第20話 古慕の郷
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あれからどのくらいそこに立っていただろう。
デュークが去っていった後、リリーティアは長い間そこに立って彼が去っていた闇の中をじっと睨むように見ていたが、静かに眼を閉じると、ゆっくりとその眼を開いた。
何事もなかったかのように再び宿に向かって歩き出す。
やはり、誰もが寝静まっている今の時間帯では、誰一人としてすれ違うことはなかった。
デューク一人を除いては。
そして、リリーティアが世話になっている宿に近づいたその時、草木を吹き渡る風が彼女の頬をなでる。
夕刻、黄金花の下で感じた甘く香る風とはまた違い、それは爽やかで緑薫る風だった。
その風を感じて何を思ったのか、リリーティアは不意に足を止め、徐に自分の左手の甲を見た。
「そういえば、どうしてあの時・・・」
しばらくその手を見詰めた後、リリーティアはぽつりと声をこぼした。
彼女は思い出していた。
巨鷲が起こした竜巻の中に飲み込まれそうになった時のことを。
あの時はそれなりの覚悟をした。
あの竜巻の中に飲み込まれれば確実に無事では済まされないのか分かっていた。
だから、身の危険の感じたのと同時に、覚悟もしたのだ。
すでに身体が悲鳴を上げていたあの状態では、最悪の場合だって有り得たのだから。
けれど、結局はかすり傷程度にすんだ。
今ではエステルの治癒のおかげで、すべての傷が綺麗に消えている。
あれだけの攻撃を受け、浅い傷で済んだのは何故か。
あの時、何かに体を掴まれて強く体が引っ張られた。
そして、気付けば自分の体は熱い砂の上に放り出されるように倒れていたのだ。
視界が闇の中にありながら感じたそれらの感覚。
リリーティアは、あの時自分の身に何が起きたのか分かっている。
あれは自分が竜巻に飲み込まれる直前、巨鷲があの逆巻く渦から逃がしたのだ。
だから、かすり傷程度の怪我で済んだ。
言わば、助けられたのと同じ。
攻撃しておきながら、どうして巨鷲は突然あんな行動を取ったのか。
それはあまりに理解に苦しむ行動だった。
それこそ意図が読めない。
皆が助かってここにいるということは、やはりはじめから命を奪うつもりではなかったのかもれないが、だからといって、わざわざそこまでして助ける意味がどこにある。
「たった私ひとりの命に・・・」
”やつ”らにとっては取るに足りないものでしかない、この命に。
”やはり、人間とはどこまでも罪深い種族よ”
あの時の”やつ”の声が頭に響く。
リリーティアはぐっと唇を噛み締めた。
罪深いのは人間という種族ではなく、それと知りながら生きている者の身勝手さだ。
「私のように・・・」
誰に言うでもなく、リリーティアはひとり呟いた。
そして、音もなく息を吐くと、彼女は再びその歩を進めた。
宿の前に来ると、ユーリたちが世話になっている家の傍にラピードが寝ていた。
寝ているとはいっても、ただ眼を閉じてその顔を地面につけて寝そべっているだけで起きてはいるようだ。
リリーティアが宿を出るときもラピードはそこで同じように寝ていたのだが、今度はその体を起こして、何故かこちらを見上げてきた。
リリーティアアはラピードの傍に歩み寄る。
「ただいま、ラピード」
ラピードは鼻先を上げて、彼女の言葉に応える。
いや、そうではないようだ。
リリーティアの顔をじっと見ている。
彼女は首を傾げた。
「私の顔に何かついてる?」
けれど、ラピードは啼くこともせず、黙したままただリリーティアを見詰めてくるだけだった。
気のせいかもしれないが、その目は何か言いたげなものにも感じた。
やっぱりラピードには適わないのかもな。
その視線の意味はわからないが、リリーティアは何となくそう思った。
「おやすみラピード。明日もよろしく」
「ワフ」
この時はラピードも小さく啼いて応えてくれた。
リリーティアは微かに笑みを浮かべると、ラピードの頭をそっと撫でた。