第1話 始動
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「ヨーデル殿下が?」
騎士団長の執務室で響いた、その声。
その声はリリーティアではなく、彼女の隣に立っているシュヴァーンのもので、彼にしては珍しく声が大きかった。
声には出さなかったものの、彼女も驚きの表情を浮かべている。
ヨーデル殿下。
エステリーゼと同じく次期皇帝候補である ヨーデル・アルギロス・ヒュラッセイン。
騎士団長が推す、また本来の継承権序列においても第一位の資格を有する若者。
その彼が半月も前に誘拐されていたというのだ。
驚きを隠せない二人に対して、アレクセイは頷いた。
「所在はわかっている。カプワ・ノールだ」
「ノール・・・」
シュヴァーンが呟く隣で、リリーティアは僅かに眉を動かした。
ヨーデル殿下がノールに誘拐されている。
それだけで彼女には今何が起きているのかすべてを悟った。
「ノール港の執政官はラゴウ議員です。殿下は彼の屋敷内にいるものと思われます」
クロームが補足すると、アレクセイはシュヴァーンに視線を向けた。
「この件に関しては、すべて教えておいた方がいいかもしれんな」
そして、リリーティアへと視線を移す。
アレクセイの視線に静かに頷くと、彼はクロームを促して説明させた。
ラゴウは、その裏で皇位継承の儀に不可欠な<帝国>の至宝、宙の戒典(デインノモス)の複製を作り出している。
それを使い、評議会側が推す皇帝候補を即位させることで、自身の評議会における地位を押し上げようと考えているのだ。
そのために彼は、似たような野望を持った、傭兵ギルド『紅の傭兵団(ブラッドアライアンス)』の首領(ボス)であるバルボスと結託していた。
バルボスという男は、ドン・ホワイトホースに取って代わろうとしている企みを持っている。
そのどちらもが自らの野望のために、強力な魔導器(ブラスティア)を作り出そうとしており、その研究には多大な資金と労力を注ぎ込んでいた。
そう、いつぞやのクロームが報告していたラゴウと、シュヴァーンが報告していた『紅の傭兵団(ブラッドアライアンス)』の話は、すべてここに繋がっていた。
以前から、アレクセイは二人の野望を利用して研究の代行をさせていたのだ。
それは、リリーティアも当初から知っていた。
極秘であるその研究の基礎となる情報、そして、その研究が優位に進むよう情報を仕組んでいたのは、すべて彼女の元から出していたからだ。
限られた時間と資金を確保するために、敵対勢力をも利用したアレクセイの考えと、研究に関する精密な彼女の考えを併せ、
これまで想定通り、いや、それ以上に、この一件は首尾よく事が進んでいた。
ある意味、進み過ぎていた。
「無論、どちらもそのことには気付いていない。が、そのせいか、少々増長したようだな」
その結果が、ヨーデル殿下の誘拐だった。
評議会側が推す皇帝候補 エステリーゼ が、城内でも常に騎士の護衛がついてまわる経緯には一番にこれが関係していた。
それからわかるように、騎士団の護衛というのは彼女の身の保護としての名目上でしかなく、事実上は皇帝候補の彼女を城内で軟禁状態に置いていたのである。
ラゴウの行動はこれに対抗するものらしい。
「ラゴウたちの研究は注目に値する段階に到達した。恐らくそれで自信をつけたのだろう。彼らを利用するのもそろそろ潮時のようだ」
アレクセイのこの言葉に、リリーティアはすっと目を細めた。
「万が一トルビキアに運ばれでもしたら、追跡は困難になる。そうなる前に殿下の身柄を奪還したい。新任の小隊長に〈騎士の巡礼〉を兼ねて当たらせているが、彼だけでは荷が重いはずだ。君も言って、殿下救出に協力してやってもらいたい。方法は任せるが、君の存在は気取られるな。評議会にも騎士団にも、だ」
シュヴァーンは頷いた。
アレクセイの話を聞きながらリリーティアは、新任の小隊長について思い出していた。
最近、小隊長に昇格したのは、フレン・シーフォという若者だ。
おそらく、彼が向かったのだろう。
かつて廊下で会った、金色の髪の下で真っ直ぐな瞳を向けていた新米騎士。
強い意志を持ち、騎士としてあるべき姿を語っていたあの彼は、いまや小隊長となっていた。
騎士として規律を重んじ、騎士として市民のために挺するという姿勢が誰よりも強かった。
それは、世間に掲げているアレクセイの理想とする騎士の姿をそのまま描いているかのようで。
リリーティアは、新人だった頃と変わらず強い志を持ち騎士として活躍するフレンの姿を嬉しく思っているが、反面、不安もあった。
彼の、騎士として規律を重んじる真面目さが、自分たちの理想のために、裏の事情に利用されていくことに。
「それともうひとつ。聖核(アパティア)というものをラゴウが入手した可能性がある。魔核(コア)の上位版のようなもので、それ自体が光を放つ、子どもの頭ほどの大きさの結晶体だ。見ればすぐにそれだとわかるだろう。もしラゴウのもとで見つけたら、必ず持ち帰ってもらいたい」
聖核(アパティア)。
アレクセイはそれについて詳しく話そうとはしなかったが、
それは一体何なのか、なぜアレクセイはそれを欲するのか。
その正体も、その理由もリリーティアはすでにそのことも知っている。
だからこそ、ラゴウがそれをどうやって入手したのかが気になったが。
「分かりました」
シュヴァーンがアレクセイからの命を受け、踵を返そうとしたその時、慌しく部屋の扉が叩かれた。