第21話 覚悟
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午後遅くからずっと続いていた祭り。
それも夜が更けると、さすがに街の人々も落ち着きを取り戻し始めた。
花火はまだ散発的に打ち上げられていたが、広場に集まっていた人々は少しずつだが少なくなってきている。
それでも、まだまだ人々の楽しげな声は終わりを知らない。
陽気な音楽も聞こえてくる。
そんな中、リリーティアはひとり泉のほとり近くを歩いていた。
だが、それは単なる散歩ではないようだ。
彼女は椰子(やし)の木や潅木の間を身を隠すようにして進んでいる。
広場で料理や宴を堪能していたリリーティアは、あの夫婦と話した後もエステルたちと談笑していたが、そろそろ宿に戻ろうかとなった頃、もう少し街の中を見て回ってくると言って、その席を外した。
その時もまだパティとレイヴンは踊りの輪の中にいて、
無理やり連れて行かれていたリタも、はじめこそは嫌がっていたが、
意外にもその時には楽しげにその輪の中にいる姿があった。
しばらくは街の中を当てもなく見て回っていたが、
今では何故か人目を避けるようにして、街中から少し外れた泉の近くを歩いている。
と、突然にも彼女はその足を止めた。
そして、潅木に覆われた椰子の木に身を寄せて、その場に膝をついた。
息を潜め、じっと前を見詰めるリリーティア。
彼女の視線の先には、泉の畔にあるひとつの影があった。
---------------フレンである。
椰子の木の下で腰を下ろし、何を思っているのか、ただ静かに泉を見詰めている。
あの時、泉のそばで待つと言った彼は今、ユーリを待っているのだ。
待ち人であるユーリはまだ来ていないが、おそらくもう来る頃だろう。
リリーティアは一度視線を外すと、椰子の木に背を預けて空を見上げた。
時折、夜の空を彩っていた花火は、もう上がることはなかった。
どうやら祭りはお開きとなったらしい。
それでも、まだそこここで談笑したり、酌み交わしている住民もいるようだ。
彼らの楽しげな会話はこの泉まで響き、言葉はよく聞き取れないものの、
くつろいだ雰囲気はここからでもよく伝わってきた。
どのくらい経ったときか、
近づいてくる気配に気づき、リリーティアは空に向けていた視線を落とした。
遠くから砂を踏みしめる足音。
それはフレンに向かって近づいている。
ユーリが来たようだった。
やがて、ユーリがフレンの背後に立つと、フレンは静かに口を開いた。
「立ってないで座ったらどうだ」
その言葉にユーリはフレンの逆側に腰を下ろした。
互いの視線は交わらない。
しばしの沈黙を挟んでから、ユーリが促した。
「話しがあんだろ」
リリーティアは彼らには顔を向けず、背中越しに彼らの声だけを聞いていた。
街の中からは陽気は空気が流れているというのに、
この泉の畔に漂う空気はいやに張り詰めているのを感じながら。
「・・・なぜ、キュモールを殺した?」
前置きなど一切ない、単刀直入の詰問だった。
さすがにユーリの眉が動く。
彼だけでなく、リリーティアも思わずその身を固くした。
「人が人を裁くなど許されない。法によって裁かれるべきなんだ」
「なら、・・・法はキュモールを裁けたっていうのか?ラゴウを裁けなかった法が?冗談言うな」
ラゴウの名前が出たことで、フレンの目が大きく見開かれた。
その場に立ち上がり、彼はユーリへと振り返る。
ユーリも同じように立ち上がると、フレンに視線を合わせた。
ようやく二人の視線が交わる。
「ユーリ、君は・・・」
その瞳が探るようにユーリの顔を覗き込んだ。
間もなくそこに答えを見出して、フレンの表情には険しさが増した。
「いつだって、法は権力を握るやつの味方じゃねえか」
「だからといって、個人の感覚で善悪を決め、人が人を裁いていいはずがない!」
フレンの瞳が鋭気に変わる。
「法が間違っているのなら、まずは法を正すことが大切だ。そのために、僕は今も騎士団にいるんだぞ!」
「あいつらが今死んで、救われたやつがいるのも事実だ!」
ユーリの瞳にも同じように鋭さが生まれた。
「おまえは助かった命に、いつか法を正すから、今は我慢して死ねって言うのか!」
「っ・・・!」
フレンはぐっと言葉を詰まらせ、僅かに身を引いた。
けれど、すぐに彼はその身を乗り出して叫ぶように言った。
「そうは言わない!」
「いるんだよ、世の中には死ぬまで人を傷つける悪党が。そんな悪党に弱い連中は一方的に虐げられるだけだ。下町の連中がそうだっただろ」
「それでも・・・!」
フレンがさらに語気を強めた。
「ユーリのやり方は間違っている!そうやって、君の価値観だけで悪人すべてを裁くつもりか。それはもう罪びとの行いだ」
罪びと。
その言葉が、リリーティアの胸に刺さった。
左の拳を強く握り締める。
リリーティアはフレンの心情を思った。
彼は誰よりも誇り高く、廉直(れんちょく)な人物だ。
ユーリの行為が持つ”正当性”を理解していないはずはない。
その彼が親友である彼を罪びとと呼んでいる。
「わかってるさ。わかった上で、選んだ」
それは、言う側にも言われる側にも、そこには確かに苦渋の響きがあった。
ユーリは静かに目を閉じる。
「人殺しは罪だ」
「わかっていながら、君は手を汚す道を選ぶのか」
その問いに、ユーリはまっすぐにフレンを見据えた。
親友の眼を。
彼は決して平然とそれを行っている訳でもなければ、
そう言われて何も感じていない訳でもないだろう。
それを声の暗さが物語っている。
「選ぶんじゃねえ。もう選んだんだよ」
それでもすでに彼は覚悟を決めている。
ラゴウを手にかけた、あの日から。
いや、それとも、もっと前からか。
「それが、君のやり方か」
彼らの姿を見ずども、
その声から互いに譲れない意志の強さをリリーティアは感じとっていた。
彼女がそう感じ取った証拠に、フレンのその手には腰に差した剣の柄にかかっている。
ユーリはそれを見て、今度は逆に静かな口調で言った。
「腹を決めた、と言ったよな」
それはダングレストでユーリが彼に向けて言った言葉だった。
ぎりっとフレンが奥歯を噛み締める。
「・・・でも、その意味を正しく理解できていなかったみたいだ」
一段と緊張が高まるのが距離があるここからでも感じ取れた。
友と呼ぶ間柄にはおよそ似つかわしくない気配---------------殺気。
止めるべきか。
リリーティアは咄嗟にその場に立ち上がり、彼らへと顔を向けた。
「騎士として、君の罪を見過ごすことはできない」
剣の柄を握ったフレンの手に力がこもる。
フレンの言葉を受け、ユーリも剣の柄を手に掴んでいた。
互いに、本心では決して望みなどしていない。
しかし、それでも二人から立ち昇る抜剣の気配が増した。
やむを得ない。
リリーティアが飛び出そうとしたその時---------------、
「----------隊長、こちらでしたか!」
よく通る女性の声。
不意に別の方向から聞こえたその声に、リリーティアは飛び出しかけたその身を再び木の陰に潜めた。
ユーリもフレンも同時にはっとして、互いの間にあった緊迫した空気を霧散させた。
街の広場の方向から二人に近づいてきたのはソディアだった。
「どうした?」
一呼吸置いて、普段と変わりない語調でフレンが尋ねる。
ソディアは傍にいるユーリに一瞥すると、その視線に何かを察したのかフレンはソディアに歩み寄った。
周りに聞こえない声で、ソディアが何やら耳打ちすると、
フレンはなぜか一瞬虚を突かれたような顔をしてから、やや目を伏せた。
「そうか・・・」
「ですので、急ぎ、ノードポリカへ」
リリーティアはフレンの様子に眉を潜めた。
「(ノードポリカで何かあったのか?)」
訝しげにフレンたちを見ていると、ユーリが音もなくその場から離れていくのに気づいた。
近くにある潅木の向こうへと彼は歩いていき、その姿は草木に埋もれ見えなくなる。
フレンはそのことに気が付かないまま、何故か無言のままでその場に立ち尽くしていた。
「・・・・・・」
「隊長?」
ソディアに訝しげに尋ねられると、フレンはその顔をあげて頷いた。
「わかった、すぐに向かおう」
「はい」
敬礼をして、ソディアが街の中へと戻っていく。
フレンが振り返ると、当然ユーリの姿はそこにはもうなかった。
「ユーリ、君のことは誰よりも僕が知っている」
彼は泉のほうを見詰めながら、ぽつりと呟くように続けた。
「あえて罪びとの道を歩むというのなら・・・」
彼は静かに瞳を閉じると、しばらくして踵を返した。
街の中へと進む彼のその姿はどこか力強さを感じた。
何かに立ち向かっていく、そんな力強さを。