第20話 古慕の郷
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「---------------・・・エス・・・テル」
気づくと、暗闇から一点して明るく照らされた天井が見えた。
自分はどうしたのだろう。
リリーティアは夢現の中で考えた。
「リリーティア、良かった・・・!」
視界の隅にエステルの顔が見えた。
心配した表情でこちらを覗き込んでいる。
そこでリリーティアははっとした。
横になっている体を急いで起こす。
「あ、急に起きないほうが・・・」
心配するエステルの声をよそに、リリーティアは寝台から上体を起こすと辺りを見渡した。
ふと傍には、エステルだけでなくその向かい側にジュディスが立っているのに気づいた。
「気分はどう?」
ジュディスは微笑みを浮かべてこちらを窺っている。
そこにも少し心配した表情が含まれていたが、リリーティアは彼女の問いにも答えず、ただただ辺りを見渡していた。
どうやら木造の一室のようだが、ここは何処だろう。
いや、そんなことより・・・・・・、
「みんな・・・無事?」
そう訊ねたすぐ、リリーティアの息が一瞬詰まった。
胸の奥に止め処ない不安が押し寄せる。
そのあまりに切羽詰ったようなリリーティアの様子に、エステルとジュディスは戸惑いの表情で顔を見合わせた。
「ええ、大丈夫よ。みんな無事らしいわ」
ジュディスは答えると、視線をリリーティアから外してその奥へと目をやった。
その視線を辿ってみると、エステルが座っている寝台のその隣。
そこにリタが横になって寝ていた。
さらに奥の寝台に目をやるとパティも寝ている。
見た様子では穏やかな寝息をたてていて、大きな怪我もしていないようだ。
ここは宿の一室らしく、この家の人の話によると街の前で倒れていたリリーティアたちをこの街の住民たちが見つけて助けてくれたのだという。
ユーリたちはこの宿屋の隣の家に運ばれているらしく、兄妹の両親もここから数軒離れた家にいるということだった。
それを聞いた彼女は音もなく息を吐いた。
不安は大きく拭うことはできたが、それでもまだ少し不安は残っていた。
ユーリたちは本当に大丈夫なのだろうか。
-------------------彼は?
姿を見るまではどうにも安心できそうにない。
リリーティアは視線を落とすと、かけられていたらしい毛布を強く握り締めた。
その表情は少し険しい。
「リリーティア、本当に大丈夫です?」
エステルは不安げに顔を覗き込んだ。
あまりに不安げなその表情。
リリーティアは今さならがらに気づいた。
そういえば、目覚めた時に見た彼女の顔はとても心配げにしていた。
ジュディスもどこか労わった笑みを浮かべていたように思う。
「あなた、さっきまで酷くうなされていたのよ」
あまりに苦しそうだったと話すジュディスの言葉に内心ぎくりとした。
きっとあの夢のせいだ。
そうして今になってリリーティアは自分の異変に気づいた。
全身にひどく汗をかいている。
額に触れてみると、べったりと汗が手についた。
汗に濡れた手を見ているリリーティアの前にジュディスが手拭いを差し出した。
リリーティアは戸惑い気味に受け取るとそれはひんやりと冷たく、
ふと見ると彼女の横にある台の上には水を張った丸い容器が置かれている。
うなされているリリーティアの姿に、ジュディスがこの宿の主人に頼んでくれたらしい。
エステルからそれを聞いて、ジュディスに礼を言うと汗にぬれた顔を拭いた。
汗をかいた肌にはそれは冷たくて心地よかった。
「どこか痛むところはありませんか?」
リリーティアは寝台の上で腕を曲げたり膝を立てたりと、軽く体を動かしてみたがどこも痛む所はなかった。
だから大丈夫だと返したが、エステルはまだ心配した表情でこちらを見ている。
「浅い傷ではありましたけどたくさん怪我を負っていましたし・・・」
そういえばと、リリーティアは手の甲を見る。
あの時の戦いの中、巨鷲が起こした竜巻によって負った傷を思い出して見てみたが、そこにはもう傷はなく、痕さえもなく綺麗に消えていた。
手の甲だけでなく、頬や額などにも負ったすべての傷が綺麗に消えていた。
それもどうやらエステルが治しくれたようで、浅かったのもあってか痕も残らなかったようだ。
「ほんとに大丈夫だから。それより、・・・一体ここはどこなの?」
リリーティアは笑みを浮かべて答えると、寝台から腰を上げて改めて部屋の様子を窺った。
室内は木造だったが、低い天井で素朴なその部屋の作りは、窓から見える景色も含めてリリーティアには見知らぬもので、砂漠地帯にマンタイク以外の街があったことには正直驚いた。
室内の開け放たれた窓から風が吹き込む。
それは涼しくもないが、熱風というには程遠く、肌に感じるその風は砂漠とは縁遠いものだ。
なんとなくこれまで訪れた街とは雰囲気が違う、そんな不思議な感覚があった。
「私たちもまだここのことは知らないんです」
「マンタイクの他にこんな街があるなんて、私も知らなかったわ」
二人は目覚めてから、まだこの街については何も聞いていないらしい。
砂漠地帯に詳しいジュディスでさえもこの街の存在は知らなかったようで、不思議げな顔を浮かべで窓の外へと視線を向けていた。
窓の外をよく見回すと至る所に木々をはじめとした青々とした緑があり、その中に点々と木造の家屋が建っている。
それを見る限り、熱砂に囲まれた土地とは思えない場所であった。
しかし、遠方の景色は不毛のデズエールを埋め尽くす砂と岩が見え、やはりここはゴゴール砂漠のどこかに違いない。
「ひとまず、外に出て様子を見てみよう」
もう少しこの状況を確かめる必要があるだろう。
リリーティアは寝台の傍に置かれた鞄と武器を手に取ると、いつものように腰に提げた。
そして、部屋を出ようと歩き出すと、エステルが慌てて腕をとってそれを引き止めた。
どうしたのかと振り返った瞬間、リリーティアの体は温かな光に包まれる。
それはエステルの治癒術だった。
「もう大丈夫みたいですけど、念のため」
そう言ってエステルは眉根を寄せながらも微笑んだ。
リリーティアは何度か目を瞬かせてエステルをじっと見ると、不意にふっと口元に笑みを浮かべた。
「(やっぱり、あの光もエステルだったんだね)」
夢の終わりに見た、闇を照らしたあの光。
それはとても温かく、優しい光だった。
どこかで感じたことのあるものと思っていたけれど、
それはエステルの治癒術を受けた時に感じる治癒の光の温かさと同じだった。
きっと傷を負って夢の中でうなされていたのを、その治癒術で助けてくれていたのだろう。
ヘリオードで気を失っていたリタの時と同じように。
不思議なことに、彼女のその優しさは夢の中で苦しんでいた自分をも助けてくれたのだ。
「ありがとう、エステル」
その深い感謝の想いを胸に秘めて、リリーティアは嬉しげに微笑んだ。