第21話 覚悟
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街へと戻ったリリーティアは大通りを歩かず、家と家との間に出来た狭い小路を右へ左へと進んだ。
どこへ向かうにしても明らかにそれは遠回りであったが、今はそれで良かった。
誰にも気取られぬよう、事を成すためには。
右往左往しながらの道のりだったが、目的の場所へにはすぐに辿り着いた。
リリーティアは足を止めて外壁に背をつけると、そっと小路から街の中を窺い見る。
その先にあるのは、街の北にある<帝国>騎士団の詰め所だった。
石と煉瓦(レンガ)で造られた大きな建物に、その周りを大人一人分ほどの高さの土壁が囲っている。
街の中でも一番立派な造りをしているそれは、本来は街の人たちが話し合う集会の場として使われていた建物で、騎士団が来たその日から詰め所として占拠されしまったらしい。
街一番といえど、部屋数もそれほど多くなく簡素な造りだということも街の住民から聞いている。
ならば、すぐに目的のものは探し出せるだろう。
リリーティアは、いま一度深く頭巾(フード)を被りなおすと、裏手から出入りできる門にその目をやった。
「(ひとまず裏手側から・・・、----------!!)」
彼女は突然はっとして、その目を凝らした。
騎士団の詰め所であるから、当然詰め所へ入る出入り口のすべてには見張り番が立っている。
もちろん裏手に位置する門にも見張りの騎士が立つ。
まずはその騎士の対処をと思っていた彼女だったが、対処を打つ前に、裏の門の前では騎士が二人倒れていた。
一瞬、睡魔に負けてただ眠っているのかと思ったが、二人してうつ伏せに倒れているからして、明らかにそれとは違った。
困惑しながらも、リリーティアは冷静に周りの気配を探ると、誰もいないことを確認しながら音もなく近づいた。
纏った外套(ローブ)の下からは、キュモール隊の証である薄桃と赤で彩られた隊服が見える。
一人は倒れた拍子に取れたのだろう、騎士の兜を被っておらず、傍に転がり落ちていた。
彼らの様子をよく見ると、ちゃんと息はしている。
どうやら気絶しているだけのようだ。
息を吐いてほっとするのも束の間に、リリーティアは辺りの様子を窺った。
夜盗の仕業かと思ったリリーティアだったが---------------、
「(----------違う)」
リリーティアは半ば直感に近い感覚で、それを否定していた。
途端に胸の奥が嫌にざわめき始める。
「(まさか・・・!)」
嫌な予感がして、リリーティアは急いで門を潜ると、
ひとまず近くの潅木に身を潜め、一度敷地内の中を見渡した。
辺りは静寂に包まれている。
人ひとりの気配さえ感じられなかった。
やはりおかしい。
騎士団の詰め所だというのに、夜番をしている騎士の気配が一切感じられない。
あまりに静か過ぎる空気に、リリーティアの胸中は益々ざわめき立った。
それと比例して嫌な予感は現実味を増していく。
嫌な予感をふり払うように一呼吸すると、さらに敷地の奥へと歩を進めた。
「(すべて当て身で済ませている)」
奥へ進む中で夜番であった騎士たちが一人二人と倒れているのを見つけたが、全て当て身によって気絶させているだけであった。
この分だと夜番の者たちは皆、眠らされているのだろう。
はじめからそのつもりだったリリーティアとしても、それは都合がいいことだったが、それ以上のこととなると問題はまた別となる。
彼女は建物の中へ入ろうと、裏口の扉に向かった。
気絶した騎士がひとり倒れているのを横目に扉へと近づく。
「---------い-----かい!-----だ-----かっ!」
リリーティアはその足を止めた。
扉の向こう、建物の中から何やら声が聞こえてきたのだ。
それはこちらへと近づいてきているようで、その声は少しずつはっきりしたものになっている。
悲鳴にも似たその声。
「(やつか・・・!)」
聞き間違えるはずもなく、それはキュモールだった。
リリーティアは身を翻し、近くの潅木に颯爽と身を隠した。
間もなくして、裏口の扉は音を立て勢いよく開かれると、
「ひ、ひーっ!」
キュモールが半ば転がるようにして飛び出してきた。
近くに倒れていた騎士にも気づかず、やつはただ無我夢中で何かに怯え逃げている様子であった。
その時、扉の奥から足早に駆ける足音と共に、黒い影が現れた。
リリーティアは思わず息を呑んだ。
キュモールを後を追う、黒い影。
その影はまさしくリリーティアのよく知る人物--------------、
「(----------ユーリ)」
少しずつ新月に近づいている今宵。
いつもよりも辺りは薄暗く、彼がいつも身に纏っている黒い装束は一層夜の闇に溶け込んでいるように見える。
リリーティアは眉根を寄せ、険しい表情で彼を見た。
まさに、あの時と同じであった。
ダングレストでラゴウを手にかけた、あの表情と。
冷酷でありながら、その瞳の奥には熱い炎(ほむら)が揺らめいた眼。
覚悟を決めた、彼の眼だ。
「(やはり、あなたが・・・)」
ユーリが現れたことに、別段驚きはなかった。
ラゴウの一件を目の当たりしてから、彼の秘めたる覚悟を知った。
そして、皆がキュモールの悪事について話している間も、
ずっと黙り込んで何かを考えている様子であった彼を思い返せば、当然の結果だった。
キュモールは助けを叫びながら逃げ続けているが、
ユーリの手ですでに夜番はすべて眠らせてある以上、それに答える声などいるはずもない。
足をもつれさせながら走り続けるキュモールは、裏手側の出入り口から敷地の外へと出て行き、愛用している剣を手にユーリもそれを追っていった。
リリーティアも急いでその後に続いたが、一度、裏手の門を出る手前でその足を止めた。
「・・・・・・・・・」
外套(ローブ)の下に隠れた短剣を強く握る彼女。
これからどうするべきか、自分のすべきことに考えを巡らせる。
やつを片づけることが、今、自分の成すべきことであった。
そのために、いまユーリの行いを止めて、不本意だが、やつを一時として助けることも考えた。
しかし、すぐにその考えは愚かな事だとリリーティアは改めた。
彼の心はすでに決している。
今、ここで目の前の行いを止めようとするならば、ユーリと対峙することになるだろう。
相手が共に旅する仲間であろうと、彼は刃を交えることに躊躇はしない、きっと。
そうでなければ、そもそもこの道を選ぶことなどしない。
罪びとの道を歩むことなど。
「私には彼を止めることなどできない・・・」
彼とはまた違う、闇深い道を歩む自分には。
彼の旧友なら、あるいは・・・。
いや、それでも彼は
ならば、私は見届けよう。
彼の覚悟を。
リリーティアは目を閉じると、短剣からそっと手を離した。
そして、ひたと前を見据えると、再びユーリの後を追った。
それこそ、決して誰にも気取られぬよう、痕跡は残さずに。