謝る気配もなく、ただ視線を逸らした。
「で、あんたらなに?」
「えと、ですね・・・。このユーリという人は、帝都から魔核(コア)ドロボウを追って、ここまできたんです」
エステルはきちんとした態度で丁寧に説明を始めた。
そのおかげか少女の苛立ちもさっきよりも少しは落ち着いたようで、話を聞いてくれる態度を示した。
「それで?」
「魔核(コア)ドロボウの特徴ってのが、マント!小柄!名前はモルディオ!・・・だったんだよ」
「ふ~ん、確かにあたしはモルディオよ。リタ・モルディオ」
アスピオの天才魔導士、リタ・モルディオ。
それが、アスピオの魔道士なら誰もが知っている名であった。
「背格好も情報と一致してるね」
「で、実際のところどうなんだ」
カロルはリタをまじまじと見つめると、納得した表情を浮かべている。
しかし、リリーティアはその情報だけでは納得することはできなかった。
「だから、そんなこと知ら・・・あ、その手があるか。ついて来て」
「はあ?おまえ、意味わかんねえって。まだ、話が-------」
「いいから来て。シャイコス遺跡に、盗賊団が現れたって話、せっかく思い出したんだから」
「盗賊団?それ、本当かよ?」
「協力要請に来た騎士から聞いた話よ。間違いないでしょ」
そう言うと、リタはすたすたと部屋の奥へと歩いていってしまった。
彼女の話が信じられないようで、ユーリは疑いの目で部屋の奥に向かったリタを見る。
「その騎士ってフレンのことでしょうか?」
「・・・だな。あいつ、フラれたんだ」
アスピオの魔導士は騎士から協力要請があれば協力することを義務付けられている。
ユーリの言うように、フレンはリタに魔導士として協力要請をしたらしいが断られたようだ。
「さっきの門番の人が、遺跡荒らしがどうとか言ってたよね?」
「その盗賊団が魔核(コア)を盗んだ犯人っていう可能性も考えられる」
可能性としてはそちらのほうが犯人に近いとリリーティアは考えたが、ユーリはあまり納得していないようである。
どちらにしろ証拠がない限りはどちらも犯人だと断定はできない。
今はその盗賊団を捕まえ、話を聞くのが一番いいだろう。
「相談、終わった?」
リタが部屋の奥から戻ってきた。
見ると、さっき纏(まと)っていた赤い魔導服(ローブ)は着ておらず、かわりに、それもまた赤が基調の服装に着替えられていた。
その格好はリリーティアがリタと初めて会った頃とほとんど変わりなかった。
肩までかからない栗色髪に、その頭にある大形眼鏡(ゴーグル)もあの頃と同じだ。
帯を腰に巻いて、足元は左右非対称(アシンメトリー)になった少し変わった服装。
そして、やはりあの頃と変わらず、首には首輪(チョーカー)が着けられ、そこに赤い魔導器(ブラスティア)が輝いていた。
唯一違うところといえば、胸元に手帳をぶら下げ、胸のポケットにはペンと、腰にはいくつかの研究道具が携えられているというところだけだ。
あの頃と変わらないなとそう思った矢先、リリーティアはなぜか訝しげな表情を浮かべた。
「(・・・なにか・・・違う・・・)」
彼女はリタに対して微かに違和感を感じた。
その違和感はどこからくるのかは分からない。
けれど、何かがあの時とは違うのだ。
年齢のわりに随分と落ち着いていて大人びて見えるが、しかし、ただ大人びているのとは違う。
彼女は変わった、-------そんな気がした。
それはほとんど直感に近かった。
「じゃ、行きましょ」
「とか言って、出し抜いて逃げるなよ」
「来るのがいやならここに警備呼ぶ?困るのはあたしじゃないし」
リタは余裕の表情でユーリを見る。
しかし、ユーリはなんとも思っていないようだ。
なぜなら、
「脅してるのか知んねえけど、俺らには隊長主席特別補佐の騎士様がついているから、それは意味ねえぞ」
「(ユーリは私をなんだと思ってるんだ・・・!)」
ユーリの言葉にリリーティアはほとほと呆れ、これで今日は何回目だろうと深いため息を吐いた。
「・・・特別補佐?」
訝しげな視線を向けたリタに、リリーティアは改めて姿勢を正して騎士の敬礼をした。
「申し遅れました。私は<帝国>騎士団 隊長主席特別補佐 リリーティア・アイレンスとい-------」
「やっぱり、あんた!!」
「っ!?」
リリーティアの言葉が言い終わらないうちに、リタは指をさしながら大きな声で叫んだ。
彼女は目を瞬かせて驚く。
「さっきから気になってたのよ!リリーティア・アイレンスって、まさか、あの?」
「あのって?」
カロルは頭に疑問符を浮かべてリリーティアを見る。
「リリーティアのこと、知ってるんです?」
「知ってるも何も・・・、あたしらのような魔導士は誰だって知ってるわよ」
「ここにも有名人がいたんだな」
「リリーティアって有名人だったんだ。全然知らなかったよ」
「いや・・・。有名っていうのは・・・ちょっと、どうかな」
一斉に向けられた視線にリリーティアは肩を竦めた。
彼女は、今現在どこまで自分のことが周りに知られているのかが分からなかった。
昔ならば皇帝直属の魔導博士研究員として、それなりに知られていることは少しは自覚していたが、今となっては魔導器(ブラスティア)研究員としての活動をあまり表立っては行っていない。
むしろ彼女自身は魔道士としての自分は世間からはほとんど忘れられていると思っているくらいだ。
「・・・・・・ちょっと、騎士なら普通、勝手に人の家に上がり込むのを止めるんじゃないの?それとも、・・・やっぱりあたしが犯人だって思ってるから?」
「いえ、すみません。これは明らかに私の非です。犯人だという証拠もありませんので、訴えられて当然のことと思っています。本当に申し訳ありません」
リリーティアは深く頭を下げる。
リタの言い分は正しく、今はただ謝罪の言葉しか出てこなかった。
「・・・まあ、いいわ。・・・それで、ど~すんの?さっさと決めてくれない?」
機嫌を害すことなくリタはあっさりとリリーティアの言葉を受け止めると、先の話を進めた。
「とりあえず行ってみませんか?フレンもいるようですし」
「わかった。行ってやるよ」
そうして一行はアスピオを出て、リタの先導のもとアスピオから東にある遺跡へと向かった。