第19話 砂漠
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静寂の中にどさっと何かが倒れる音が響いた。
リリーティアがはっとして前を見ると、そこにはカロルが砂の上に倒れている姿があった。
「カロル・・・っ!」
リリーティアはすぐにもカロルの傍に向かおうとしたが、踏み出したそうとした足は思うように力が入らず、がっくりと膝をついた。
武器である《レウィスアルマ》を支えに何とか立ち上がろうとするが、どうしても膝に力が入らない。
そうこうしている内に、カロルだけでなく、リタやエステルも意識を失い倒れていく。
間も置かずして、パティやレイヴンの疲労も極限に達してその場に倒れると何とか辛うじて立っていたジュディスも同じように倒れ込んでしまった。
「こりゃ、やべぇ・・・」
剣を支えにしてどうにか立ち上がろうとしているが、ユーリでさえも仲間を支えるゆとりがない。
だが、誰よりも仲間を守る意思の強い彼は、次々と倒れる仲間たちを前に必死な表情で意識を保ち続けていた。
そんな彼の姿を霞む視界に捉えながら、リリーティアも力なく砂地に倒れこんでしまった。
砂に触れる頬が熱い。
体全体に力が入らなず、彼女も限界であった。
「(・・・だめだ)」
それでも、リリーティアはどうにかこの状況を切り抜けんと意識を保ち続けた。
全員が倒れてしまっては、この灼熱の世界ではもはや助からない。
ふと、あの兄妹の両親を思ったが、彼らもまた自力では歩けないほどすでに弱っていた。
ようやく敵を倒したというのに、結局このままでは全員の命が危ない。
その時、またも倒れる音が彼女の耳に響いた。
いよいよユーリも倒れてしまったらしい。
彼も倒れてしまっては、一層ここで意識を手放すわけにはいかないと彼女はどうにか体を動かそうとした。
けれど、やはり体は思うように動いてくれない。
苛立ちを感じたその直後、また音が耳に響いた。
しかし、それは何かが倒れるような音ではない。
だんだんと近づいているのか、聞こえるその音は次第に大きくなっていく。
「(・・・羽ばたく、音・・・?)」
それは鳥か何か、翼を羽ばたかせているような音に似ていた。
魔物かと、リリーティアはどうにかその顔を上げた。
この状況で新たな魔物に襲われたらひとたまりもない。
それこそ、ここで命は尽きてしまう。
白く霞んでいる視界。
視界を染めるのは水色、それは雲ひとつない空。
そこにゆっくりと上から現れる、新たな色。
リリーティアは必死に目を凝らした。
僅かに視界がはっきりと映る。
「っ・・・!?」
瞬間、彼女の目はこの上なく見開かれた。
途端に鮮明になる視界。
その視界の中にいるのは----------、
「(-------あの洞窟の・・・!)」
大きな羽と嘴(くちばし)。
猛禽(もうきん)と馬を合わせたような、巨鷲なる姿。
それは、ガドスの喉笛で現れた、始祖の隷長(エンテレケイア)だった。
愕然とする彼女の脳裏には様々なことが巡った。
得体の知れない怪物。
怪物と対峙した時の感覚。
どこか覚えのある感覚。
そして、目の前に現れた巨鷲の始祖の隷長(エンテレケイア)。
リリーティアの脳裏に巡るのは、そんな断片的なこと。
けれど、深く考えを巡らせるだけの力は、今の彼女にはほとんど残っていなかった。
それなのに、それらすべてが無性に----------、
瞬間、彼女の胸の奥には炎が小さく灯った。
それは、黒く揺らめく小さな炎。
「-------くっ・・・!!」
彼女は強く歯を喰いしばった。
震える腕に力を込め、ゆっくりと上体を起こして片膝を突く。
そして、傍に落ちていた愛用の武器をそれぞれ両手に握り締めると、不安定ながらも足を踏みしめ、そこに立ち上がった。
「また・・・」
その時、一陣の風が吹き抜けた。
熱のこもった風にリリーティアの纏う外套(ローブ)は激しくたなびき、瞬く間に彼女の顔が灼熱の下に晒された。
纏っていた頭巾(フード)の下から現れた、その瞳。
そこに映っているのは、---------------仲間たちの倒れ伏した姿。
そして、耳に響くのは、---------------”忌マワシキ、世界ノ毒ハ消ス”
彼女の心の奥に灯る小さな炎がその激しさを増した。
それは瞬く間に逆巻く黒い炎と化す。
「・・・奪うのか」
彼女はだっと駆け出した。
鋭い瞳の中に捉えるのは、上空から降り立つ巨鷲の姿。
既に意識を失い倒れ伏しているユーリの上を飛び越え、空高く飛ぶと、体を捻り半回転させながら《レウィスアルマ》を振り上げた。
「プルウィアニクス、アーラウェンティ!」
雪時雨と緑輝く翼風が、巨鷲を襲う。
だが、巨鷲は大きく翼を羽ばたかせて上空に飛び退った。
「スキンティッラ!ラピスロス!」
即座に次の魔術を発動するリリーティア。
巨鷲は体を大きく捻り、
寸前のところで降り注いできた火の粉と大小様々の石を避けると、上空で旋廻してリリーティアに向かってきた。
それでも彼女は臆すこともなく、素早く周りに術式を描くと魔術を発動させる。
「フルティウス!」
砂地に描かれた術式から大きな大河が現れ、下から突き上げるように巨鷲を襲った。
それさえも動きの素早い相手には軽々と避けられ、そのまま突撃してくる巨鷲の攻撃をリリーティアは横に転がり避けた。
巨鷲は砂煙を上げながら着地すると、長く伸びる赤い尾を横へと薙ぎ払ってきたが、反射的な身のこなしで寸前で避けてみせると、リリーティアは魔術を発動させようと《レウィスアルマ》を振り上げる。
直後、巨鷲が空を仰ぎながら咆哮を上げた。
それは耳をつんざくほどの甲高い声で、頭の奥が圧迫される感覚がリリーティアを襲う。
そのせいで魔術の発動は妨げられ、挙句、体の動きが鈍る。
相手はそれを狙っていたのか、再び赤い尾を彼女に向かって薙ぎ払った。
「っ・・・!!」
鈍った体では即座に反応しきれず、彼女はまともにその攻撃を受けてしまった。
その体は容易く吹き飛び、熱砂の上を激しく転がり伏す。
咄嗟に体の前に《レウィスアルマ》を構えて襲ってくる攻撃には備えたものの、大きな体躯の敵に対して人の小さな身で受けたその衝撃は大きかった。
唯でさえ、すでにその体は先の戦いで限界を超えているのだ。
「ごほっ、ごほ・・・ごほ・・・っ・・・!」
口内に砂が入り込み、彼女は苦しげに何度も咽返した。
喉の焼け付く痛み、体中が震え痛む。
それでもどうにか肘を突いて辛うじて上体を起こしてみせた。
だが、それ以上は限界であった。
足を動かそうにも、僅かにしか動かず立つまでの力がない。
そもそも彼女の体は先との戦闘ですでに限界を超えていたにも拘わらず、ここまで見せた動きはあり得ないことであった。
それでもここまで彼女の体を突き動かしたのは、胸の内に激しく逆巻く炎、そこから生まれた衝動だった。
逆巻く炎は激しい衝動となって、彼女の体を突き動かした。
しかし、すでに彼女の体は悲鳴をあげていた。
その悲鳴は彼女の体を突き動かしてきた炎を弱め、それと比例して彼女の意識を奪い取ろうとした。
僅かに霞んでいく視界。
頭上から響く巨鷲の羽ばたく音を耳に、このまま意識を失うかに思えた。
その時であった。
彼女はおもむろに定まらない視線を横へとやった。
その視界に捉えたのは----------、
「-------っ・・・!」
瞬間、彼女の眼が僅かに見開かれる。
同時に体中に駆け巡る、衝動。
けれど、その衝動はまたさっきとは違ったものだった。
それは、彼女の胸に逆巻いていた炎の裏から、突如として現れた感情。
途端に体中が氷のようにさっと冷えていくのを感じた。
灼熱の太陽に晒されていながら、彼女の身体は冷たさに凍える。
胸の奥の奥から溢れ出る冷たさに、体全体が止め処なく震えに震えた。
「っ・・・!」
震える唇に呻く声さえも出ず、彼女はその腕を伸ばす。
悲鳴をあげる体など気にも留めず、ただただ震えるその手を一心に伸ばした。
霞む視界の先にある、
--------------------彼へと。