第21話 覚悟
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リリーティアは宿の前にいた。
そこは以前にも泊まった宿で、ユーリたちと落ち合う約束をした場所である。
ふっと小さく息をつくと、彼女は頭巾(フード)を取り、扉を開けた。
「ああ、よくぞご無事で・・・!・・・お、お帰りなさいませ」
中に入ると、宿主がほっと喜んだ顔で迎えてくれた。
しかし、受付台の傍に立つ騎士を横目にはっとすると、すぐに態度を改めた。
相手に聞かれた事しか話さないようにという、厳しい監視がまだ続いているらしい。
でも、はじめのあの反応を見る限り、
砂漠へ向かった自分たちのことを心配してくれていたのだということはよく分かった。
感謝の意味を込め、リリーティアは宿主に向けて軽く一礼して、受付台の前に立った。
「また、お世話になります。先に仲間が帰っていると思うのですが」
「はい、戻られていますよ」
店主は二つに分かれて取った客室のひとつ、リリーティアが休む部屋の番号を教えると、
ユーリたち男性陣が休むほうの部屋で、皆が待っていることを伝えてくれた。
「ゆっくりお休みくださいませ」
ありがとうと礼を言い、リリーティアはすぐにユーリたちの下へと急いだ。
纏っていた外套(ローブ)を脱ぎながら、客室に続く廊下を歩く。
教えてくれた番号の部屋につき、ノックして扉を開けると、
「リリーティア!」
開けた瞬間に、エステルの声が響いた。
それはまさにほっと安堵したような声音であった。
「よかった、遅いから心配したよ」
その声はカロル。
宿主が言ったようにそこには皆が待っていた。
「もしかして何かあったんじゃないかって、今、皆と話していた所だったんです」
エステルがほっとした表情で言った。
心配をかけたことを謝りながら、リリーティアは部屋の中へと入った。
「あの後、街の人たちをそれぞれの家に送り届けていたから」
住民たちの話を聞いていたのもあって、
思っていたよりも時間がかかったのだとリリーティアは説明した。
「街の人たち、何か言ってました?」
「そうだね。以前はもっと活気に溢れた街であったとか、あとは・・・、砂漠に連れて行かれた人たちのことをとても心配してた」
「そう、ですか・・・」
リリーティアの話に顔を伏せ、黙り込んでしまったエステル。
最後のはやはり話すべきではなかったかもしれない。
一瞬、話すのを躊躇ったものの、結局はありのまま話してしまったが、
リリーティアはそれを少しだけ後悔した。
「それで、ユーリたちのほうは?」
話を別の方向に持っていくように、あの兄妹の両親はどうなったかユーリたちに尋ねた。
キュモールが立ち去って、リリーティアやキュモール隊が街の人たちの救助や馬車の後処理を行っている間に、街の中へ入り、無事に家まで送り届けたという。
子どもたちも変わらず元気だったということだ。
「それにしても、あのキュモールっての、ホントどうしようもないヤツね!」
リタが腹立たしげに言った。
いつになく苛立ちを露わにしているが、もちろん異論のある者はいない。
「どうしてこの世の中、こんなにどうしようもないヤツが多いのじゃ」
「あれはたぶん病気なのよ」
「きっとそれは、バカっていう病気なんじゃな」
「わかってるわね、あんた。きっとそうだわ」
パティとジュディス、リタがうんざりした様子で話すのを聞きながら、
リリーティアは未だ黙り込んでいるエステルの様子を窺い見ていた。
彼女は心配げな顔で胸の前で手をぎゅっと握っている。
それは何かを考えている風であった。
いや、今何を考えているかなど、すでに想像はついている。
「リリーティア・・・」
リタたちが話しているさなか、俯いて黙り込んでいたエステルが声を上げた。
リリーティアを見るエステルの眼。
その眼は、あの時に見たものと同じ眼だった。
それは、あの若い夫婦と同じ---------------救いを求める眼と。
「どうにか彼らを止める事はできないでしょうか」
やはり言うべきではなかった。
リリーティアは胸の内でため息をついた。
エステルのことだ。
助けたいという気持ちがまた強くなるのは目に見えていたというのに。
あの若い夫婦に助けを求められたことだけは意図的に伏せたが、
それでも、彼女のその優しすぎる心を動かすには十分すぎるものだったのだろう。
どちらにしろ、あそこで馬車に押し込められそうになっている人々の姿を見てしまった以上、
彼女はこのまま見過ごす事などできないのだ。
「視察としてここにいる私なら、騎士団の詰め所に入ることは出来る。・・・けど」
リリーティアは口を閉ざした。
これ以上、彼女へ応える術を持っていない。
見過ごす事は出来ないという気持ちはあっても、今、自分に出来ることはそれだけだ。
「なら、私も一緒に行って、もう一度話を----------」
「---------それは、やめたほうがいいんじゃないの」
エステルが言い終わる前に、レイヴンが割って入った。
それはどこかきっぱりとした物言いだった。
「あれは嬢ちゃんの言葉に耳を貸すような、聞き分けのいいお利口ちゃんじゃないんだからさ」
「でも・・・・・・」
それでも、エステルは諦め切れなかった。
「あなた、またリリーティアを苦しめるつもりなの?」
「え・・・・・・」
リリーティアが取ってくれた行動を無駄にしていいのねと、ジュディスは続けた。
その言葉はまた少し厳しい言い方で、
リタが少しむっとしてジュディスを見やったが、今回は何も反論はしなかった。
「あ・・・」
ジュディスが言っている意味を知り、エステルの表情は少し強張っていた。
あの時、キュモールに見つかりそうになっていた自分たちを助けたリリーティア。
敢えてリリーティアが出て行くことで、どうにかその場を収め、自分たちの身を守ってくれた。
だが、その代わりに騎士団にいる彼女の立場を苦しめてしまったのだ。
エステルはあの時、キュモールが言っていたことを思い出した。
責任を問う、と。
彼女は一人で自分たちが行ったことのすべてを負おうとしている。
「す、すみません。わたしは・・・」
キュモールたちに見つかってしまったのも、そもそもの原因は自分だった。
エステルは自身の行動を深く反省した。
落ち込むエステルに、リリーティアは少し困ったように微笑んだ。
「エステル。私も、もちろん皆も、あなたの気持ちは分かってる」
それに、あれはキュモールに対して自分が取った行動がいけなかったのだ。
武器を抜いてまで、対抗する必要などなかった。
だから、皆が気にすることなどないと話し、リリーティアは続けた。
「でも・・・、正直、これ以上は収拾がつかなくなるかもしれない」
相手は仮にも騎士団の一隊を率いる隊長。
ヘリオードの時にキュモールを放逐しえたのは、たまたま駆け付けたフレン隊の存在に拠るところが大きい。
人品がどうであれ、体制側の幹部であるキュモールに挑むということは、体制即ち<帝国>に挑むのと同じことなのだ。
挑むなら十分な勝算があった上でなければならない。
<帝国>騎士団に属するとはいえ、隊を率いてもいないリリーティア一人では打つ手もない。
「だから、今のこの状況じゃ、どうにもできないんだよ」
「それじゃあ、フレンなら・・・!」
「確かに、彼が隊を率いてくれれば話は別。だけど・・・」
おそらく、彼はまだノードポリカにいるだろう。
闘技場の騒動のこともあるが、何より人魔戦争の黒幕であると噂されている
『戦士の殿堂(パレストラーレ)』の首領(ドゥーチェ)の捕縛の話もある。
もしそれが本当なら、それを任せられるのはフレン隊しかいない。
「フレンはここにいない」
リリーティアの言う事に、とうとうエステルは言葉を無くしてしまった。
しばらく重い沈黙が続いたが、ジュディスが新たに話を切り出した。
「知りたいんでしょ?始祖の隷長(エンテレケイア)の思惑を。だったら、キュモールのことは今は考えないようにしてはどう?」
「・・・・・・あんたと意見が合うとはね」
そう言って、リタは一度ジュディスを見てから、エステルに向き直った。
「あたしもベリウスに会うのを優先した方が良いと思う。もし仮にキュモールを捕まえても、あたしらには裁く権利もない。どうしようもないなら、出来ることからするべきだわ」
研究者でもあるリタはこの辺りはやはりエステルとは違い、
感情や状況に流されずに、合理的な考えをしっかりと持っていた。
その考えにはパティも肯定の意を示した。
「そうじゃの、二つのことをいっぺんにしようったってできないのじゃ」
悲しげに俯くエステルの肩に、リタがそっと手を置いた。
「ごめん、エステル。・・・あたしだってムカつくわ。今だって、詰め所であいつがのうのうと過ごしてるなんて想像したら。でも・・・」
「リタ・・・わかってます」
リタの言葉に、とうとうエステルも折れた。
皆がどうにかしたいと思っていることは、エステルも分かっている。
皆が正しいことを言っていることも。
それでも、エステルの心は沈んでいた。
「例え捕まっても釈放されたら同じことを繰り返すわね。ああいう人は」
「だろうなぁ。バカは死ななきゃ治らないって言うしねぇ」
ジュディスの言葉にはレイヴンも大きく頷いた。
そうして、重苦しい空気の中で交わされる会話たち。
それを聞きながら、リリーティアはひとつ気になっていることがあった。
それは、さっきから一度も仲間たちの会話に加わらないユーリのことだ。
部屋の隅で、壁に背を預けて立っているユーリを見た。
彼は足元に視線を落としたまま、何やらひとり考え込むように黙り込んでいる
「(ユーリ・・・?)」
彼の唇が微かに動いたような気がしたが、何を言っているのかは分からなかった。
だだ、その時、彼の隣にいたラピードがすっとその顔を上げたのを見て、
何かを呟いたのかもしれないのだけは分かった。
リリーティアは少し気がかりに思いながら、エステルたちの方へと視線を戻した。
結局、仲間たちが声をかけるまで、ユーリは最後まで会話に加わることはなかった。