第19話 砂漠
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「サジッタグローリア!」
矢の如く降り注ぐ無数の光。
巨鷲は避けることなく、すべての光をその身に受けると甲高い声を上げた。
その様子に何を思ったのか、リリーティアは軽く舌打ちすると、巨鷲に向かって駆け出した。
「テネブレ!」
駆け出したままに唱えた魔術。
突如として現れた渦巻く闇の攻撃には、巨鷲は軽々と避けた。
「ウンブラオルニット!」
立て続けに発動して現れた術式から影のような漆黒の大鳥が現れ、その大鳥は喊声(かんせい)をあげると、赤い瞳をぎらりと光り輝せる。
赤い瞳に睨まれると大抵の相手はその動きを封じ込められるが、始祖の隷長(エンテレケイア)の前では、それは通用しないらしい。
漆黒の大鳥は一瞬の速さで突撃したが、それを上回る速さで巨鷲は上空へ飛んだ。
巨鷲は上空で留まり嘴(くしばし)を大きく開くと、そこから大きな火玉を放ったが、駆けていた足を止めて、対抗するようにリリーティアも水属性の魔術を放った。
互いの攻撃が激しくぶつかり合い、彼女と巨鷲の間には熱い蒸気と爆風が逆巻く。
凄まじい衝撃波に彼女の体は宙を舞ったが、どうにか受身を取ってその衝撃を和らげた。
すぐさま体勢を立て直そうとしたが、はっとして顔を上げて見ると、始祖の隷長(エンテレケイア)が放ったものだろう、光り輝く無数の弾が眼前に迫ってくるのに気付いた。
はじめのいくつかの光弾は寸前で避けたが、息つく間もなく襲ってきた残りの光弾からは動きが間に合わず、彼女は悲痛な声をあげ、遠く後ろに吹き飛ばれてしまった。
握っていた武器もその手から離れ、黄砂の上に転がり落ちる。
自由なる空を生きる、巨大なる生き物。
限られし地を生きる、微小なる生き物。
生きた年月も天と地以上に違う、生命力。
歴然とした差が目に見えて分かる互いの力を前に、人の身ひとりで勝てるわけもなかった。
それでも、リリーティアは立ち上がり続けた。
その上、そこに立ち上がった時には、すでに彼女の頭の中にはいくつもの術式が組み立てられている。
さっきまで意識を失いかけていた者の動きとは思えない。
邪魔だとばかりに、ボロボロになった外套(ローブ)を剥ぐように捨て脱ぐと、愛用の武器を手放しても尚、彼女は強大な敵と戦う意思は揺ぎ無く、面と向かって再び駆け出した。
見据えるその鋭い眼は瞬きひとつなく、始祖の隷長(エンテレケイア)へと向けらている。
「聖なる制裁-----------サンクトクステラ!」
「出でよ、断罪者---------アラストール!」
大地の轟きとともに大地が激しい音を立てながら無数に爆発した。
巨鷲は直撃を逃れたが、その粉砕波に空を飛んでいた体勢を崩し、先の攻撃が終わらない内に発動させた魔術、二つの黒い鎌の攻撃は、動きが鈍っていた巨鷲の身体に直撃した。
これには巨鷲も大きく悲痛な啼き声を上げた。
「猛り狂え---------ウェルテクスドラコ!」
この機を逃がすまいと、彼女は詠唱なく上級魔術を放った。
広範囲に巨大な水の渦が発生し、そこから水龍が現われて巨鷲へと襲いかかる。
巨鷲は上空高く飛んで逃げようとしたが、その攻撃の大半もその身に受けた。
瞬間、怒りに近い咆哮を上げる巨鷲。
反射的に彼女は身構えたが、けれどそれは前のように頭の奥が圧迫されるような感覚は襲ってこない。
「・・・!」
その代わりというべきか、リリーティアは数メートル前の異変に気がついた。
突然切り替わるように、前方の空気の流れが変わったのだ
たちまち気流は渦を巻き、黄砂と共に巻き上がっていく。
あの咆哮は竜巻の起こす攻撃の合図だったらしい、
リリーティアは足を後ろに蹴って、その攻撃から逃れようと動いたが、竜巻はあっという間に巨大になり、逃げようとする彼女を渦の中へと引きずり込もうとする。
竜巻の引力は凄まじく、それだけでなく風と共に逆巻く砂漠の砂は彼女の身体に容赦なく叩きつけた。
そんな中では身動きはまともに取れず、増して眼さえも開けていられない。
彼女はただ体勢を低くして、体中に力を込めてどうにかその場に踏ん張っていたが、瞬く間に、その体は宙に浮いてしまった。
あの竜巻の中に取り込まれれば単なる怪我では済まされない。
リリーティアが身の危険を感じた、その時であった。
何かに上体と両足を掴まれたような感覚があり、その瞬間後、竜巻に引き寄せられていたのとは反対方向にぐっと体が引っ張られた。
眼も開けられない闇の中で、自分の身に何が起きているのか訳が分からないまま、宙を飛んでいると思われた感覚の後、最後は熱くざらついたものを肌に感じて、自分は砂地に倒れ伏したのだと分かった。
リリーティアはゆっくりと闇に沈む視界の中に光を受け入れた。
霞む景色から徐々に鮮明になる景色。
彼女は呻き声を漏らしながらも、膝をついてそこに起き上がった。
顔を上げると、攻撃の名残か、まだ僅かに砂煙が舞っている先の中で巨鷲が降り立っている姿が見える。
リリーティアは膝に手をついて立ち上がろうとした。
よく見ると、彼女の手や足、額や頬といった露になった肌には、まるで木の葉で薄く切られたような赤い線がついている。
先の竜巻で負ったものだろう、すべてが浅い傷のようだがその数は多かった。
痛み滲む身体。
苦しげにもれる息。
幾筋にも流れ落ちる汗。
それでも彼女はしっかりと足をついて、そこに立ち上がった。
彼女はけして諦めない。
相手がどんなに強大でも。
相手がどんなに恐れる存在であっても。
そこに”やつ”らがいる限り。
渦巻く炎は、逆巻き、猛り。
悲鳴を上げる身体の痛みも、汗に染みる傷の痛みも、
感じる痛みすべてを意識の外に退けて、逆巻く炎をただ胸に灯し、眼の前の敵を睨み続ける。
「その眼は・・・」
突然、声が響いた。
だが、どこか声らしくない声。
それは、巨鷲から放ったものだった。
だからだろう、ダングレストで”やつ”から発せられたものと少し似ていた。
「・・・同じですね-------あの人と」
しかし、その時とはまた違ったものをリリーティアはその声に感じていた。
突如として放たれた巨鷲の言葉には、その身に感じることが色々とあったが、だからといって今ここで深く考える意味など、今のリリーティアにはない。
言葉以外に、この戦いの中で巨鷲の取った行動に対しても思うことがいくつかあったが、それでも彼女は、ただ一心に己が刃を己が敵へと振るい続けた。
”やつ”らの命は『消ス』。
それが、リリーティアのやるべきことであり、今の彼女の生きる道であるのだから。
その手に愛用の武器がなくとも、武醒魔導器(ボーディブラスティア)に意識を向け、逆巻く感情の全て、持てる力の全てを術式に込めて、倒すべき”やつ”らと戦い続ける。
「飲み込め---------オケアヌスマリス!」
覆い被さんとばかりに大きな津波が巨鷲を襲い掛かり、巨鷲は真横へと飛び立って一方から徐々に迫ってくる波の壁から逃げるが、その逃げ飛ぶ進路の先を狙って、リリーティアは下級の闇魔術で敵の退路を断った。
攻撃魔術に囲まれ、僅かの間、逃げる方向を失った巨鷲を前にして、リリーティアがかっと大きく眼を見開いた。
全神経を一気に集中させる。
「再び出でん----------!」
術式を発動させようと腕を振り上げかけた、まさにその時、
「”まだ抗うか、愚かな人間よ”」
「-------っ!!」
何度目かの、声らしくない声がまた響いた。
途端に、頭の奥の奥、脳が強く圧迫される感覚に襲われる。
それは少し前に巨鷲が咆哮をあげた時のものとは大きく違っていた。
その時とは比べようのない圧力が、頭を、脳そのものを押し潰そうとしている。
そんな感覚であった。
魔術を放つことも儘ならず、リリーティアは苦しげな声をもらして強く頭を抑える。
----------”やつ”か。
そう、その声こそがダングレストで放たれた”やつ”の声だった。
あの時よりもそれは威圧的だったが、すぐにそれだと分かった。
圧倒的な力を感じながらも、リリーティアはぐっと歯を食い縛り、そこに立ち続ける。
頭の中でもう一度術式を組み立て直そうとしたが、”やつ”の声がそれを許さなかった。
「”やはり、人間とはどこまでも罪深い種族よ”」
リリーティアの息が詰まる。
途端に彼女の額には幾粒の汗が溢れ、その場にがっくりと膝をついた。
巨鷲との戦いの中、どんなに体が悲鳴をあげようが、体中が痛みに襲われようが、何度もそこに立ち上がる姿をみせていた彼女が、鎧袖一触(がいしゅういっしょく)の如く、そこに崩れ落ちた。
意識を集中し、あらん限りの力を四肢に込めようとしても、体は思うように動いてくれず、呼吸さえもまともに出来なくなる。
このままでは本当に頭の中の脳そのものが押し潰される。
いや、押し潰れるというよりも、熱く焼き尽くされるかもしれない。
そんなおぞましい感覚に襲われても、彼女は気を失わんと必死にその声の主に喰らいつこうとした。
それこそ、ここで屈するわけにはいかなかった。
”やつ”の声を前にして。
朦朧とする意識の中でどうにか顔だけは上げてみせたが、僅かに霞む視線の先には巨鷲の姿しか見えない。
その声だけが、はっきりと”やつ”の存在を主張しているだけだった。
「”あのクリティア族の男といい、〈満月の子〉といい、忌々しいものだ”」
「っ!!!」
リリーティアの眼がこれ異常なく見開いた。
その瞳は激しく揺れ動く。
そして、胸の奥に渦巻く黒い炎がこれまでにないほどに逆巻いて燃え立った。
額には尋常ではない汗が流れ落ち、呼吸でさえ途切れ途切れの中で、怒りが沸々と湧き上がる。
リリーティアは怒涛たる怒りに任せ、僅かに開いた唇を震わせた。
「忌々しいのは・・・」
----------お前たちのほうだ・・・!!
怒りに震える感情とは裏腹に、その声はほとんど聞き取れないほどの掠れたものだった。
最後は声にもならず、とうとう彼女は倒れ伏してしまった。
薄れゆく意識の中でも、彼女の怒りはその心にあった。
けれど、それは”やつ”に対する怒りだけではなかった。
抗う言葉を、屹然なる意思を、不屈なる想いを、その内に持っているのに、自分の意識はそれに反して闇へと沈んでいこうしている。
リリーティアは、そんな自分自身が一番に腹立たしかった。
そして、その怒りの裏に潜む、もうひとつの感情がそこにあった。
その感情は、深くなる闇の中に微かな記憶を映し出す。
微かに浮かび上がる記憶。
それは、クリティア族の男の夢中な笑顔と〈満月の子〉の優しい笑顔。
彼を、彼女を、勝手に罪人呼ばわりするなど許さない!
彼も、彼女も、違う・・・!
私とは・・・違、う・・・。
だから・・・・・・。
この時、浮かんでいたふたつの記憶は、完全に闇の中に飲み込まれた。
いよいよに彼女の意識までもが、その闇に沈もうとしていく。
しかし、意識を失うその時まで、彼女の中には怒りがあった。
それと、もうひとつ。
それは----------、
「”恐れなくていいのです”」
冷たい闇の中に響いた声。
けれど、リリーティアはそれが現実なのか幻なのか分からなかった。
いや、すでにそれを考えるほどの意識が残っていなかった。
ただ、意識を手放す直前、冷たい闇の中で何か温かいものに触れたような気がした。
第19話 砂漠 -終-