第21話 覚悟
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「本当にありがとうございました」
そう言ったのは、まだ歳若い男。
その横で何度も頭を下げるのは、その男性と同じぐらいの齢であろう女性だ。
「なんとお礼を言えばいいか」
「いえ」
その二人に感謝されているのは、リリーティアであった。
馬車の中から住民たちを助け出した後、キュモールの部下たちに馬車の後処理を任せ、住民たちをそれぞれの家まで送り届けていた。
そうして、最後に送り届けた住民は、リリーティアと変わらない歳若い男女の夫婦であった。
はじめは夫だけが砂漠に連れて行かれそうになっていたが、
連れて行かないで欲しいと騎士に懇願していると、
挙句には妻である彼女も一緒に連れて行かれることになってしまったのだという。
そして、向かいの家の住人はもう一週間以上も前に連れて行かれたままだと、二人の若い夫婦は心配げな顔で話した。
「(一週間以上ということは・・・)」
おそらくは、砂漠で助けたあの両親と同じ集団の中に入っていたに違いない。
だが、砂漠の中で出会った街の人はあの子たちの両親だけ。
一足先に始祖の隷長(エンテレケイア)の調査に向かったキュモール隊の分隊とは結局遭遇しないままだった。
どの経路で捜査を行っているのかは、直接キュモール隊の誰かに聞かない事には分からないだろう。
かける言葉が見つからないまま、リリーティアは静寂に包まれた向かいの家を見詰めた。
「お願いします。砂漠に連れて行かれた人たちも、どうか助けてください」
向かいの住人は年配の夫婦らしく、
いつもお世話になっているのだと女性が話し、二人は深く頭を下げた。
砂漠に連れて行かれそうになっていたのを助けてくれたリリーティアを信頼してか、哀願するように助けを求めた。
自分たちだけでなく、他の人たちもどうか救って欲しいと。
「・・・・・・・・・」
しかし、リリーティアは口を噤んでいた。
なんと言って返していいのか、やはり言葉が見つからなかった。
それもそのはずだ。
分かりましたと、そう簡単に口に出来る状況ではないのだ。
<帝国>騎士団に所属しているといえど、自分一人の力ではどうにもできない。
リリーティアは静かに目を伏せると、
「・・・・・・すみません、私はここで失礼します」
深く一礼して、踵を返した。
「あ、・・・あの」
後ろから二人の戸惑う声が聞こえても、彼女は立ち止まらなかった。
立ち止まることが出来なかった。
彼らを助ける術(すべ)を持っていない以上。
リリーティアは、ユーリたちがいるであろう宿へと向かった。
近くに家がある者でしか通らないような、大通りから少し奥に入ったその通りにはキュモール隊の姿は見えない。
この道を抜けた先、大通りに入るあたりにはちらほらと騎士が立っていたが。
砂を踏みしめる音しか響かない中、リリーティアは思い返す。
住民たちを送り届けている時、この街のことについて聞かせてくれたことを。
彼らは騎士団が来る前は活気溢れた賑やかな街だったのだと、あるべき街の姿に思いを馳せ、また、誰と誰が連れて行かれて未だ帰って来ないと、口々に話していた。
あの若い夫婦だけでなく、この街の皆が砂漠に連れて行かれた人たちのことを思っているのだ。
きっと、藁(わら)にもすがる思いだっただろう。
<帝国>騎士団を相手に為す術もなく、途方に暮れる最中、
<帝国>騎士でありながら自分たちを助けてくれる者が現れたのだ。
助けて欲しいと必死になるのも当然であった。
「(でも・・・)」
あれは、実のところ言えば、住民たちを助けるためではなかった。
もちろん馬車を壊したのは、砂漠に連れて行かれるのを阻止したものであったが、あれは主にユーリたちが行ったこと。
自分があの場に現れたのは、ユーリたちがキュモールに見つかることを避けるため。
面倒なことになる前に、事を納めようとしただけなのである。
礼を言われるべきは、ユーリたちであり、誰よりもこの街の人たちの身を案じているエステルだ。
「・・・・・・・・・」
突然、リリーティアはその足を止めた。
そして、外套(ローブ)の下にある腰に携えた短剣にそっと触れる。
あの時、人知れず引き抜かれた短剣。
それは常に彼女の腰に提げられている。
誰の目にも触れられる位置に、何の変哲もなく。
しかし、どんな事があっても、公の場でそれが引き抜かれることは殆どといってない。
共に旅をするユーリたちでさえ、一度も見たことがなかった。
それを、キュモールと対峙したあの時、
外套(ローブ)に隠れていたとはいえ、短剣は引き抜かれた。
そのことの意味の重さを、彼女は知っている。
その意味の答えを。
足元をじっと見詰めていたリリーティアの表情が、段々と厳しいものへと変わっていく。
しばらくそこに佇んでいたが、不意にその顔を上げると、腰に提げた鞄から何やら取り出した。
取り出したそれに、何かを書き付けていく。
それを書き終えると、彼女は頭巾(フード)を深く被り、再びその歩を進めた。
しかし、その足は街の大通りではなく、建物同士の隙間にできた狭い道へと向かっていった。
街の人も滅多に通らないような狭い道を、足早に進んでいくリリーティア。
彼女の手に握られているのは、騎士団の使う符牒(ふちょう)であった。