第4話 奇跡
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「(ありえない・・・)」
リリーティアも驚愕して、薄闇に舞う花びらの中でハルルの樹を見上げていた。
街の人たちが言っていたように、これは夢なのかと、彼女もそう思わずにはいられなかった。
治癒術でハルルの樹を、結界魔導器(シルトブラスティア)をよみがえらせるなど、到底信じられることではない。
パナシーアボトルが後になって効き目が出たのか。
エステルの治癒術によって、パナシーアボトルの効力がなんらかの変化を起こし相乗効果となったのか。
それとも、----------やはりエステルの治癒術だけの力なのか。
リリーティアはエステルを見た。
彼女はその場に座り込んでいて、荒く息をしており、とても辛そうだった。
「(エステル・・・、あなたは・・・)」
辛そうなエステルの元へ駆け出すこともなく、リリーティアは呆然とその場に立ち尽くしていた。
エステルの周りには元気にはしゃぐ子どもたちが取り巻き、満面の笑顔で喜びに声を上げている。
そして、ハルルの街の長が深々と頭を下げ、心からの感謝の言葉を述べていた。
「わ、わたし、今なにを・・・?」
「・・・すげえな、エステル。立てるか?」
エステルはゆっくりと顔を上げユーリを見上げると小さく頷いた。
そして、膝に手をついて立ち上がる。
その時には辛そうだった表情も少し和らいでいた。
「ユーリ!」
カロルがユーリに駆け寄ると、にっと笑って手を掲げる。
ユーリはカロルの意図を察し、彼も手を掲げると互いに手を叩き交わした。
二人はとても嬉しそうで、とくにカロルは心底喜んでいるのが分かるほどの笑顔であった。
「フレンのやつ、戻ってきたら、花が咲いてて、ビックリだろうな。・・・ざまあみろ」
「ユーリとフレンって不思議な関係ですよね。友達じゃないんです?」
「言ったろ、ただの昔馴染みってだけだよ」
ユーリたちが談笑している中、少し離れた場所でただ一人、リリーティアだけは複雑な表情を浮かべ佇んでいた。
「(・・・あれが・・・、〈満月の子〉の力・・・?)」
その時、リリーティアの手が微かに震えた。
それは----------恐怖。
エステルが持つ〈満月の子〉の力の威力を見たからではない。
持っていたとしても、その力を、そして、もちろん彼女自身を恐れることはない。
リリーティアが一番恐れていることは、エステルが持つ〈満月の子〉の力が強いことを知れば、あの人は必ず----------彼女を利用する。
そのことだった。
〈満月の子〉の人造計画は失敗に終わったままで、いまだ何の進展もない状況なら尚更だ。
「(・・・まだ、わからない。そう、わからないんだ)」
自分自身に何度も言い聞かせ、その恐怖を打ち消した。
今はまだ、彼女が古代の〈満月の子〉らと匹敵するような強い力を持っているとは言い切れない。
そう、あれだけでは断言できないのだ。
リリーティアはぎゅっと拳を握りしめた。
ユーリたちと楽しげに話しているエステルの笑顔をじっと見詰めた。
その笑顔に胸の奥が鈍く痛んだ。
「!・・・ラピード?」
いつの間にか後ろにいたラピードが、リリーティアの横へと進み出てきた。
はっとして見ると、普段と様子が違うラピードに彼女は訝しる。
その瞳は鋭く尖り、何かに警戒しているのがわかった。
ラピードの視線を追うと、ここからまだだいぶ離れた距離だが、丘から見渡せる街中に黒装束の男たちの姿が小さく見えた。
「(あれは赤眼・・・。彼らもフレンを追ってきたのか。・・・それとも)」
リリーティアは急いでユーリたちの元へと駆け寄ると、視線だけでその赤眼がいる方向を示した。
「あの人たち、お城で会った・・・」
「住民を巻き込むと面倒だ。見つかる前に一旦離れよう」
ユーリの言葉にリリーティアとエステルは頷いた。
「え?なになに?どうしたの急に?」
カロルは状況が理解できていないままだったが、リリーティアたちがそそくさをその場を立ち去っていくので慌ててついていった。
街の中を足早に進んでいき、南側に位置する街の出口付近で一度立ち止まった。
「面倒な連中がでてきたな」
「ここで待っていればフレンも戻ってくるのに」
エステルは残念な表情を浮かべ、肩を落として呟いた。
「そのフレンって誰?」
「エステルが片想いしてる<帝国>の騎士様だ」
「ええっ!!」
「ち、違います!!」
さも当たり前のように公然とした態度で言うユーリに、エステルは顔を赤くして否定する。
彼女のあまりの必死さに、リリーティアは思わず小さく笑い声を漏らすと、「違うんですよ!」と彼女に強く念を押された。
「あれ?違うのか?ああ、もうデキてるってことか」
「もう、そんなんじゃありません」
エステルはさらにからかってくるユーリに不貞腐れた表情を浮かべた。
「とりあえず、今は早くこの街から出たほうがいい」
「と、そうだな」
リリーティアの言葉にユーリはエステルをからかうのをやめ、再び街の出口へ歩き出した。
先導するユーリの後に続こうと、リリーティアたちも歩き出そうとした、その時だ。
「待ってくだされ」
後ろから呼び止められた。
振り返ると、ハルルの長がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
「花のお礼がしたいので、我が家へおいでください」
「そんなお礼だなんて・・・」
ハルルの樹がよみがえった時も何度も頭を下げてお礼を述べてくれた長は、
どうやらあれだけでは気が収まらなかったようで、ここまで追いかけてきたらしい。
「そんな遠慮なさらずに。私は先に家に戻って-------」
「あの、申し訳ありません。せっかくのお言葉なのですが、私たち、あまりゆっくりもできなくなってしまったのです。どうしてもすぐにここを立たなければいけない用事ができまして・・・。本当に申し訳ありません」
長の気持ちを台無しにしてしまうことには心が痛むが、今は一刻も早くこの街を離れなければいけない。
街の人に迷惑がかかることはどうしても避けなければ。
リリーティアは失礼を承知で長の言葉に割って入り、深く頭を下げて詫びた。
「まだ、騎士様も戻られていないのに街を離れるのですか?」
「ちょっと事情が変わってね」
「そうですか・・・でしたらわずかばかりですが、どうぞお受け取りください」
長は懐から袋を取り出した。
エステルにはもちろん、仲間であるリリーティアたちにもお世話になったからと言って、長はその袋を差し出す。
袋からは微かに金属らしき音が漏れたことから、その中身にはお金が入っているようで、一行に対する謝礼金のつもりなのだろう。
「いえ、それは受け取れません」
「あ・・・えと、じゃあボクもいらない、かな・・・と」
エステルはきっぱりと言い切って断る。
だが、カロルはその言葉と裏腹に、表情には少しばかり残念そうな表情を浮かべていた。
「いや、しかし、それでは気持ちの収まりがつきません」
「なら、こうしよう。今度遊びに来たら、特等席で花見させてくれ」
「あ、それいいですね!とても楽しみです」
ユーリの提案に、エステルは声を上げて喜んだ。
カロルもそれには賛成で、大きく頷いている。
「はな、み・・・」
リリーティアのその声は、絞り出してやっと出たかのようなか細い声だった。
表情は少し強張っている。
その時、脳裏にいくらかの映像がよみがえる。
それは微かで、ただぼんやりと映し出されたような感じだった。
同時に幾重にもの声が頭に響いた。
しかし、それも途切れ途切れに響き、はっきりしたものではない。
『皆で-----とは-----楽し-----すな』
『絶対に-----しい-----ますよ!-----待ち-----ですね』
『-----なる約-----ないわ-----誓-----よ』
『だれ-----ての。-----に-----うぜ』
『-----れより-----う、先に始め-----れない。-----らず-----なぁ』
そこにいるのは誰?
私は、知らない----------シッテイル。
その声は誰?
私は、知らない----------シッテイル。
リリーティアは自問自答を繰り返した。
何度も、何度も。
もうひとつの声が嫌に耳の奥に響くのを感じながら・・・・・・。