第21話 覚悟
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宿のすぐ横。
宿屋とその隣の建物の間には少し大きなトンネルがある。
煉瓦(レンガ)を積み、天井は曲線(アーチ)状に造られたその建造物。
そこを潜った先には小さな広場があり、
子どもたちの遊び場になっていそうな場所だったが、この街の現状ではもちろんそこには誰もいない。
監視である騎士の姿もそこにはなかった。
「(動くなら今夜しかないか・・・)」
今後についての話し合いを終え、一行が思い思いに過ごしている中。
そのトンネルの下。
壁に背を預けて、リリーティアはひとり考えに耽っていた。
日陰になったそこは少しばかり涼しいが、時折吹き抜ける生暖かい風が蒸し暑さを運んでくる。
「あ、ここにいたんですね」
その声に、リリーティアは考え込んでいたその顔を上げた。
見ると、それはエステルだった。
どうやら自分を探していたらしい。
「どうしたの?」
壁から背を離し、探していた理由を尋ねてみるも、
エステルは何やら言いにくそうな様子であった。
視線を下に落とし、こちらに目もろくに合わせないまま、リリーティアの前に立つ。
「その、・・・・・・あの時は、本当にごめんなさい」
そう言って、エステルは頭を下げた。
頭を上げても、彼女は視線を落としたままだった。
「わたし、またわがまま言って・・・リリーティアを・・・」
今日の昼間の事らしい。
キュモールに見つかって、迷惑をかけてしまったことを謝っているようだった。
ジュディスに言われて、ずっと反省していたのだろう。
リリーティアは少し困ったような笑みを浮かべ、首を小さく横に振った。
「私のことは気にしなくていいよ」
でも、とリリーティアは続けた。
「あの時はアルフとライラの両親もいた。もう少しで二人を巻き込むところだったんだ」
「っ・・・ごめんなさい」
エステルはさらにその表情を曇らせた。
黙り込でしまったエステルを、リリーティアはしばらくじっと見詰める。
彼女は自分の過失を真摯に受け止められる人だ。
だから、今回、自分が取った行動の意味の重さをちゃんと理解出来るだろう。
ジュディスの厳しいあの言葉を受け止めて、こうしてここに訪れた彼女なら。
リリーティアはふっと表情を和らげた。
「それに、----------」
瞬間、視界が黒く瞬いた。
リリーティアははっとして、途端に言いかけた言葉を失う。
断片的に視界に映るそれは、黒い砂嵐のようで。
一変して、彼女は頬を強ばらせた。
「・・・・・・・・・」
奥歯を噛み締め、その瞼を閉じる。
そして、音もなく大きく息を吐くと、彼女は再びその眼を見開いた。
「エステル、いい?」
リリーティアの問いかけ。
またさっきとは違う声の調子に、エステルは思わずその顔を上げた。
「・・・けして、目先のことに囚われないで」
リリーティアの表情はあまりにも真剣なものだった。
だからだろうか、エステルも無意識の内にその表情を引き締めていた。
「良かれと思って取った行動でも、それが正しい行動であるとは限らない。救いたいと思って取った行動でも、それは誰かを傷つけることだってある」
それは落ち着いた声音だった。
けれど、不思議と力強い響きで。
音が反響しやすい、この場所のせいだろうか。
ただエステルは魅入ったように、リリーティアをじっと見据えていた。
「助けたい、救いたいという気持ちは大事だよ。そのためにといって、それが本当に必要な行動であるかどうかは、よく考えるんだ」
そこで、リリーティアは一呼吸置いた。
「・・・本気で助けたいと強く思うのなら、尚のことよく考えなさい」
そう言うと、リリーティアは静かに目を伏せた。
それ以上は彼女からの言葉はなく、周りは静寂に包まれる。
「・・・リリーティア」
静寂の中、エステルは言葉が見つからなかった。
聞きたいことは色々ある。
それなのに何故かうまく言葉にすることが出来ない。
リリーティアの名を呼ぶ、今はそれが精一杯だった。
「まぁ、少しずつだよ」
不意にリリーティアはその視線を上げた。
さっきとは違って、それは柔らかな表情で、その声も穏やかだった。
そのあまりの変わりように、エステルは内心呆気に取られながら、
まじまじとリリーティアの顔を見返していた。
「前にも言ったとおり、少しずつ変わっていけばいいんだから」
エステルなら大丈夫と、リリーティアは微笑んだ。
それは彼女がいつも見せてくれる笑みだった。
あたたかく、優しく、強く。
その言葉以上に大丈夫だと思わせてくれる、エステルにとって誰よりも安心できる笑み。
「ありがとう、リリーティア」
だから、この時にはエステルの表情にも自然と笑みが浮かんでいた。
それはまた、いつも背中を押してくれる彼女に対しての感謝をこめた笑み。
「それに----------、」
リリーティア、さっき言いかけた言葉をもう一度口にした。
もう視界が黒く瞬くことも、黒い砂嵐が映ることはない。
「----------一番に謝らなければいけないのは私じゃないと思うよ」
「え・・・?」
どういうことだろう。
エステルはきょとんとして、首をかしげた。
「あの時のカロルの慌てようといったらなかったから」
その顔はもうそれはひどく青ざめていたと、リリーティアは苦笑を浮かべた。
せっかく立ち上げた彼の大切なギルドだ。
ヘリオードでの時は、フレンのおかげでどうにかなったものの。
まだ数人しかいない小さなギルドが、あのまま騎士団と衝突などしてしまったら、その行く末はどうなっていたか。
「わたし、カロルにも謝ってきます!」
自分が取った行動で、どれだけの人に迷惑をかけてしまったのか。
改めてそれを知った彼女にリリーティアは頷くと、エステルはその場を駆け出していった。
リリーティアはくすくすと小さく笑みを浮かべながら、慌てて去っていくその背を見送った。
エステルの姿も見えなくなり、再び訪れた静寂で、ひとりリリーティアは微かにその口を開く。
「だから、私のようになっては駄目だよ」
微笑む顔に、揺れる瞳。
それは少し憂い帯びて。
「・・・・・・エステル」
語りかけるように呟いた声。
その声はあまりにも悲しげで。
あまりにも、優しい響きだった。