第21話 覚悟
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街はかつての活気を取り戻しつつあった。
フレン隊の到着によって、夜明け前には人びとを押し付けていた外出禁止令は解かれた。
三度(みたび)編成されたアレクセイの光の面たる貴族と平民の混成部隊、フレン隊。
生まれも育ちも違った身分でありながらも、彼らは統率が取れていた。
彼らの前にはキュモール隊はまともな組織行動も取れないまま、まだ新参の部隊の前にあっけなく投降した。
現在、圧政側の指揮官であったキュモールは行方不明となってはいるが、
マンタイクはようやく解放されたのだった。
街中が喜びに沸いたが、しかし、まだ心配事はあった。
砂漠に連れて行かれた人たちの安否である。
フレン隊は騎手のみで構成された捜索隊を派遣し、夜明けと同時に捜索が開始された。
街の人たちが強制的に砂漠に連れて行かれて、すでに十日近く経っている。
街が解放されたその午前中、街の人たちの間では素直に喜べない状態が続いていた。
だが、それも午後遅くまでのことだった。
砂漠に連れて行かれた人たちが、皆無事だという知らせが街に届いたのである。
遅くても、今夜中には街に戻ってこられるだろうということだった。
こんなに早く戻ってこられるのも、すでに街の近くまで戻ってきていたからであった。
食糧などのことも考えれば、元々そう長く砂漠の中を行軍するのは不可能。
街の人たちに対する扱いは酷いといえ、そこにはキュモール隊の騎士たちも一緒にいるのだ。
食糧が尽きる前には、物資の調達のために一度街に戻らないといけないことを考えれば
すでに十日も経っているなら、近くまで戻っているのも当然といえば当然であった。
それよりも何より、酷い仕打ちを受けながらも、皆無事であったことには本当に安堵した。
詳しい話によると、疲労困憊といった様子ではあるが命に別状はないということだ。
その話を聞いたリリーティアは、彼らは本当によく耐えてくれたと心の底から思った。
体力も気力も尽きてしまっては、砂漠で助けたあの二人のように、
容赦なく灼熱の中に放り出されていたに違いなかったのだから。
街はようやく本来の賑わいを取り戻した。
その知らせが届くやいなや、街はたちまちお祭り騒ぎ。
キュモール隊と打って変わり、フレン隊は規律正しく住民の扱いも丁寧、
何より街の解放者であるフレン隊は街の人たちから歓待を受けた。
街中で酒と料理が振舞われ、そのお祭り気分はフレン隊のみならず、
街にいたリリーティアたち一行にも及んでいた。
そして、その知らせ通り、夜遅くには砂漠に連れて行かれた人たちが戻ってきた。
服はぼろぼろで、聞いていたように疲労困憊といった様子だったが、
それでも、迎え待っていた街の人たちを前にしては、皆のその顔には笑顔が輝き溢れていた。
住民の中には泣いて喜ぶ者も多く、それを遠くから見ていたリリーティアは、
ここはただ賑やかで明るい街というだけでなく、
互いに想い合う、優しさに溢れた温かい街なのだと知った。
それから、街の中はさらにその賑やかさが増した。
空には花火が打ち上げれられ、泉の水面と結界の光輪に美しく映えた。
特に街の中央にある広場では飲めや歌えやと宴が繰り広げられ、楽しげな音楽と共に笑い声が絶えなかった。
リリーティアたちはその広場で振る舞われた料理を堪能した。
しばらくは皆が一緒になって食べていたが、
お酒も入り、またこういう騒ぎが好きなレイヴンなどは、
広場で繰り広げられる踊りの輪に嬉々として加わり、挙句には嫌がるリタまで引きずり込んでしまう始末だ。
どうやらパティもこういったことは好きなようで、自ら踊りの輪に入っていった。
「本当はこんなに賑やかな街だったんだね」
「ええ。解放されてよかったわ、本当に」
その様を少し離れたところから楽しげに見るカロル。
ジュディスも料理をつまみながら笑みを浮かべて頷いた。
「砂漠に連れて行かれた人たちもみんな無事で良かったです」
「ほんとだよ」
二人の向かい側、リリーティアと並んで座っていたエステルもご満悦のようだ。
「でも・・・、」
感激冷めやらぬエステルだったが、すぐにその表情を曇らせた。
それは、肝心のキュモールが結局捕まらないままであったからだ。
「逃げたキュモールは、またどこかで悪事を働くかもしれません」
「すぐにフレンが捕まえてくれるよ。ね、ユーリ」
「・・・ん、まあ、そうだな」
カロルの言葉に、しかしユーリはどこか上の空といった調子で答えた。
広場の隅で寝そべり、リリーティアたちとは違って踊る人びとではなく、頭上の星空を見上げている。
その様子に他の皆も普段の彼らしからぬものを少しは感じ取っているようだったが、
それ以上、ユーリが何も言わないので、カロルたちは再び会話に戻った。
彼らが楽しげに話している中、リリーティアはもう一度ユーリを見やる。
ユーリが考えていること、抱えているものを知るリリーティアは、ただただ静かに見守っていた。
その時、一緒になってユーリの傍で寝そべっているラピードがリリーティアの視線に気づいたのか、静かにその顔を上げた。
じっとこちらを見てくるラピードに、何でもないとリリーティアは小さく笑って返し、カロルたちの会話に耳を傾けた。
「なんだか不思議な感じだなぁ」
街の中を見渡しながら、カロルが独り言のようにぽつりと呟く。
カロルの言っている意味が分からず、エステルは首を傾げた。
「街の人たちと騎士団の人たちが、ああやって和気あいあいとしているのを見てるとさ」
賑わいに溢れる街の中には、住民同士で盛り上がり、騒ぐ者たちが大半だったが、その中には、フレン隊の騎士たちと楽しげに話す人たちの姿もあった。
昔から騎士団はその栄光と権力を以って、市民に対して威圧的であり続けた。
その結果、現代になっても市民の不信感による影響は色濃く残り、
騎士と市民、ふたつの間柄には未だ大きな壁が出来ている。
そんな世の中で、それが当然である中、
今この場所では街の人たちが自ら騎士団の者たちと触れ合い、互いに楽しげに話している。
ギルドの街で生まれ育ったカロルなどは、特にその光景が新鮮に映ったのだろう。
カロルに倣って、リリーティアも街の中を眺め見た。
街の人たちと楽しげに話す騎士たちの姿を。
仕事に戻る時間らしい騎士を、もう少し宴を楽しんでいくよう、
半ば強引にこの場に居座せようとして盛り上がっている街の大人たちの姿。
今日は特別遅くまで起きていることを許されたらしい、
騎士たちの周りを取り囲み、自分たちの知らない街の話を目を輝かせて聞いている街の子どもたちの姿。
どこを見ても、騎士と市民との間にあるのは溢れんばかりの笑顔だった。
そこにはどこにも隔てる壁はない。
リリーティアが街の人たちと触れ合うフレン隊の彼らの姿を静かに眺めていると、
不意にジュディスの小さく笑う声が聞こえた。
その声に内心はっとして、向かいに座っている彼女を見てみると、
それは自分に向けてのものだったらしい、ジュディスがこちらを見て微笑んでいた。
「とても嬉しそうね、リリーティア」
きょとんとして目を瞬かせるリリーティアに、ジュディスはまたくすくすと声をたてて笑う。
傍から見ても分かるほどに自分はそんなに嬉しそうな顔をしていたのだろうか。
ただ眺めていただけだと思っていたんだけど。
自分のことながら、まったく気づかなった。
少し気恥ずかしく思うも、ジュディスにはただ頷いて応えて、
リリーティアはもう一度フレン隊と街の人たちへと改めて視線を移した。
やはりそこには笑顔があって、明るい声が絶えまなく響いている。
街の人たちの笑顔。
それはすべて、彼が、彼女が、フレン隊の皆が守ったもの。
フレン隊の隊員たちの笑顔。
それもまた、彼ら自身の想いが紡いだ結果。
---------------私には守れなかったのものが、そこにはあった。
リリーティアの瞳の奥に遠い記憶が映される。
鮮やかな浅葱(あさぎ)の隊服が深みある碧(あお)の色へと重なり、
青藍(せいらん)の外套は紺青の色へと重なっていく。
「私も、・・・守りたかった」
守り抜きたかった。
彼らを。
彼女を。
あの人の理想を。
リリーティアはどこか遠くを見詰めて微かに呟いた。
その声は街中に響き渡っている喧騒に飲み込まれ、
彼女の声はけして誰の耳にも届かなかった。
「(リリーティア・・・?)」
ただジュディスだけは、不意に変化したリリーティアの様子に気づいていた。
彼女から感じた空気が先ほどとはまったく違うものに変わっている。
楽しげな街の人たちを嬉しげに見、何よりフレン隊の騎士たちの様子をじっと見詰め、
誰よりも喜んでいるのをその表情に感じたのに、今は少し違うものになっているようであった。
それは、どこか懐かしんでいるような、でも、何故かそれは悲しい色にも見えた。
「あの、すみません」
ジュディスがリリーティアに声をかけようかどうか悩んでいると、新たに彼女に声をかける者がいた。
見ると、それは二人組みの男女である。
「あなた方は、あの時の」
はっとしてリリーティアは椅子から立ち上がった。
その男女とはあの歳若い夫婦で、昨日、砂漠に連れていかれそうになっていたのを助けた二人だった。
会えてよかったと話す二人は、先ほどからリリーティアの姿を探していたのだという。
「街が解放されたのも、あなたが助けて下さったからなのではと思いまして」
それで、もしそうならもう一度ちゃんとお礼を言わなければと思ったらしい。
それを聞いたリリーティアは正直戸惑っていた。
助けたといっても、解放することが出来たのはフレン隊のおかげなのだ。
あの時の自分は、まるで逃げるようにしてあの場を去ったというのに。
「あの、それは・・・-----------」
「ええ、その通りよ」
リリーティアが戸惑っている間にジュディスが言葉を続けた。
「あの騎士団がこの街に来たのも、彼女の要請を受けてここに来たからなの」
「こんなに早く解放できたのも、リリーティアが色々と手を尽くしてくれたおかげなんですよ」
ジュディスの言葉に付け足すように、エステルも話の中に入ると、
カロルはうんうんと少し大げさにも見えるほどに二人の言葉に頷いている。
何を言い出すのかと、リリーティアは困惑した目で彼らを見た。
「ああ、やっぱりそうだったんですね・・・!」
女性は胸の前でぎゅっと両手を組んで、ぱっと表情を輝かせた。
未だ戸惑っているリリーティアの前で女性は頭を何度も下げている。
「私たちの願いを聞いてくださって、ありがとうございました」
向かいの家の住人も無事に戻ってきたと嬉しげに話す女性。
向かいの住民は長年連れ添った仲のいい夫婦らしく、
無事に帰ってきた時はだいぶ衰弱していたが、今は少し元気を取り戻しているという。
「本当に助かりました。実は、妻のお腹には子どもがいまして・・・」
若い男性のその言葉に、リリーティアは少しばかり驚き、思わず女性のほうを見た。
彼女はお腹にそっと手を当てて、少しはにかんだ笑みを浮かべていた。
だとしたら、あのまま砂漠に連れていかれていたらどうなっていただろうか。
いや、考えずとも最悪な事態を招いていただろう。
瞬間、自分が歩んできた道の後に広がる闇の深さを改めて知らされた気がした。
「あなたは僕たち家族にとって命の恩人です」
「ええ、この子もきっと喜んでいると思います」
そう言って、二人は揃って笑顔を浮かべた。
思わず息を詰まらせたリリーティアは、二人の感謝を素直に受け止め切れずにいた。
行動を起こしはしたものの、それでも彼らの願いを叶えたのは紛れもなく彼ら、フレン隊なのだ。
それでも何とか強張りそうになる頬を緩ませ、礼には及ばないとリリーティアは微笑んでみせた。
「何より、お子さんのこと、おめでとうございます。元気に生まれてきてくれることを祈っておりますので」
体には十分に気をつけるようにと、彼女は一礼した。
二人は何度もお礼の言葉を繰り返しながら、その場を去っていく。
遠くで、最後にもう一度深く頭を下げる二人を見て、リリーティアも一礼して応えた。
二人の笑顔も、感謝の言葉も、未だその心の中に受け止めきれないまま。