第20話 古慕の郷
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***********************************
旅の準備を終えたリリーティアは、街を見て回ってくるというジュディスと宿の前で別れ、残りの荷物を抱えて宿の中に入った。
自分たちが休む部屋の戸口を潜ると、部屋の片隅にはすでにいくつかの荷物が置かれている。
そこにリリーティアが今持っている残りの二つの雑嚢を並べ置くと、腕に持っていた外套(フード)をばさっと広げた。
そのまましばらくそれを見ていたリリーティアは、ふと部屋の外から何やら声が聞こえてくるのに気付いた。
「おでん、おでん~♪」
パティの声だと、リリーティアは部屋の戸口へと視線を向けた。
何やら上機嫌に歌っているらしく、部屋に中に入ってきた彼女を見ると、その両手には大きな器を持っていた。
その器からはいくつもの串が見えている。
部屋の外から聞こえてきた歌の通りに、それはおでんだった。
「お、ちょうど良かったのじゃ。ティア姐もおでん食うか?」
そう言って、パティは部屋にある丸机にそれを置いた。
宿の主人にお願いして、宿の台所を借りて作ったのだという。
今出来上がったところのようで、器からは出来立ての証でもある湯気が立っている。
「それじゃあ、ひとつ頂こうかな」
広げた外套(ローブ)をたたんで荷物と一緒に置くと、リリーティアは丸机と一緒に備えられている椅子に座った。
パティも、「よっこいしょ」と少女らしかぬ言葉をこぼしながら向かい側の椅子に腰を下ろす
「なんか難しい話になっとるみたいじゃのう」
器にある串おでんをふたつ手に取りながらパティが言った。
どうやら賢人の家でデュークと話したことについてを言っているらしい。
「・・・ええ、そうだね」
パティから串のおでんをひとつ受け取りながらリリーティアは頷いた。
その串には白はんぺん、玉子、竹輪の三種が刺さっている。
確か、ノードポリカの港に入る時に食べていた串おでんの組み合わせもこれであった。
この組み合わせは特にパティが好んでいるものらしく、中でも白はんぺんがおでんの中で最高なのだという。
以前、皆と食べていた時も、それぞれにこの具が一番だと話す中で、パティはおでんの花形は練り物だと豪語していたほどだ。
いただきますと、リリーティアはパティにとって最高だという白はんぺんを一口食べた。
「ん、やっぱりパティが作るおでんはいつもおいしいね」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
パティは嬉しげに大きく頷くと、白はんぺんにぱくりとかぶりついた。
いつもパティの作るおでん料理は、出汁と味噌で煮込んだ”みそおでん”だった。
彼女曰く、必要なのは具材に対する熱い思いと甘い出汁、
そして、これはリリーティアにはよく分からなかったが、海の漢的な情熱だという。
「これはうちの祖父ちゃん秘伝の料理なのじゃ」
パティの祖父、つまりはアイフリードのことだ。
リリーティアは思わず串おでんを持っていた手に力がこもった。
どうにかその手を緩めると、胸の奥に圧し掛かる何かを感じながら平静とその口を開く。
「でも、パティには記憶がないのに・・・」
「アイフリードのことなら何でも知っとるぞ。色々と調べて回ったからな」
これまでパティはアイフリードの宝探しと共にいろんな場所を渡り歩いているらしいが、宝の情報を得るのと同時に、アイフリード自身の情報に関しても色んな人の口情報から、または、記された記録情報からと様々な方法で調べに調べてきたという。
そうして、周りからどんなに非難を浴びようと、彼女は自分の祖父の姿を追い求めてきたのだ。
「それで、うちがパティって名前だと教えてくれた人が、アイフリードだと知ったのじゃ」
「アイフリードがあなたの名前を?」
「んじゃ。その時のことが、うちにとっても一番古い記憶なのじゃ」
その手に持った串おでんを見詰めるパティ。
その瞳はどこか切なく、憂いさがあった。
いつもの彼女とは少しかけ離れたその瞳に、リリーティアは妙な息苦しさを感じた。
「あの時の優しい眼差しを思い出しただけで、うちはすごく温かい気持ちになれるのじゃ。祖父ちゃんがどうか本当のところはわからん。でも、うちにとってはそうとしか思えんくらい大切な人だった気がするのじゃ」
そして、パティは笑った。
それは彼女らしい笑顔だった。
それなのに、いや、それこそリリーティアはその息が詰まるのを感じた。
苦しい。
けれど、一番苦しいのはきっと目の前にいる彼女のほう。
それなのに彼女はけして笑顔を絶やさない。
いつも元気な声で、前向きな言葉で、貫く意思で、諦めない姿勢で。
ただひたすらに追いかけている、大切なその人を。
リリーティアはパティに向けていた目を思わず逸らしてしまった。
パティもまた、リリーティアには眩しい存在であった。
そして何よりこの身で犯した罪を思うと、こうして彼女とここにいることは許されないことなのだと思えた。
いや、実際は許されないことなのだろう、きっと。
「ティア姐・・・?」
その声に内心どきりとしながら、視線をパティに向けた。
黙り込んでいたリリーティアに、旅の準備をしていて疲れたのかと彼女は心配してくれたが、リリーティアは笑みを顔に貼り付けて、小さく首を横に振った。
「パティは、強いなと思って」
「そうか?ま、うちは岩場でじっとしておる保護色のイシガレイよりも我慢強いからの」
「・・・つらくても泣かない、そう言ってたね」
マンタイクで心無い言葉を浴びた時、彼女はそう言った。
辛くても泣かない、それがパティのモットーだと。
それが、彼女の生き方。
そうだとしても、理屈ではわかっていても黙っていてくれないのが感情というもの。
それでもパティは泣かないで来たのだろうか。
いや、たとへ人知れず涙を流していたとしても、彼女はただ前を向いて生きてきたのだろう。
大切な祖父と会うために。
いつも笑顔の絶えない彼女のことだから。
やはり、彼女は強い。
「どんな時でも、なんとかなる。明日は明日の風が吹く。なるようになれ、なのじゃ」
どうして、そこまで強くあれるのだろう。
その胸に悲しみを抱きながら。
どうして、世間の残酷さに耐え続けられるのだろう。
その背に苦しみを背負いながら。
「とにかく腹が空くから悲しい気持ちになるのじゃ。たくさん食べることなのじゃ」
そう言って、パティはふたつ目の具を、出汁の染みこんだ玉子を頬張った。
どうすれば、そうして真に強くあれるのだろう。
それは私にはないものだった。
それに、パティのそれは、私が求める強さとはまた違う。
彼女が持つその強さでは、----------もう守れる自信がない。
今の私には・・・。
リリーティアは静かに目を伏せた。
「ティア姐もひとつと言わず、どんどん食べるのじゃ」
パティはひとつ目をあっという間に平らげると、2本目の串おでんに手を伸ばしていた。
ありがとうと頷くと、リリーティアも再び串おでんにその口を運んだ。
「ん、・・・やっぱり美味しい」
「当然!なのじゃ!」
大きく胸を張って言うと、パティは一番の好物、白はんぺんを頬張った。
頬を大きく膨らませて美味しそうに食べているその姿にリリーティアの口元には笑みがこぼれた。
その胸の奥には、喩えようのない重い何かが圧し掛かっているのを感じながら。