第20話 古慕の郷
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「まさか、ここがヨームゲンとはなぁ」
エステルたちの元へ戻る道中、空を仰ぎ見ながらレイヴンは続ける。
「確か、魔物を退けるために澄明の刻晶(クリアシエル)が必要だっていう街よね」
だから魔物を退ける方法を探していたのだろうかと、結界の光輪がない青空をじっと見詰めた。
彼の隣を歩くリリーティアは少し何やら考える。
「でも、あれはもう千年も前の話です」
「それで、今の今まで結界なしで暮らしてるのはちと妙だな」
魔物を退ける力を持つ澄明の刻晶(クリアシエル)があれば街は助かる。
あの船の船長だったと思われる彼が記した日記にはそう書かれていた。
結界がないからそれが必要だったと単純に考えれば納得できるが、それが書かれた日付は千年も前のこと。
千年以上も魔物に襲われず、こうして平穏に生活が営むことが出来るものだろうか。
「それに、そもそも結界魔導器(シルトブラスティア)という存在自体を知らないようでした」
魔導器(ブラスティア)は自分たち人にとってなくてはならない存在。
中でも結界魔導器(シルトブラスティア)は人々の生活に重要なものだ。
なのに、彼女は結界魔導器(シルトブラスティア)そのものを知らなかった。
いくらここが辺境の地にあるからといってその存在を知らぬ者は誰一人としていないだろう。
おかしな話であった。
「おかしいといえば、ここら一帯は砂漠じゃないっていうあの発言もそうよね」
そう、二人にとってはそれが一番に不可解な話だった。
結界魔導器(シルトブラスティア)の存在を知らないことに関しては、可能性としてまだ何かしらの理由が考えられる余地はあるが、砂漠ではないというあの言葉だけはどうにも理解できなかった。
リリーティアはその足を止めると、僅かに目を細め遠くを見詰める。
青々とした緑に溢れる畑や木々たち。
その中に点々と建つ木造の家屋。
それを見る限り、砂漠に囲まれた土地とは思えない場所だ。
緑豊かな大地と言っていたのも頷ける。
けれど、ひとたび遠くを見れば----------、
「どう見ても遠くには砂漠らしい景色が見えるんだけど」
彼女に倣ってレイヴンも手を額に当てて、遠くに見える景色を眺めた。
そこには不毛のデズエールと言われる通り、砂と岩に埋め尽くされた大地が見える。
二人のその瞳に映るのは確かに砂漠。
やはりここはゴゴール砂漠のどこかなのは明らかだ。
「それに、誰が私たちを街の入り口まで・・・」
「あんなところ通りかかって、あの人数全員を助けるなんて相当奇特なやつだわな」
顎に手を当てて考えるレイヴンの横で、リリーティアは僅かに眉を潜めた。
彼女の脳裏にはあの巨鷲のことが頭に過ぎっていた。
街の入り口で倒れていたというのも気になるが、それ以前に、彼女の中では始祖の隷長(エンテレケイア)がそこにいながら、自分たちがこうして助かっているということのほうが気がかりだった。
あの時、皆が砂漠の上で気を失って倒れた。
そして、そこにはエステルが、---------------〈満月の子〉がいた。
なぜ始祖の隷長(エンテレケイア)は〈満月の子〉を狙わなかったのか。
いわば、絶好の機会だったはずだ。
あの巨鷲は〈満月の子〉のことは何とも思っていなかったのだろうか。
なら、なぜあそこに現れたのか。
あの洞窟の時のように近くにエアルクレーネがあるような感じでもなかった。
まさか、自分たちを助けるためだったとでもいうのか。
「ここへきてほんとに幽霊に呼ばれたってことはないわなぁ」
ひとり深く考え込んでいたリリーティアは物思いからはっとしてレイヴンを見る。
彼は気難しげに空を仰いでいた。
「もしかしてここが天国だったり-------、は・・・!」
突然何かを思い出したのか、彼は大げさに両手で頭を抱え出した。
「もしそうなら世界中の俺のファンが悲しんじまう!」
「・・・・・・何言ってるんですか」
何事もなるようになると思っているのか、こんな状況でも彼は相変わらずのようだ。
そういえばケーブ・モックでそんなこと言ってたなと、少し懐かしく思いながらリリーティアが苦笑をこぼすと、二人の前に立っていたラピードが不意にこちらに振り向いた。
「ワンワン!」
「ラピードがそんなわけないって言ってますよ」
「え~、・・・ていうか、わんこ、ほんとにそう言ってる?」
ジト目で見てくるレイヴンに、リリーティアはさぁとでもいうように首を傾げてラピードを見ると、
「ワン!」
ラピードはそうだとでも言う様に一声啼いた。
それに対しレイヴンは何やら抗議の言葉をラピードに投げていたが、ラピードはふいと顔を背けて聞こえていない振りをみせている。
一人と一匹のそのやり取りが可笑しくて、リリーティアは思わず笑いをこぼした。
それと同時に、彼女は改めて安堵の思いに溢れるのをその胸に感じていた。
だって、変わらずに彼はここにいるのだから。
彼が言うように、もしもここが天国ならば、その安堵も意味のないものになってしまうけど。
とはいえ、どこか不思議な雰囲気の街ではあるがそれは心配ない。
なぜなら----------、
「とにかく、今はエステルたちのもとへ戻りましょう」
今は一先ずエステルたちの元へ戻って今後のことを話すべきだ。
澄明の刻晶(クリアシエル)のこともある。
リリーティアはまだラピードに何やら不満を言ってるレイヴンにそう声をかけると、エステルたちが待っている場所へと向かって歩き出した。
---------------もしもここが本当に天国なら、私はここにいないはずだから。