第20話 古慕の郷
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エステルたちのもとへ戻ってみると、すでに全員が外に出て揃っていた。
皆が怪我もなく無事のようだ。
リリーティアとレイヴンは、さっそく住民から聞き得たことを彼らに話して聞かせた。
ここが幽霊船の日記に書かれてあったヨームゲンという街だということに、エステルは誰よりも驚いていた。
彼らも結界がないから魔物を退けるために澄明の刻晶(クリアシエル)が必要だったのかと少し納得は見せたが、やはりそれは千年も前の話で、結界がないままのこの街の存在には誰もが疑問を抱いた。
「街の人にあの箱を見せて話を聞いてみるのはどう?」
分からないことをとやかく話し合っていてもそこから得られるものはなく、ジュディスの提案に皆が頷いた。
とにかく片端から尋ねて回ってみるしかない。
エステルは宿に置いてあるあの紅の小箱を取りに走ると、大事そうに抱えてすぐに戻ってきた。
「おまたせしました、行きましょう」
ひとまずはすぐ前に見えている店から聞いてみよう。
そうして、一行がそこへ向かおうとしていた時だ
「あの・・・」
リリーティアたちの背後で声がした。
振り返ると、まだ年若い女性が立っていて、
その視線は声をかけた一行たちではなく、何故かエステルの腕に抱えられた小箱を食い入るように見ている。
「その箱は、ロンチーの持っていた。・・・それをどこで?」
「え、この箱について何か----------」
「アーセルム号って船ですよ、美しい方。知ってるのかい?」
箱について尋ねようとしたエステルの言葉をレイヴンが遮る。
それは相手の女性が美しい面立ちをしているからだろう、彼は妙に気取った態度で女性の前に出た。
「ええ・・・!あなた方、アーセルム号をご存知なんですか!?」
「え、ええ。偶然、海で見つけて・・・」
突然のレイヴンの行動には一瞬困惑していたが彼女であったが、レイヴンが口にした名がよほど重要なことであったらしい。
船の名を聞いた彼女はすぐに身を乗り出すように必死な形相で尋ね返してきた。
その必死さにはレイヴンも若干気圧されている。
「ロンチーに会いませんでしたか?」
「む・・・、ロンチーってどちらさん?」
「あ、私の恋人の名前です。・・・すみません、突然で」
途端にレイヴンはがっくりと頭を垂れた。
「恋人ぉ・・・ちぇ。カロルくん、交代」
「まったく、もう・・・」
挙句には拗ねたように首を振ると、さっさと一行らの後ろへと引き下がった。
カロルは呆れ顔で彼を見ると、ひとつため息をついて女性の前に立った。
「えっと、ボクたちが見たのはその、・・・船の方だけなんだ」
「そ、そうですか・・・」
女性は見るからに落胆した。
そのあまりの落ち込みように、カロルはどんな言葉をかけていいものなのかと困っていたが、不意に横からジュディスが彼女へと訊ねた。
「あなたの名前を聞いていもいいかしら?」
「あ、私はユイファンと言います」
ユイファン-------それはアーセルム号の日記にあった名前だった。
あの船の船長の恋人であるらしい。
それにしても、それもまたおかしな話であった
日記にあった記録は千年も前の話のはずだ。
それなのにあの船で見た名前の主が一行の目の前に今そこに立っている。
「あんた、澄明の刻晶(クリアシエル)って知ってるか?」
気になることは多々あったが、ユーリはまず澄明の刻晶(クリアシエル)について訊ねた。
ユイファンは頷いて答える。
「魔物から街を守るために必要なものだと賢人(さかびと)様がおっしゃっていました。ま、まさか、その箱の中に?」
ユイファンはエステルが抱えている紅の小箱をじっと見詰めると、エステルは笑みを浮かべて、彼女の前にその箱を差し出した。
「はい、わたしたち届けにきたんです」
「そう、だったんですか」
ユイファンは一度視線を落とすと、そのまま自分の衣服の裾から何やら取り出した。
彼女の手に握られているのは、小さな鍵。
「その鍵、まさか・・・」
ユイファンはエステルにただ頷くと、箱を手に取った。
鍵穴に差し込んだ鍵がカチリと音をたてたかと思うと、あれほど固く閉ざされていた箱はあっさりと開いた。
箱が開くと、そこから青く透き通った光が溢れ出す。
「なんてきれい・・・」
目を瞠ってしばらく見詰めていたエステルは、ユイファンから承諾を得て、箱の中から輝くそれをそっと取り出した。
「うわあ・・・これがもしかして澄明の刻晶(クリアシエル)?」
「みたいね・・・」
箱の中には大きな宝石のようなものが入っていた。
弾んだ声を上げるカロルの隣で、リタは魔導器(ブラスティア)の研究者らしく興味深げに注視している。
「ピカピカキラキラ、海面で瞬く夜光虫よりもキレイなお宝なのじゃ」
宝石の原石とも見紛う塊のそれは、大きさはちょうど人の子どもの頭ぐらい。
不思議な彩りの結晶で、その輝きは太陽の光を反射しているのではない。
石そのものが内側に光を宿しているかのようだった。
「(やはりこれは・・・)」
それぞれに皆がその結晶に目を奪われている中、
リリーティアは僅かに目を細め、どこか深刻な瞳をもってそれを見ていた。
「で、さっき言ってた賢人(さかびと)様って誰のことよ?」
レイヴンが訊ねる。
「賢人(さかびと)様はこの街の遠い所からいらしたクリティア族の偉いお方です」
「クリティア族の・・・?」
カロルはクリティア族であるジュディスを見ると、ジィディスは知らないと言いたげに首を傾げてみせるだけだった。
「結界を作るってことは、魔導器(ブラスティア)を作るってことよね?」
「ブラス・・・ティ、ア?さ、さあ・・・」
リタの問いにユイファンは言葉を詰まらせ、怪訝に首を傾げた。
その様子からして、魔導器(ブラスティア)という言葉自体、聞き慣れないものだったらしい。
リリーティアは少し前に話をしていたあの年配の女性のことを思い出した。
彼女も結界魔導器(シルトブラスティア)のことを知らなかった。
どうやらこの街の住人たちは魔導器(ブラスティア)の存在自体を知らないようだ。
「でも、今の技術じゃ魔導器(ブラスティア)は作れないでしょ?」
「それを作るヤツがいるの。見たでしょ、エフミドやカルボクラムで」
リタは少し苛立ちげな視線をカロルに投げた。
カロルの言うように今の時代、新たな魔導器(ブラスティア)を作る技術は存在しないことになっている。
けれど、リタが疑うようにヘルメス式魔導器(ブラスティア)の存在がある。
裏で活動している、人の手によって作られた魔導器(ブラスティア)が。
「その賢人様とやらがあのメチャクチャな術式の魔導器(ブラスティア)作った奴じゃないでしょうね」
リリーティアは心の内で密かにそれを否定した。
ヘルメス式魔導器(ブラスティア)の実態を知る彼女は、ただただ沈黙を守り、静かに成り行きを見守る。
「ご、ごめんなさい、私よくわからないんです・・・」
訳が分からずに疑惑の目を向けられ、ユイファンは困惑した表情で首を横に振った。
「とにかく、街を守るために澄明の刻晶(クリアシエル)が必要だって賢人様がおっしゃって。それを探しにロンチーは旅に出て・・・。もう三年にもなります」
「・・・三年、ね。そりゃ心配するわな」
三年と聞いて、ユーリは微かに眉を潜めると、一行はユイファンから一度背を向けると、彼女に聞こえないよう声を抑えて話し始めた。
「なんか、色々と話がおかしくない?」
「話が噛み合ってませんね」
カロルとエステルが不思議げに首を傾げた。
「千年の間違いじゃないん?」
「それじゃあ彼女、何歳?」
話しているレイヴンとリタの間で、パティが閃いたようにぽんと手を叩いた。
「三年前と千年前と同じことがあったのじゃ、たぶん」
「歴史は繰り返すと言うけど、それはどうよ」
彼女のその閃きも、それこそありえないとレイヴンが肩をすくめた。
今持っている情報だけではまるで結論が出ない。
早々にそう判断したジュディスがユイファンへとあることを訊ねた。
「その賢人様、この街にいるのでしょう?どこにいるのかしら?」
「あ、はい。街の一番奥の家に」
なら、賢人様に会って詳しい話を聞いたほうが早いと一行はさっそく向かうことにした。
それならと、少し遠慮気味にではあったが、
変わりに澄明の刻晶(クリアシエル)を届けて欲しいとユイファンに頼まれ、一行は快く承諾した。
「すみません、よろしくお願いします」
深々と頭を下げるとユイファンは紅の小箱を大事に抱えながら、その場を去って行った。
「じゃあ、行ってみよう」
そして、カロルの声を皮切りに、ユーリたちは賢人様がいる家に向かって街の中を歩き出す。
皆がそれぞれに歩き出す中、リリーティアは何やらじっとひとり考え込むと、少し遅れて彼らの後に続いた。