第20話 古慕の郷
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一夜明け。
朝食を済ませた一行はヨームゲンを引き上げることにした。
それぞれに荷物を抱え、街の入り口近くに架けられた小橋を渡った先、木々に挟まれた街道に一同は集まった。
そこにはもちろん、あの兄妹の両親も一緒にいる。
「ボクたちはこれからどうする?」
カロルの言葉を皮切りに、砂漠に出る前にそれぞれの今後を巡って話し合った。
「あたしはガドスの喉笛のエアルクレーネにいくわ」
まず、リタがこれからの目的を話した。
始祖の隷長(エンテレケイア)も気になるが、先延ばしのままになっているエアルクレーネをそろそろ調べたいということだ。
昨日一日、聖核(アパティア)のことを調べていたリタ。
あの後、デュークにもう一度会って色々と訊ねてもみたらしいが、やはりと言うべきか一切相手にされなかったという。
「俺様はベリウスに手紙を渡さないとなぁ」
レイヴンが空を見上げて言う。
昨日の夜はそこに下弦の月が浮かんでいた。
砂漠の道のりと、マンタイクからノードポリカまでの道のりを考えると、
新月にしか会えないベリウスには、そろそろ闘技場へと向かう頃合いでもあった。
「ボクもベリウスに会ってみたい。ドンと双璧と言われてるギルドの統領(ドゥーチェ)がどんな人なのか知りたいよ」
「オレもノードポリカか。マンタイクの騎士団の行動、フレンに問いたださなきゃな。ま、ノードポリカにまだ居れば、の話だけど」
フェローを探し出すという初仕事が惨敗に終わった小さなギルド『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』。
カロルとユーリも次の目的地は同じということから、
『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』の面々はノードポリカへと向かうということになった。
「わたしは・・・・・・」
次に、エステルが重く口を開いた。
「始祖の隷長(エンテレケイア)が〈満月の子〉を忌み嫌う理由を知りたいです」
これから自分はどうするべきか悩んでいたエステル。
手掛かりがなくなって、これからやるべきことを見失いかけていた彼女は、一晩懸命に考えた末に、やはりその心にあるのは自分自身の力の意味を知りたいという想いだった。
リリーティアはそこに複雑な想いを抱えながら、ただ黙って彼女を見ていた。
「だから、フェローに会わないと・・・」
「気になるのはわかるけど、フェローに会うくらいなら何か別の方法を探した方がいいわ」
「そうだな・・・砂漠を歩いてフェローを探すのはちっと難しそうだぜ」
ここまで来て会えなかった以上、他の方策を考えたほうがいい。
リタとユーリの言葉に、エステルは頷くしかなかった。
とはいえ、どうしようかとエステルが考え込んでいると、
「だったらみんなでノードポリカに向かうのはどう?」
皆の意向を取りまとめる形で、不意にジュディスが言った。
「始祖の隷長(エンテレケイア)に襲われた理由、-------それがわかればいいんでしょ」
一拍間を置いて、ジュディスは言葉を続けた。
「ベリウスに会えば、わかると思うわ」
「・・・・・・」
ジュディスのその言葉に一行は驚く。
だが、ひとりリリーティアだけは表情には出していないものの、その瞳の奥で彼女を勘繰って見ていた。
「闘技場は始祖の隷長(エンテレケイア)と何かしら関係があるってこと?」
「確かにイエガーがノードポリカの始祖の隷長(エンテレケイア)がどうとか言ってたしねぇ」
「ヤツの言葉を信じるならな」
勘繰るリリーティアとは違い、リタとレイヴンの会話をはじめ、
ユーリたちはジュディスの言葉に何も思うことなく話を続けていた。
「ま、ベリウスに会いに行くなら途中でガドスの喉笛も通るわけだし、ノードポリカを目指すか」
ユーリたちやエステルはノードポリカが目的地であり、リタの目的であるエアルクレーネもその道中にある。
すなわち、皆が同じ道を辿らざる得ない。
彼女の意見に誰も異論があろうはずもなく、皆がそれに納得した。
そこはリリーティアも同じだったが。
「パティはどうする?」
「確か、ノードポリカにはパティをよく思っていない人が・・・」
話がまとまりかけたとき、ユーリがパティを見た。
パティは自分の記憶を取り戻すという目的があるが、これ以上砂漠の探索はひとりでは危険だろう。
とはいえ、ノードポリカに共に向かうこと、エステルは心配した面持ちで見やった。
「平気なのじゃ。あんなのは相手にしなければいいだけなのじゃ。さっさと海に出れば問題ないのじゃ」
だが、当の本人はいたって気にしていない様子を見せた。
パティはノードポリカから海へ出て、また新たな地へと記憶を取り戻す冒険に出ると話した。
つまりは、彼女もユーリたちと一緒にいくという。
「じゃあ、まずはマンタイクに戻ろう」
いよいよ話がまとまったと見てカロルが声を上げた。
「ベリウスに会えるのは新月の夜でしたっけ?」
「ああ、ベリウスに会うなら急がないと。新月過ぎて、またひと月待たされるのはゴメンだしな」
次のやるべきことが見えて逸るエステル。
それに応えるユーリも、彼にしては珍しく急いているように見えた。
フェローに肩すかしを食らったせいなのかもしれない。
話し合いを終え、一行がそれぞれに砂漠に向かって歩き始める。
「(・・・ベリウスに会えば分かる、か)」
見守るように彼らの様子をただ黙って見ていたリリーティアの心中には、ジュディスのこの言葉に対しての喩えようのない感情が渦巻いていた。
その言葉に当然ながらユーリたちは驚いていた。
だが彼らはいつの間にか、ジュディスの思わせぶりな言動に慣れてしまっているらしい。
なぜベリウスに会えば分かるのか。
なぜジュディスがそんなことを知っているのか。
ことさらそれを問うこともなく、これまでに見聞きした断片的な情報を引き合いに出して素直に納得していた。
しかし、リリーティアだけは違った。
ジュディスに尋ねたい問いがいくつもあった。
あまりに皆がなにも疑問を抱かないから、結局それを口にすることはできなかっただけで。
なぜ彼らは納得できたのだろう。
リリーティアは少し不思議に思えた。
でも、それこそが当然のようにも思えた。
そう思った時、リリーティアは心の奥底で何かが重く圧し掛かったような気がした。
「またこれるといいわね」
その声に内心はっとすると、ジュディスがこちらを見ていた。
リリーティアは一瞬なんのことか分からず、何故かいやに鼓動が早まったが、すぐに彼女の言葉を意味を理解すると、その鼓動は途端に収まり安堵さえ覚えた。
「ええ」
リリーティアは目を伏せて頷くと、羽織っていた外套(ローブ)を胸に手繰り寄せるように握り締めた。
砂漠を越えるために、この街で新調した外套(ローブ)。
その時、店を営む老婦と約束を交わした言葉。
”またこの街に遊びにきておくれ”
その声と共に浮かぶは、穏やかで優しい老婦の笑顔。
「きっと、いつかまた-------」
リリーティアは顔を上げると、ジュディスに笑みを浮かべた。
けれど、続けて言おうとしていた言葉は思わず飲み込んでしまっていた。
リリーティアの言葉にジュディスも微かな笑みと共に頷くと、背を向けた。
ジュディスの背を前に、今ならまだ間に合うとリリーティアは自分自身に言い聞かせると、飲み込んでしまった言葉をもう一度口にしようと口を開きかけた。
しかし、ユーリたちの後に続いてジュディスが一歩足を踏み出した瞬間、結局リリーティアはその口を硬く閉ざしてしまった。
------------”ジュディスと一緒に”。
ジュディスに向けて言おうとした言葉。
けれど、今のリリーティアにはどうしても言えなかった。
ユーリたちと同じでいられたならば、或いは口に出来たかもしれない。
ジュディスの言葉を一切疑うことなく受け入れる。
仲間を心から信頼している、彼らの心と同じであったならば。
リリーティアは静かに目を閉じると、頭巾(フード)を手に取る。
胸の奥に感じる不快なものを締め出すかのように、彼女はそれを頭に深く被った。
そうして、まっすぐその瞳を向けると、彼女もユーリたちの後に続いた。
未だ僅かに感じる胸の奥の重みを、肩に背負った荷物のせいにして。
第20話 古慕の郷 -終-