第19話 砂漠
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「ユーリ、見て!あそこにいるのって・・・!」
カロルが声を上げたのは、パティと共に進んでから一刻もたたないうちのことだった。
前方に両側が崖に挟まれた隘路めいた場所が見える。
その手前の方に半ば砂に埋もれた人体らしき影を発見した。
一行は急いでその場所に駆け寄った。
間違いなくそれは人で、よく見ると一組の中年の男女だった。
「だ、大丈夫・・・!?」
カロルの慌てた声が響く中、
ユーリは中年の男性、リリーティアは中年の女性に駆け寄り、砂から引きずり出すと容態を確認した。
外傷はなく、二人ともまだ息がある。
エステルが膝をついて、その二人に治癒術を唱え始めた。
「騎士連中はいないみたいね」
「ワン!」
リタが辺りを見渡すと、気配に敏感なラピードも同意を示した。
確かに自分たち以外、誰一人として人の気配はなかった。
「まさか、これが撒き餌って意味?」
「いや、それなら近くでフェローが出てくるのを見張ってるでしょ」
不安げな表情を浮かべるカロルに、レイヴンは首を横に振って続けた。
「単に体力尽きて雑用係としちゃ役に立たなくなったから、ここに捨てていったってとこじゃないの?」
「どちらにしても酷い話ね」
ジュディスがため息に近い声で呟いた。
一組の中年の男女。
もしかしたら彼らがあの兄妹の両親だろうか。
そう話していたその時、エステルの治癒術の光を浴びていた中年の男が身じろぎする。
「うぅっ・・・あ、あなた方・・・」
意識を取り戻したらしい。
エステルが心配げに顔を覗きこんだ。
「楽になりました?」
「ああ・・・妻は、妻は・・・」
「心配すんな、奥さんは大丈夫だ。今はまだじっとしてろ」
倒れていた二人はどうやら夫婦らしい。
妻が無事だと聞くや男性はほっと息をつくと、力を抜いた。
ユーリは男性の上体を軽く起こして支えると、自分の水筒を取り出してそれを口に押し当てた。
その時、女性のほうも呻き声と共にゆっくりと目を開いた。
「あ、気がつきました?」
「う・・・。お、夫は・・・?」
「旦那さんも無事ですよ。ちゃんと隣にいますから」
リリーティアの言葉に、良かったと女性は力なく呟いた。
そして、彼女も上体を起こして支えると、リリーティアは自分の水筒の水を与えた。
エステルの治癒術と水分の補給が効いたようで、しばらくすると、二人はなんとか自力で上体を起こすまでには回復した。
「本当にありがとうございました」
「あなた方のおかげで命拾いしました。お礼を-------といっても、今は何も持ち合わせがなくて・・・」
「ああ、いいってそんなの」
座って深く頭を下げる二人にユーリは軽く首を左右に振った。
それでもお礼がしたいと言っていたが、まずはここから生きて帰ってからの話だ。
「あなたたち、もしかしてアルフとライラのご両親かしら?」
「え、ええ、そうです!あの子たちをご存知なんですか・・・?!」
ジュディスの言葉に男性は何度も大きく頷いた。
やはり二人はあの兄妹の両親だった。
マンタイクでの子どもたちの様子を話すと、二人はすぐにでもマンタイクに戻りたがったが、さずかに彼らだけでは再び行き倒れる公算の方がずっと高い。
そもそも、まだ自力で歩くまでの体力が戻っていないのだ。
「落ち着いて。その体ではまだ無理よ」
両親のことは自分たちが探すと言い含めておいたから子どもたちは大丈夫だと、焦る二人をジュディスは諭して聞かせた。
と、その時。
またあの笛のような鳴き声が空に響き渡った。
「なんじゃ?」
パティとあの兄妹の両親は砂漠に鳥の声が響いたことに首を傾げていたが、リリーティアたちはすでにその声の主を知ってる。
「近くない・・・?」
カロルが言った。
昨日聞いた時よりもそれはだいぶ近い。
「まったく、急かすなって言ってんだろ」
ユーリは苦い表情を浮かべて空を見上げた。
確かにフェローに会うのがこの旅の目的ではあるが、今は違った。
フェローとは戦いになる可能性がある。
この兄妹の両親を連れている今は、甚だ状況が悪いのだ。
「早くさっきの水場まで戻るぞ」
ユーリの言葉に皆が頷いた。
兄妹の両親は深刻な怪我はしていない。
さっき休憩したあの水場まで戻り、一晩休んでからマンタイクへと帰路につくことにした。
とりあえず、今は一刻も早くこの場から立ち去るべきだった。
フェローと今ここで鉢合わせするわけにはいかない。
「ゆっくりでかまいませんから、肩に掴まってください」
まだ自力で歩くのは困難としてリリーティアは女性に手を貸すと、その反対側をエステルが支えた。
そのかわりにリタとジュディスが二人が持っていた荷物を手分けして持ってくれた。
「ほら、おっさん。あんたはこっちの人」
「ええ~?俺様の肩は女性専用-------」
「いいから早くしろって」
ユーリは男性に肩を貸しながら、ごねるレイヴンの言葉をにべもなく遮った。
ユーリとレイヴンの荷物はカロルとパティが背負った。
すると、また甲高い鳴き声が響いた。
「な、なんか、さっきより近くなってない?」
カロルが不安げに空を見上げた。
その声は、明らかにこちらに近づいている。
急いでその場から離れようと一行はその足を踏み出した。
その矢先のことだ。
ジュディスがはっとして背後へと振り返った。
「なにかおかしい・・・気をつけて」
彼女は低い声で注意を促した。
そして、またしてもフェローの声が響き渡る。
だが、すぐ先にある崖の谷間に反響するそれは突然、途中で何か別の音に変わった。
それは、聞く者の耳を蝕むようなおぞましい音に。
「フェローじゃない・・・」
「ああ・・・声の調子が変わりやがったな」
エステルとユーリが話す中、ラピードが鋭い目つきと共に唸り声を上げ始めた。
「あ、あれ・・・!」
カロルが指をさす前方の宙の一点が唐突に歪んだ。
途端に向こうの景色が捻(ねじ)れ渦巻くや、その渦の中から何かかずるりと現れた。
その姿にリリーティアは思わず息を呑む。
現れたそれはあまりに禍々しい姿で。
「何!?気持ちワルッ!」
その姿にリタも思わず声を上げていた。
そこには黒々とした瘴気をまとった、軟体生物めいたものが浮かんでいる。
馬車程もある大きさは巨大なエイにも似た形で、半ば透き通っているそれはさながら巨大なゼリーのようでもあった。
にも拘わらず、その内部の構造を窺わせるものはほとんどない見えない。
「あんな魔物・・・ボク知らない・・・」
カロルだけのことでなく、このような生き物は誰一人として見たことがなかった。
ただ異様な気配が満ちている。
それだけは誰もが感じていた。
「魔物じゃないわね、あれは」
「魔物じゃなかったら何よ!?」
得体の知れない生き物を前にして驚きを露わに訊ねるレイヴンだが、ジュディスは険しい目をもったまま、じっと前方の物体を見ているままでそれには答えはなかった。
そんな中、ユーリの隣にいるラピードの様子がいつもと違った。
異様に緊張しているのか、全身の毛がこれまでにないほど逆立っている。
「ワン!ワン!ワン!」
「ラピードがびびるなんて・・・やばそうだな」
これまで一度も見せたことないラピードのその様子に、相手が只ならぬものだと改めて思い知らされたユーリは苦い表情を深くした。
「(・・・やばいなんてものじゃない)」
それはリリーティアもひしひしと感じていた。
これは今までにない危険な状況だと悟らざる得ない。
ラピードの様子を見てというよりも、自身の体の奥にある何かがそれを告げていた。
その不気味な様相の、正体のわからない超常的な存在-------怪物を前にした、この感覚。
ただの魔物を前にした時とは、それは明らかに違った。
「(でも・・・この感じは・・・)」
だが、彼女の中ではもうひとつ感じているものがあった。
それは自身でもまだよく分かっていなかった。
しかし、その感覚は初めてではないような気がした。
「に、逃げよう・・・!」
「こっちに来るのじゃ!」
カロルが叫ぶが、パティが言うように怪物はすでにゆっくりとこちらに向かってきている。
それに逃げるといっても、こちらには自力で歩けない者が二人もいる。
砂に足を取られる不安定の足場の中を、二人を抱えて逃げ切るのはどう見ても難しい話だった。
置かれた状況にユーリは舌打ちした。
「やるしかねぇてことか」
一行はあの夫婦二人をすぐ傍の岩場に避難させ、荷物もそこに投げ置くと、それぞれに武器を構えて怪物の前に立った。
リリーティアもすでに嫌な汗が流れるのを感じながら愛用の武器《レウィスアルマ》を引き抜く。
怪物の纏う気、怪物を前にした時のこの感覚。
初めてのようでどこか覚えのあるような感覚に戸惑いを感じながら、彼女は静かに《レウィスアルマ》を構えた。