第21話 覚悟
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まだ夜が明けるには早い時刻。
だが、街の中は少しずつ騒がしくなりつつあった。
慌しい声。
忙しなく響く金属音。
そこには馬の啼き声も混じっている。
彼らがあの場を去った後、リリーティアも街へと戻った。
けして、もと来た道を戻らず、大きく迂回して。
休んでいた部屋に戻ると、出て行った時と変わらずにエステルたちはまだ眠っていた。
リリーティアは羽織っていた外套(ローブ)を扉の近くにある椅子にかけ、部屋の奥にある窓から外を眺める。
この辺りはまだ静かで、ただ遠くの方から騒がしい音が微かに聞こえるだけであった。
もう少しすれば街全体が騒がしくなるだろう。
リリーティアはじっと外を眺め続けていた。
だんだんと大きくなる喧騒を耳に、彼女の脳裏にはユーリとフレンの姿が浮かんでいた。
やつが呑み込まれた流砂の前で向き合っている二人の姿を。
「(・・・私の認識が甘かったのかもしれない)」
何を思っているのか、リリーティアは僅かに苦渋な表情を浮かべ、
ただじっと遠くを見詰め続けていた。
「リリーティア?」
突然、後ろから呼ぶ声にリリーティアははっとした。
振り返ってみると、だんだんと大きくなっていく外の騒がしさに気づいたのか、ジュディスが寝台の上で体を起こしていた。
まだ少しだけ眠気が残っているジュディスの顔に小さく笑みを浮かべると、フレン隊が来てくれたことを告げた。
「ちょっと騎士団の詰め所に行って来るから」
そう言い残し、リリーティアは再び部屋を出て行った。
宿を出て、薄暗い大通りを足早に進んでいく。
街の中央にある広場まで辿り着くと、フレン隊の騎士たちが武装解除したキュモール隊を一箇所に集めている光景があった。
まとめているのは、フレンだ。
親友のあの行動を目の当たりにしたばかりだというのに、
一切その動揺も見せず、フレンは部下たちに何やら指示を出している。
本当なら今すぐにでも親友であるユーリに問い質したいに違いない。
なぜ、キュモールを殺したのかと。
「リリーティア特別補佐!」
離れた場所から、しばらく様子を見ていたリリーティア。
姿に気づいたフレンがこちらに駆け寄って来るの見て、彼女も彼のもとへと歩み寄った。
「今し方、キュモール隊の武装解除を完了しました」
こちらから何かを言う前に、フレンは駆け寄るやいなや現状を説明してくれた。
その熱心さに内心苦笑を浮かべ、リリーティアは彼の報告に頷いた。
騎士団の詰め所であったあの建物もすでに抑えたという。
「ですが、・・・指揮官であるキュモール隊長の姿はすでにありませんでした」
一呼吸置いて、彼はキュモールの身柄について話した。
それは、確かに偽りのない内容、
彼が詰め所に到着した時にはキュモールの姿はなかったはずだ。
おそらく、詰め所の裏口から続くキュモールとユーリの足跡を辿った末に、ああしてあの現場に辿りついたのだろう。
何より必死で逃げていたキュモールのあの乱れた足跡は、けっこうはっきりと残っていた。
リリーティアは当然として自分の痕跡は残さず、注意を払って後を追ったが。
やはりというべきか、彼からのキュモールに関する報告はそれ以上はなかった。
見た感じでは普段と変わらない装いのフレン。
だが、リリーティア自身はその先に隠された真実を知っているからか、
彼のその表情はどこか強張っているようにも見えていた。
「とにかく、今は何より街の人たちの安否確認を優先でお願い」
フレンの隠す事実を知り、自身が知る事実もひた隠して、リリーティアは言った。
圧政を強いられた街の人たちの安全を優先して確認してほしいと。
それに、この街が解放されたとしても、まだ砂漠に連れて行かれた人たちがいる。
その人たちを助けることが何よりの重要事項だ。
「その、砂漠に連れて行かれた人たちに関してですが----------」
「隊長!」
フレンを呼ぶ声。
それは、フレン隊の副隊長であるソディアだった。
「砂漠への捜索隊、間もなく準備が整います」
ソディアの報告にフレンは頷き応えると、再びリリーティアへと向き直った。
「夜明け前には捜索隊を派遣し、救助に向かいます」
どうやら、この街に到着してすぐ、彼はキュモール隊の武装解除と並行して、砂漠へ連れて行かれた人たちの捜索準備をも始めていたようである。
万事抜かりはない、ということだ。
仕事の早さにリリーティアは感嘆した思いでフレンを見た。
「何から何まで本当にありがとう」
こんなに早く来てくれるとは思わなかったと、リリーティアは続けた。
「正直、驚いたよ」
「あなたから要請が来た時は、わたしも驚きました」
そう、リリーティアは圧政を敷かれているマンタイクの解放をフレンに要請していたのだ。
あの時、砂漠に連れていかれそうになっていた街の人たちを助けた後のこと。
騎士団の使う符牒(ふちょう)に、何事かを書き付けていたのはこのことであった。
しかし、それを使いの者に渡したのは昨日の昼頃のことだ。
使いの者からの情報で、フレン隊はノードポリカにいることは分かっていたが、
ここからそう遠くはないにしても要請が届くのは早くて半日後。
それからこちらに向かったとしても、それまでに準備や、彼には彼の任務があるからその調整も必要だったはずだ。
だというのに、一日もかからずして彼はリリーティアの要請に応えたのである。
聞くと、リリーティアの予想を遥かに上回る早さでフレンたちが対応できた理由は、今この街にいるフレン隊の隊員の数が少ないことにあった。
実はフレンたちの他にも、まだ後からこちらに向かっている残りの部隊があるのだという。
遅くても午前中には街に到着する予定らしく、彼らには主にキュモール隊の連行を任せるらしい。
フレンたちは可能な分だけの馬を使い、且つ、十分にマンタイクに駐屯するキュモール隊に対抗できる人数で、一足先にこのマンタイクに到着したということだ。
これにはリリーティアも感嘆の声を零した。
だがフレンは、自分たちだけではきっと出来なかったと話す。
「実は今、シュヴァーン隊の方たちも、わたしたちの任務を手伝ってくれているんです」
「私たちの隊が・・・?」
フレンによると、ルブラン小隊長率いるシュヴァーン隊の一隊がフレン隊と共に行動しているのだという。
だからこそマンタイクの解放に向けて、十分な人員を割くことが出来たのだとフレンは言った。
ということは、ルブラン小隊長といつものあの二人もこの大陸まで来ているということか。
己が隊の動向を何も知らないというのもおかしな話ではあるが、事情が事情だ。
しかし、フレンの請け負っている今の任務とは何なのだろうか。
やはり、あのマンタイクの宿主が言っていた『戦士の殿堂(パレストラーレ)』のドゥーチェ(統領)の捕縛なのか。
「フレン!」
リリーティアがフレンに尋ねようと思った時、また彼を呼ぶ声があった。
「エステリーゼ様」
その声はエステルだった。
こちらに向かって駆けてくる。
エステルだけでなく、その後ろには他の仲間たちもいた。
でも、そこにユーリの姿はない。
彼だけでなく、レイヴンもだ。
ユーリはフレンに会うのを避けているのだろう。
レイヴンも理由は違うが避けているということでは同じだろう。
「フレンがどうしてここに?」
その表情は本当に嬉しげで、マンタイクが解放されたことに喜んでいるのが、その顔は見ればすぐに分かった。
あまりに分かりやすい彼女の表情に、リリーティアの口元には思わず笑みが浮かんだ。
その問いにフレンは一度リリーティアを見ると、エステルに向き直った。
「リリーティア特別補佐からの要請でこちらに参りました」
「え、リリーティアの?」
どういうことなのかと、驚くカロル。
「ちょっと、そんなもの出してたんなら、何で早く言わないのよ」
あの時、話し合っていたのは何だったのかと、リタはリリーティアにジト目を向けた。
彼女のその視線に、リリーティアは困ったように肩をすくめた。
「あの時はまだ確実じゃなかったから、簡単に口にはできなかったんだよ」
さっきも言っていたが、彼女はフレン隊がこんなに早く来るとは思っていもいなかったのだ。
それ以前に、要請に応えることは難しいだろうとさえ思っていた。
彼には彼の任務がある。
無理強いはできない。
正直なところ駄目もとで要請を出したようなものだった。
無駄に期待をさせる訳にもいかず、だから黙っていたのだ。
「でも、こうして来てくれたのは、フレンたちが全力を尽くしてくれたおかげだ」
そう、彼女にとっては、今の自分ができることはこれが精一杯とした上での行動でしかなかった。
それが、リリーティアの予想を遥かに上回る働きで彼が応えてくれたおかげで、
今、こうして実現出来ているのだから。
「フレン、ありがとうございます」
リリーティアからそれを聞いて、エステルはフレンに向かって深く頭を下げた。
彼は首を横に振ると、少し困ったような笑みを浮かべてリリーティアを見た。
「リリーティア特別補佐、何も隠さらなくても・・・」
フレンの反応に、どういうことだろうとエステルはリリーティアを不思議そうに見る。
だが、当の本人であるリリーティアも彼の言葉の意味をわかっていないようだった。
「これは特別補佐の尽力があったからこそ成し得たことなんですよ」
フレンが言うに、リリーティアから受けとった要請書にはマンタイクの解放を乞う内容だけではなかったという。
騎士団の詰め所として占拠された場所の位置、マンタイクでのキュモール隊の動向傾向、砂漠に連れて行かれた人たちと、それに同行している騎士の人数。
ありとあらゆる情報と共に解放への要請を送っていたのだ。
「おかげで、わたしたちはこうして迅速に事を進められているのですから」
いつそんなこと調べたのかと、カロルが目を瞠ってリリーティアを見上げた。
他の皆もカロルと同じ思いでこちらを見てくるが、リリーティアはどんな顔をしていいか分からなかった。
そもそも、フレンが言ったように隠しているつもりなどなかったのだが。
街の解放を要請するにあたって、こちらの詳しい情報を提供するのは当然のことだ。
リリーティアとしては、これといって特別なことをしたとは思っていなかった。
その情報すべてをうまく利用し、ここまで成し遂げたのは、彼の指揮能力の高さにある。
そして、配下であるフレン隊の隊員たちの結束力があってのものなのだと。
「隊長、そろそろ」
リリーティアに礼を言おうとエステルが口を開きかけた時、
ずっとフレンの後ろで控え立っていたソディアが口を挟んだ。
フレンは頷いて応えると、リリーティアへと騎士の敬礼をする。
「それでは、わたしたちはここで。後のこともお任せ下さい」
「ええ、ありがとう。どうか宜しく頼むよ」
ひとまず宿に戻ろうというリリーティアの言葉に皆が頷き、宿に向かってもと来た道を戻り始めた。
いつの間にか街の中にはフレン隊だけでなく、街の人たちの姿もちらほらと見え始めている。
「リリーティア特別補佐」
少し進んだところでフレンの声に呼び止められた。
皆が振り返って見ると、フレンはリリーティアをじっと見ていたが、すぐにその目を伏せた。
よく見れば、僅かに眉間にしわを寄せ、どこか気難しげな表情をしている。
「フレン?」
首を傾げ、彼の名を呟くエステル。
フレンの後ろでは、ソディアも怪訝な表情を浮かべており、隊長であるフレンを呼んでいた。
しかし、彼から続く言葉をしばらく待っても、一向に彼からの言葉はない。
続く沈黙。
不意にリリーティアの表情がすっと真剣なもとへと変わった。
「(悩んでいるのか・・・)」
真実を言うべきか、言わざるべきか。
いや、それとも、これから自分がどうするべきなのか。
ユーリの行いを知った先で。
本来ならば、
上に立つ者として、助言をするべきなのだろう。
同じ騎士として、悩みを聞くべきなのだろう。
けれど、
今の私には、彼が求める答えを持っていない。
その悩みを聞いたところで、彼に言えるのは偽りの言葉しかない。
あなたと正反対の道を歩み、あなたの親友よりも闇深い道を歩む私には。
ならば---------------、
リリーティアは一度目を閉じると、ひたとフレンを見据えた。
「フレン」
彼女の呼びかけに、フレンははっとしてその視線を上げた。
--------------せめて、今の私が言える偽りのない言葉を。
「あなたはあなたのやり方で、やるべきことをやればいい」
それを、あなたの意志で選んだのなら。
そのためなら、悩んだって構わない。
悩みに悩んで、選択していけばいい。
けれど、ただひとつだけ---------------、
リリーティアはフレンの後ろにいるソディアに視線を移した。
いつも彼の傍で実直に任務をこなす彼女。
話したことは一度もなかったが、傍から見ていても、とても真面目で正義感の強いことは窺えた。
そして、フレンのことを誰よりも敬愛しているのだということも。
「ソディア副長」
---------------彼が一人で悩むことだけはしないよう。
「どんな事があっても、彼の力になってあげて下さい」
変わらず、彼がその道を突き進むのであれば。
けして一人で悩むことだけはさせてはならない。
でなければ、きっと、
あの人のようになる。
あの人を支えられなかった、私のように。
突然向けられた言葉に、ソディアは少し怪訝な顔を浮かべていたが、すぐにその姿勢を正した。
「・・・はい、分かっております」
どこかそっけなく少し棘のある返事ではあったが、リリーティアはそれも相応の態度だと思っていた。
彼女が自分のことを快く思っていないのは、なんとなく感じていたし、それも当然のように思えた。
組織の輪を抜けて勝手な行動をする自分だ。
その上、赦免されたとはいえユーリは元犯罪者で、その彼と一緒にいることも原因のひとつであるように思う。
実直で真面目な彼女にとって色々と思うことがあるだろう。
だから、自分の言葉に何も思わなくても、
せめて、言っていたことだけは覚えていて欲しいと。
己が犯し続ける過ちを胸に秘めて、リリーティアはフレンたちに背を向けて歩き出す。
エステルたちも彼女の後に続いた。
宿へと戻る路、
少しずつ、少しずつ、喜びの声が街中に響き始めていた。
圧政から解放された街の人たちの声が。
喜びに沸く声を遠くに聞きながら、リリーティアはふと空を見上げた。
暁の空に真っ白に染まる有明の月が浮かんでいる。
もうすぐ夜明けだ。