第4話 奇跡
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----------「リリーティア?」
その声だけははっきりと聞こえ、リリーティアは我に返った。
気づくと、エステルが首を傾げてこちらを見ている。
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事してて・・・」
いつの間にかハルルの街の長はいなくなっており、ユーリたちは街を出てからのことを話し合っていたらしい。
長にアスピオのことを聞いたところ、「ここから東の、陽がほとんどささない洞窟の中にある日陰の街がそんな名前の街だった」と話してくれたそうだ。
フレンが向かった先も東だと言っていたから、そこに向かおうという話をしていたのだとエステルが説明してくれた。
「そういや、リリィ。モルディオのこと知ってるってことは、アスピオってとこも知ってるってことか?」
「長が言っていた通り、ここから東に学術閉鎖都市がある。そこは、<帝国>が管理している魔導器(ブラスティア)の研究施設がある場所で、魔導士の多くはそこで日夜研究を行っているんだ」
「フレンはそこに?」
「おそらくは。長の話では、結界の直す魔導士を探しに彼はここを発ったようだし」
「じゃあ、そこにいけば、フレンに会えるかもしれないんですね!」
エステルはぱっと表情を輝かせた。
ハルルの街を離れるとフレンに会えなくなるかもしれないと思っていたから安心したようだ。
「モルディオという人も、そこにいると思うよ」
「よし、決まりだな。待ってろよ、モルディオのやろう」
必ず捕まえてやると言わんばかりに、ユーリの表情は決意に満ちていた。
彼の住む下町のことを思えば、意気込むのも同然だろう。
二人の目指す場所が同じだということがわかり、行き先はすぐに決まった。
そして、街の出口に差し掛かろうとした時、エステルが急に立ち止まった。
リリーティアはどうしたのかとエステルに声をかける。
「不謹慎かもしれませんが・・・、わたし、旅を続けられて、少しだけうれしいです。こんなに自由なこと今までなかったから」
「大げさだな」
ユーリは少し呆れた口調で言ったが、リリーティアは微笑んでいた。
嬉しい気持ちの奥に複雑な心境を内に秘めてはいたが、それでもエステルの喜んでいる姿は素直に嬉しかった。
彼女のこれまでの生活を考えれば、城の中で過ごした時間はとても窮屈なものであったはずだ。
外の世界を知らなかった彼女だからこそ、軟禁に近い生活でさえも不満に思うことはなかっただけのこと。
だから、外を知ったことは彼女にとって意味のあるものだと、リリーティアは信じている。
「で、カロルはどうすんだ?」
「港の街に出て、トルビキア大陸に渡りたいんだけど・・・」
カロルの言う港の街と言えば、アスピオとは正反対にある。
本大陸の西の先に位置する場所に位置し、リリーティアたちと行き先とは真逆の方向だ。
「じゃあ、サヨナラか。カロル、ありがとな。楽しかったぜ」
「お気をつけて」
「あ、いや、もうちょっと一緒について行こうかな」
二人の別れの挨拶に、カロルは頬をかきながら呟いた。
「なんで?」
「やっぱ、心細いでしょ?ボクがいないとさ」
訝しるユーリにカロルは胸を張って答える。
その姿にリリーティアはくすりと小さく笑った。
その姿は無理して背伸びをしているようで、それがまた子どもらしく、つい可愛いなと思ったのだ。
もちろん、そんなことを言えばカロルは怒るだろうから、彼女は口に出すことはなく心の内に留めておいた。
「ま、カロル先生、意外と頼りになるもんな」
「では、みんなで行きましょう」
「カロル、よろしく」
歓迎する皆の言葉に、カロルは腕を振り上げて元気一杯に応えた。
そして、街の出口を通り過ぎ、東に向かって結界の外へと進んだ。
ふとリリーティアは足を止めると、もう一度ハルルの街へと振り向いた。
街の中心にある小高い丘にそびえ立つハルルの樹を遠くに見上げる。
暖かな風にハルルの花びらが夜空を舞う。
それは、街全体を彩って夜空の星と相まって幻想的な光景を生み出していた。
何年たっても変わらない、その美しい景色に彼女は目を細めた。
その時、優しく吹いていたそよ風から一変して、強い風が吹いた。
リリーティアはその強い風にとっさに目を瞑る。
-------------「いつまでも、待ってるわね」
「ぇ・・・?」
強い風の音と共に聞こえた、声。
リリーティアは目を見張り、空に舞う花びらと共に遠くにあるハルルの樹を呆然と見詰めた。
「(今の・・・声・・・)」
何処からともなく聞こえた声。
気のせいかと思った。
けれど、その声に、聞き覚えがあった。
そして、風の中に感じた温もりにも覚えがあった。
さらには、この状況と同じようなことが、遠い過去の中で一度あった、気がして・・・。
そうだ。
その声は、その温もりは----------、
「お、か ----- っ!!」
その誰かを口にしようとした瞬間、リリーティアは顔を強張らせた。
瞳を大きく揺らし、彼女の額には少しばかり汗が浮かんでいた。
彼女は目を閉じ、肩を大きく上下するほどの深い息をひとつ吐くと、ゆっくりとその目を開いた。
そして、顔を上げて、もう一度ハルルの樹を見上げた。
まるで、何事もなかったかのような出で立ちで。
「リリーティアー!みんな行っちゃいますよー!」
その声に振り向くと、エステルが手を振って呼んでいた。
「奇跡の力、か」
それは、ハルルの街の人たちの誰かが言っていた言葉。
エステルの治癒術でハルルがよみがえるのを目の当たりにして、そう零していたその言葉。
確かに人の力であの大きな樹をよみがえらせるなど奇跡としか言い様がない。
実際に見ていた者でもそれは信じられない事で、聞いただけの者はきっと簡単に信じることはできないだろう。
それだけ、現実では考えられないことなのだ。
今の段階では、エステルの力でハルルの樹をよみがえらせたとは言い切れないが、彼女は計り知れないほどの力を持っているのかもしれない。
リリーティアの中では、そう思い始めてもいた。
遠くで手を振るエステル。
それは、とても楽しそうで、また旅が続くことが本当に嬉しいのが分かる。
これから、まだまだいろいろなものが見られることに期待に満ちた瞳をしていた。
それを見れば、やはりただの好奇心に満ちた少女でしかなく、彼女が持つ〈満月の子〉の力が計り知れないほどの力を秘めているということは到底信じられない。
しかし、もしも、古来の〈満月の子〉の力を秘めいていると分かった時は----------。
リリーティアはそこで考えるのをやめると、もう一度、遠くにそびえ立つハルルの樹を見上げた。
そして、風と共に聞こえてきた声を思い出す。
「(あの声は気のせいだ、きっと)」
そう自分に言い聞かせ、自嘲の笑みを浮かべると、
リリーティアは踵を返し、まるでその声から逃げるように、足早にユーリたちの元へと向かった。
ハルルの樹をよみがえらせた奇跡が、単なる偶然であることを願いながら。
第4話 奇跡 -終-