第20話 古慕の郷
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誰もが寝静る、闇が深まった夜。
静寂の中に、ただ夜虫の声が啼いている。
リリーティアは街の中心にある広場にいた。
周りに人の姿はなく、彼女一人。
広場には日除けの傘がついた椅子(ベンチ)があり、住人たちの憩いの場となっているらしく、この場所は木材で組んで造られらたデッキが湖の畔に建てられていた。
デッキを囲う柵から向こうには、遮蔽物のない見晴らしのいい広大な湖と連なる山々の美しい景観が広がっている。
ゴゴール砂漠の中であるにも拘わらず、夜は凍えるような寒さでなく、少し涼しさを感じるほどに過ごしやすい気候であった。
リリーティアはふと空を見上げた。
夜空には煌く星々と、半分に欠けた月が浮かんでいる。
でも、街の中にありながら、結界の光の輪がないということにはやはり違和感があった。
結界の外で野宿しているのと同じ感覚で、魔物に備えての見張りがいると分かっていれば別だが、ここは結界がないにも関わらず街の周りを警備している様子もない。
それを見ると、リリーティアはどうも安心して眠ることは出来ず、どこか落ち着かなかった。
その上、始祖の隷長(エンテレケイア)が近くにいる可能性だってある。
”やつ”が傍にいるかもしれいないのだ。
そう思うと、彼女はどうしても眠ることが出来なかった。
「(なぜ、あの時〈満月の子〉を狙わなかった・・・)」
リリーティアにはそれが不思議でならなかった。
たとへ、あの巨鷲は〈満月の子〉のことは何とも思っていなかったのだとしても、それ以前にあそこには”やつ”がいた。
姿は見ることはなかったが、確かに”やつ”はあの近くにいたのだ。
おそらく遠くから自分たちを見ていたに違いない。
「(怪物を前にしたあの感覚は、やつと同じものを感じた)」
リリーティアは空を睨むように見詰めた。
あの怪物を眼の前にした時の、あの感覚。
ただの魔物を前にしたときとは明らかに違ったものであった。
けれど、その中には初めてではないような感覚があった。
得体の知れない初めての相手を前にして、なぜそんな感覚を覚えたのか、あの時は分からなかった。
でも、今なら分かる。
あれは、”やつ”を、始祖の隷長(エンテレケイア)を前にした時と同じだ。
そう理解した時、リリーティアは思った。
あの怪物は、”やつ”の仕業、”やつ”の罠だったのかもしれいないと。
それに、エステルが持っていたやつの羽根のこともある。
それを見た時、半ばそれを確信した。
しかし、そうだとしたら、それこそおかしな話であった。
あの時〈満月の子〉の命を狙わなかった理由が余計に理解できない。
何か他に意図があったのか。
「(ここに連れてくるためだとしても・・・)」
もしそこに他の意図があったとして、彼女はひとつに、このヨームゲンという街、千年前のこの場所に連れてくるためだと考えた。
でも、なぜこの場所に連れてくる必要があったのか。
デュークと”やつ”との関係は分からないが、彼に会わせるためだとしても、彼の口から聞かされたことはそれほどの情報でもなく、最後には”やつ”に近づくなと警告を受けただけ。
そして、彼は躊躇いもなく聖核(アパティア)を消滅させた。
もしかして、それをさせるためだったのだろうか。
彼自身は、自分たちが来ることは予想だにしていなかったようだが。
リリーティアは音もなく息を吐いた。
千年前の時を生きるこの街が当然現れた理由も、自分たちがここにいる理由も、今は何を考えても確かな結論は出そうにない。
これもまた、”やつ”らから直接聞くしかないのだろう。
考えに耽るのをやめると、リリーティアは踵を返した。
そろそろ宿に戻ろう。
眠れなくとも横になるだけでも体は休めるものだ。
階段を下りて広場から出ると、少し進んだ先に左右に分かれている道に出た。
そこから宿に続く左の道にその歩を進めようと思った矢先、その反対側、右側の道からこちらに向かってくる人の気配を感じてリリーティアははっとして見た。
僅かに照らされた月光の下に浮かび上がる、黒い影と仄かに煌めく銀色。
リリーティアはとっさに身構えた。
相手もリリーティアの姿を認めると、その眼が僅かに鋭くなる。
「・・・・・・意思ある者か」
それは、デュークであった。
しばらく互いの間に沈黙が流れる。
「相変わらず、おまえは何を考えている?」
最初にその沈黙を破ったのはデュークだった。
デュークの問いにリリーティアは数秒ほど間を置き、探るような眼で彼を見ると静かにその口を開いた。
「あなたこそ、何を考えているのですか?」
リリーティアはその問いには一切答えず、相手にそれをそのまま返した。
始祖の隷長(エンテレケイア)や〈満月の子〉のことを知り、そして、聖核(アパティア)の存在を知り、それを消滅させた。
賢人(さかびと)の家で話していた様子では、恐らく彼はもっと多くを知る身だろう。
それ以前に、始祖の隷長(エンテレケイア)と仲間という可能性も十分考えられる。
いや、今や始祖の隷長(エンテレケイア)と繋がっていると、リリーティアは半ば確信に近いもを持っていた。
彼のこれまでの行動は始祖の隷長(エンテレケイア)と、そして、竜使いと同じだ。
かつては戦争の発端となった主犯格である始祖の隷長(エンテレケイア)と戦い、人間側を救ってくれた彼ではあるが、しばらくせずに人間との決別を宣言した。
その理由はリリーティアの知るところではなかったが、同じ種族であるはずの人間と決別をしたほどの理由があるということは、人間側が、正確には<帝国>の人間側が彼を裏切ったのだと見ていいだろう。
そこにどんな裏切りがあったにせよ、”やつ”らに味方をするならば、
自分と彼は、-------けして相容れない、敵同士。
十年前、彼らを助けようとしてくれたことに感謝こそすれど。
その時、デュークの眼が一層鋭くなった。
「あの男と一緒になって道化ているつもりか」
瞬間、リリーティアも彼を鋭く睨み返す。
互いに睨み合い、再び沈黙の時が流れる。
その漂う張り詰めた空気とは裏腹に、二人の周りは夜虫の声と風に揺れる草花の音が静かに響き渡っていた。
それからどのくらい睨み合いが続いた時だろうか。
不意にデュークがその眼を閉じた。
そのまま何も言葉を返すことなく、彼はリリーティアアの横を通り過ぎた。
リリーティアもまた、彼が闇の中に去っていくのをただ黙って見ているだけだった。