第20話 古慕の郷
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ユイファンに教えられた道を辿っていくと、
ほどなくして街の奥まったところに、周囲に見える家々とはやや様式が異なった屋敷が建っていた。
それほど大きな建物ではないが、そこが賢人の家らしい。
屋敷の戸口は開いたままで、ユーリは戸を軽く叩くと室内に足を踏み入れた。
他の者も彼の後に続く。
整えられてはいるが、室内の様子は質素なものだった。
調度品は必要最低限で飾り気もない。
そのせいか面積に比べて、部屋が広く見える。
よく見ると、その簡素な部屋の隅で一人の男が背を向けて立っていた。
「邪魔するぜ」
男はユーリの声を聞き、静かに振り返った。
その瞬間、リリーティアは思わず身構えそうになったが、どうにかそれは抑えて目の前に現れた男を凝視した。
「え・・・、この人が?」
「あんたは・・・」
驚きに声をもらすカロルとリタ。
さすがのユーリもその目を見開き、僅かに驚きを露にしていた。
そこにいたのは思いもよらない人物。
「誰なのじゃ?」
「ここに来るまで何度か会ったってだけだよ」
一度も会ってないパティは首を傾げると、ユーリが答える。
その者は、これまで度々ユーリたちの前に現れていた。
ゲーブ・モック大森林でエアルクレーネの暴走を沈め、
楼閣ガスファロストでは魔導器(ブラスティア)の大剣を破壊した男---------デューク。
その腰にはしっかりと宙の戒典(デインノモス)が携えられている。
「おまえたち・・・どうやってここへ来た?」
「どうやってって・・・、足で歩いて砂漠を越えて、だよ」
抑揚のない声で問うデューク。
ここへ来た方法をなぜ問う必要があるのだろうか。
砂漠を越えることなど、そんなに驚くべきことではないはずだ。
それなのに彼は何故わざわざそれを問うたのか、リリーティアは訝しげに彼を見据えた。
「・・・なるほどな・・・」
ここでユーリたちと出会うのは予期していないことだったらしいと、リリーティアはすぐに見て取った。
それどころかデュークのその僅かな反応には、これはありえない出会いであるように窺えた。
どんな状況にあっても、ほとんど反応を見せない彼にしては珍しい。
彼のその反応には何の意味が隠されているのか。
彼がここにいる意味と大きく関係しているのか。
「だが、一体・・・?」
そう呟くデュークの目は、何故かエステルに向けられたが、その視線に気づいたエステルが首を傾げると、彼はすぐにその目を伏せた。
エステル向けた彼のその視線に、リリーティアはひとり警戒を強めた。
「ここに何をしに来た?」
「こいつについて、ちょっとな」
「・・・そうか」
ユーリは澄明の刻晶(クリアシエル)を顔の前に掲げて見せる。
すると、彼は僅かに目を細め、どこか納得したような言葉をこぼした。
「わざわざ、悪いことをした」
「いや。まあ成り行きだしな」
「・・・・・・」
ユーリはデュークへとその澄明の刻晶(クリアシエル)を渡した。
その様子をリリーティアは一段と険しい表情で見やる。
「そうか・・・だとするなら奇跡だな」
最後の言葉はどこか噛み合っていない。
そう思ったユーリは眉を潜め口を開こうとしたが、彼の後ろからリタが前に出できて、それは遮られた。
「あんた、結界魔導器(シルトブラスティア)を作るって言ってるそうじゃない。賢人(さかびと)気取るのもいいけど、魔導器(ブラスティア)を作るのはやめなさい」
リタはデュークを睨み上げる。
相手がそれを冷ややかに見返したからか、リタのさらにその目を吊り上げた。
「そんな魔核(コア)じゃない怪しいもの使って結界魔導器(シルトブラスティア)を作るなんて-------」
「魔核(コア)ではないが、魔核(コア)と同じエアルの塊だ」
怒りを露にするリタの言葉を遮り、デュークは続けた。
「それは術式が刻まれてないだけのこと」
「術式が刻まれていない魔核(コア)・・・?どういうこと!?」
リタは驚きに声をあげ、デュークの手にある澄明の刻晶(クリアシエル)に目を瞠った。
「一般的には聖核(アパティア)と呼ばれている。澄明の刻晶(クリアシエル)はその一つだ」
そう言いながら、デュークは澄明の刻晶(クリアシエル)、-------聖核(アパティア)を足元に置いた。
その事実に、ユーリたちは床に置かれた聖核(アパティア)へと一斉にその視線を注ぐ。
「これが聖核(アパティア)・・・!?」
「おっさんが探してるお宝かの」
この時はレイヴンも驚きに目を丸くしていた。
ドンから、そして、あの人からの命でそれを探していた彼にとっては、その事実は驚きであっただろう。
リリーティア自身も密かに探している身ではあるが、すでにその存在を知っていた彼女のその反応はユーリたちとは大きく違ったものだった。
彼女は厳しい眼つきでデュークを見ている。
「でも、あれはおとぎ話でしょ。理論が実証されてるわけじゃ・・・」
「どんな物にも原形は存在する。無論、魔核(コア)にも」
確かに、今ある魔導器(ブラスティア)の魔核(コア)は古代ゲライオス文明の遺跡からの発掘品だけだ。
とはいえ、人に手による術式が組みこまれた魔核(コア)がまさか自然界にそのまま存在していたわけではあるまい。
魔核(コア)が存在するのではあれば、その原石も存在する。
つまり、デュークはそう言いたいらしい。
それでもリタはまだ信じられないといった様子であった。
「それに賢人(さかびと)は私ではない」
戸惑う一行に、デュークはさらに言った。
「かの者はもう死んだ」
「・・・・・!」
彼の言葉に何かを感じとったのか、リリーティアは半歩足を踏み込んでいた。
その眼はさらに厳しさが増す。
「そりゃ困ったな。そしたらそいつ、あんたには渡せねぇんだけど」
「そうだな。私には、そして人の世にも必要ないものだ」
ユーリにそう言うと、デュークは携えていた異形の剣、宙の戒典(デインノモス)を両手に握る。
そして、刃の切っ先を下にして、高々と掲げた。
その先端は床に置かれた結晶、聖核(アパティア)に向けられている。
それを見たリリーティアは胸の内で舌打ちすると、踏み出していたその足をそっと引っ込めた。
途端にデュークを光輝く紋様が包み込む。
「ちょっとっ・・・!」
「おい、何すんの!待て待て待て!」
リタとレイヴンが声を上げたが、二人が止めるより早く、
その紋様は聖核(アパティア)をも呑み込み、一段と力強く煌きながら渦巻く。
聖核(アパティア)そのものに宿っていた光が剣に纏わりつくように溢れ出ると、煙のように揺らぎ、その色を薄めていった。
そして、それは細かな粒子となって、空気中に散っていく。
床を見ると、もうそこに聖核(アパティア)の姿はなかった。
「これ、ケーブ・モックで見た現象と同じ!?」
「あっちゃ~、せっかくの聖核(アパティア)を・・・」
リタはデュークが持つ剣が見せものに興味が注がれていたが、レイヴンはそんなことよりも聖核(アパティア)が消されたことにひどく落胆した。
片手で顔を覆って、ひどく肩を落としている。
「聖核(アパティア)は人の世に混乱をもたらす。エアルに還した方がいい」
そう言うと、デュークはリリーティアに一瞬だけその視線をやった。
一瞥しただけだったが、向けられたその眼は軽蔑を含んだものだとリリーティアは感じ取った。
だが、彼女はただじっとデュークを見ているだけで、何の反応も返すことはなかった。
「おいおい、だからって壊すことねえだろ」
「せっかくのお宝に乱暴なことをする御仁なのじゃ」
ユーリとパティの非難の声も、デュークは気にも留めずにただ目を伏せるだけだ。
「澄明の刻晶(クリアシエル)は・・・いえ、聖核(アパティア)はこの街を魔物から救うために必要なものだったんじゃないんです?」
「この街に結界も救いも不要だ。ここは悠久の平穏が約束されているのだから」
「・・・でも、フェローのような魔物も近くにいるんですよ」
エステルがそう話した瞬間、デュークはやや眼光を強めた。
「なぜフェローのことを知っている」
「そりゃ、こっちの台詞だ。あんたも知ってんだな」
その時、エステルは一歩前に出た。
両手は胸の前でぎゅっと握り締められ、意を決したような真剣な瞳である。
「知っていることを教えてくれませんか?わたし、フェローに忌まわしき毒だと言われました」
「・・・・・・なるほど」
彼女の言葉にしばらく沈黙すると、デュークはぽつりと呟いた。
やはり彼はユーリたちが知らないことを知っているらしい。
彼らよりはフェローのことを知るリリーティアも、彼の口から何が語られるのかとその身を固くした。
「この世界には始祖の隷長(エンテレケイア)が忌み嫌う力の使い手がいる」
「それが、わたし・・・?」
「その力の使い手を〈満月の子〉という」
「!・・・〈満月の子〉って伝承の・・・」
エステルははっと表情を変えると、どこか恐る恐るといった様子でデュークに訊ねた。
「もしかして、始祖の隷長(エンテレケイア)っていうのはフェローのこと、ですか・・・?」
「その通りだ」
デュークが頷くと、エステルは一呼吸置いて、その口を開く。
「・・・どうして、その始祖の隷長(エンテレケイア)はわたしを・・・〈満月の子〉を嫌うんです?始祖の隷長(エンテレケイア)が忌み嫌う〈満月の子〉の力って何のことですか?」
それを知るためにこの旅を続けてきたエステル。
彼女のその声も少しばかり大きくなっていた。
胸の前に握り締めていた手を、さらに強く握り締める。
「真意は始祖の隷長(エンテレケイア)本人の心の内。始祖の隷長(エンテレケイア)に直接聞くしか、それを知る方法はない」
だが、彼の口から語られたのはここまでだった。
「やっぱりフェローに会って直接聞くしかないってことですか?」
「フェローに会ったところで〈満月の子〉は消されるだけだ。愚かなことはやめるがいい」
挙句には、冷ややかな声で彼女の目的をばっさりと切り捨てた。
「でも・・・!」
エステルはさらにデュークに詰め寄った。
端正な顔立ちの彼女のその顔も必死の形相に変わっている。
それでもデュークは赤と黒の長衣(ローブ)の裾をひるがえし、背を向けた。
「立ち去れ。もはやここには用はなかろう」
「待って!あたしもあんたに聞きたいことがある」
聖核(アパティア)を壊されてから、ずっと考えこんでいたリタが突然声を上げた。
デュークは背を向けたままだったが、リタは続けた。
「エアルクレーネであんた何してたの?あんた何者よ、その剣はなに!?」
「おまえたちに理解できる事ではない。また理解も求めぬ」
「ちょっ、何よそれ!」
リタは拳を握り締めデュークの背を睨みつけたが、彼は振り向きもしなかった。
「去れ。もはや語る事はない」
石のような声が告げる。
なおも食い下がろうとするリタを、いよいよユーリが引き止めた。
デュークという男は、誰に何を言われたところで答えるような人物ではない。
そう見てか、これ以上は無駄だろうとユーリは外に出ようと仲間たちを促した。
「・・・・・・」
皆が立ち去っていく中、リリーティアは一度デュークの背を見やったが、
結局最後まで口を開くことなく、皆に続いて賢人の家を後にした。