第21話 覚悟
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「はぁ~・・・やっと帰ってきた。砂漠はもうこりごりだわ・・・」
「ホントだよ・・・」
リタが疲れ切った声で呟くと、カロルもそれに同調した。
ヨームゲンを出て、再び砂漠の中を進むこと数日。
道のりの長さを知っているだけ往路よりはましとはいえ、
砂漠が過酷であることに違いはない。
昼の灼熱に喘ぎ、夜の冷え込みに凍えながらの砂漠の旅もこれでようやく終わりを迎える。
「・・・・・・」
リリーティアは深く被っていた頭巾(フード)を少し上げて前を見た。
その視線の先にあるのは、陽炎で揺らぐ密集した家屋、そして、大きな泉。
マンタイクはもう目の前だ。
街を離れて砂漠に向かったのはせいぜい十日前のことだが、
過酷なことが続いたせいか、それ以上の長さを旅したように感じた。
「あれ?・・・人が外に出てる」
街の入り口付近にさしかかった時、エステルが言った。
見ると、確かに住人と思しき人々が通りに出ているのが見えた。
そこには一台の馬車も停まり、その周りを中心として人だかりが出来ている。
「外出禁止令ってのが解かれたのかもね」
リタはそう言うが、少し様子がおかしい。
よく見ると、街の住人らしき者たちは追い立てられるようにして馬車に誘導されており、その周囲を<帝国>の騎士が取り囲んでいた。
そして、その騎士たちの中心に立っているのは、
化粧をした顔に厭味な笑いを張り付けた、やけに奇抜な色合いの男----------、
瞬間、リリーティアは僅かに目を細めた。
「---------キュモール・・・!」
その姿を認めた途端にその声を上げたのはリタだ。
以前、ヘリオードで暴政を敷いた揚句、
ユーリたちに追い払われて姿を晦ました騎士団の隊長がそこにいた。
フェローの調査のために住民を砂漠に放り出している張本人。
今も数人の住民が、砂漠に向かう馬車に乗るように無理強いをされている。
その光景を前に、エステルが顔色を変えて飛び出そうするが、それをユーリが手を引いて止めた。
それでもエステルは今にも飛び出したいと言わんばかりに、その表情には焦りが見える。
「急いてはことを仕損じるよ」
「うむ、ここは慎重に様子見なのじゃ」
レイヴンとパティの言葉に、エステルは声も無くおずおずとして頷くと、一行は騎士団に見つからないように体勢を低くしながら、近くの潅木(かんぼく)に身を潜めた。
ひとまず、そこからキュモールたちの様子を窺いみることにした。
「ほらほら、早く乗りな!楽しい旅に連れてってあげるんだから、ね?」
リリーティアたちが隠れている場所まで少し距離があるが、
それでもはっきりと聞き取れるほどの甲高い声。
キュモールのその顔には不適な笑みが浮かんでいた。
「私たちがいないと子どもたちは・・・!」
胸の前で手を組み、懇願するように一組の男女が涙ながらに訴えている。
しかし、そんな姿を見てもキュモールのその笑みは消えない。
「翼のある巨大な魔物を殺して死骸を持ってくれば、お金はやるよ。そうしたら、子ども共々楽な生活が送れるんだよ」
寧ろ、その笑みはさらに深くなり、唇は大きく弧を描いた。
明らかに楽しんでいる。
人々の苦しむ様を見て優越感に浸っている者の笑みそのものであった。
「お許しください!」
「知るか!乗れって言ってんだろう、下民どもめ!さっさと行っちゃえ!」
さっきまでの不適な笑みは一瞬にして消え、糸が切れたように怒り叫ぶキュモール。
アルフとライラの両親の話によると、二人も同じような扱いで、ああして強引に砂漠へ連れて行かれたのだという。
「それでどうするのかしら?放っておけないのでしょう?」
「わたしが・・・!」
ジュディスがユーリの横顔を見て尋ねたが、彼が答えるより早くエステルが声を上げた。
「今はいかない方がいいと思うのじゃ」
パティの意見にユーリも頷くと、ヘリオードでのことを言っているのだろう、エステルが行っても状況は変わらないと話した。
「・・・じゃあ、どうするんです?」
問われたユーリは少し考え込むと、カロルをちらりと横目で見た。
「カロル、耳貸せ」
首を傾げながらも、カロルはユーリの傍に歩み寄る。
ユーリが何やら耳打ちすると、カロルの目が大きく見開いた。
「ん~・・・で、できるけど」
何を言われたのか、カロルは少し困り顔であった。
それでも、ユーリが強く頼むと渋々と彼は承諾し、いつも肩から下げている大きな鞄から何かを取り出した。
それは、工具(レンチ)であった。
機械などの組立に使用され、締結部品を固定したり緩めたるするためによく使われる工具だ。
リリーティアはそれを見て、ユーリがカロルに何を頼んだのかを察した。
同時に、今はそれが何より得策だろうと、ただ黙って彼らを見守る。
「危なかったら・・・助けてよ?」
少し不安げな表情を残し、カロルは身を低くしてユーリたちから離れていく。
「何するか知らないけど、大丈夫なの?」
「ま、少年の活躍に期待しようじゃない」
「のじゃ」
彼の背を見送りながらリタが不安げに言うが、
対照的にレイヴンとパティはなるようになるとでも思っているのか、楽観的であった。
その間にも、カロルはさらに騎士団たちの傍に歩み寄っていく。
見つからないように椰子(やし)の木や潅木の影に身を潜めながら、
人だかりとは反対側、つまり馬車の右側へするすると近づいた。
「ノロノロ、ノロノロと下民どもはまるでカメだね。早く乗っちゃえ!」
キュモールはまったく気づいていないようで、
あいかわらず街の人々に向かって罵声を上げ続けている。
「キュモール様、全員無事に乗りました!」
隊長であるキュモールに告げると、その騎士は御者台に座り、たずなを手に持った。
いよいよ砂漠へと向かおうとする騎士団たちに、
その様子をただ見守るこしか出来ないエステルが焦った様子で両手を握りしめた。
「カロル・・・」
ぎゅっと強く握り、祈るエステル。
ゆっくりと動き始める荷馬車。
上手くいかなかったのだろうかと思いかけていたその時、ガタンと荷台が大きく傾いた。
途端、馬車の車輪がひとつ、耳障りな音と共に根元から外れてしまった。
それは右後方の車輪。
無論、カロルが細工をしたのだ。
ユーリがカロルに耳打ちしたのは、馬車に細工をして使えないようにしてくれということだった。
カロルは手先が器用で、これまでにも何度か壊れた旅の道具などをよく自分で修理したりもしていた。
だから、馬車の車輪に細工をするなど、そんな彼にとってはお手の物であった。
「何してるんだ!?早く馬車を出せ!!」
キュモールが怒り叫ぶが、そう言っても倒れて砂にめりこんだ馬車を立て直すだけでも一苦労である。
しかも、最初に倒れたときの衝撃で、後輪だけではなく前輪も折れ曲がっていた。
これにはどうしようもなかったようで、腹立たしげに馬車を蹴ると、睨む目をもって振り返った。
「きーっ!馬車を準備したのは誰!?」
配下の騎士たちを見回すが、当然、答えなど返ってこない。
騎士たちは互いの顔を見合わせたままで、そこにはただ重く不穏な空気が流れるだけ。
彼らのその様子を見ながら、リタが半ば呆れたように呟いた。
「これがガキんちょに授けた知恵ってわけね」
と、そこで、姿を消していたカロルが一行のところへ戻ってきた。
ユーリが会心の笑みを浮かべて、彼を迎える。
「お疲れさん」
「ふーっ・・・ドキドキもんだったよ」
レンチを持った手で額の汗を拭ぐい、カロルも少し誇らしげな表情だ。
ユーリは労をねぎうようにぽんとその肩を叩いた。
「でもさ、これってただの時間稼ぎじゃない」
リタの言う通り、馬車を壊して住人たちの砂漠行きを阻止したとはいえ、
やったことは単なる時間稼ぎにすぎなかった。
馬車の修理が終わるか、あるいは、代えの馬車でも用意できれば、
また街の人たちを砂漠に送りこもうとするだろう。
「これが限度ね。私たちには」
「うちらも旅の途中だからの」
ジュディスとパティが言うように、現状ではこれが精一杯というところでもあった。
だが、エステルはどうしてもこのまま見過すことが出来ないようだった
「俺たち、気付かれる前にここを離れた方がいいんじゃなあい?」
確かに、キュモールが部下の騎士たちに気をとられているうちに早く街へと入るべきだ。
彼らに見付かると厄介なことになるのは明らかで、それだけは避けたい。
しかし、レイヴンの言葉にもエステルは引き下がらなかった。
挙句には自分で何とかすると言い出し始めた。
「わたしが皇帝の者として話をしたら・・・!」
「ヘリオードでのこと、忘れたのかしら?」
ジュディスは前にその蛮行を暴いた際、
開き直ったキュモールがエステルの命をも奪おうとしたことを指摘した。
「そうだよ。あいつ、お姫様でもお構いなしだったんだよ」
エステルの”ほっとけない病”にカロルも口を挟む。
だが、それでも彼女は納得できないようだ。
彼女の気持ちは、ここにいる皆が分かっている。
何より、今ここで馬車に押し込められそうになっている人々の姿を見たばかりだ。
リリーティアもあれは無視できない。
とはいえ、現状は目の前の蛮行を妨害することの以外は何もできないだろう。
これからどうするかは、今ここで話すべきではない。
彼らの話を今の今まで黙って聞いていたリリーティアは、いよいよ口を開いた。
「とにかく、今は早くこの場から離れたほうがいい」
「でも、・・・このままだと大人はみんな残らず砂漠行きです」
どうしてもキュモールの行いを止めたいエステルは、その声にも力がこもる。
「大人がいなくなれば、もしかしたら次は街の子どもたちが---------------!」
「----------誰かいるのかい?!」
「!?」
キュモールの声にエステルははっとして口元を押さえた。
その声は明らかに隠れているユーリたちのほうに向けられたもの。
いよいよ気づかれてしまった。
皆が息を潜め、身動き一つせず、
どうにかその場をやり過ごそうとしたが、
しかし、キュモールの部下の一人がこちらに近づいてくる。
このままでは確実に見付かってしまう。
小声で何度もどうしようと慌てふためくカロル。
このままじゃ自分たちのギルドもどうなるか分からないと、首領(ボス)である彼の表情はそれはひどく青ざめていた。
「(ここでまたやつと面倒を起こすことだけは避けないと)」
<帝国>の姫であるエステルの命をも奪おうとした相手だ。
カロルが心配するように、もちろん同時に彼女と一緒にいるユーリたちも何をされるか分からない。
何より、ここにはアルフとライラの両親もいる。
「(なら・・・・)」
リリーティアは頭巾(フード)の下から、ひたと前を見据えると、
体勢を低くして前に進み、先頭にいるユーリの横に並んだ。
「私が出る。あとで宿で打ち合いましょう」
「え・・・!」
声を上げそうになったエステルに、リリーティアはしっと口元に人差し指を立てた。
不安げに見てくる彼女にリリーティアは微笑む返すと、彼女は静かにその場を離れる。
そして、灌木の脇へと抜け、外へと向かう。
ユーリはそれを止めようとその手を伸ばしかけたが、
全員が騎士団に見つかってしまう危機的な状況に、ここはリリーティアにすべて託すことに決めた。
ユーリたちが固唾を呑んで見守る先には、
堂々たる足取りで進んでいくリリーティアの姿があった。