第19話 砂漠
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「ちょっと・・・このへんで・・・休憩に、しない・・・?」
途切れ途切れの掠れた声。
その声はリタだった。
体は前に屈められ、その顔はいかにも苦しげだ。
「さ、さんせ~・・・」
またも掠れた声がひとつ。
それはカロルであった。
彼は膝に手をついて、その顔は力なく項垂れている。
「まったく、しょうがないねぇ」
二人とは正反対に、これはまだまだ張りのある声。
それは言わずもがな、レイヴンであった。
彼はまったく普段と変わらない、といよりも、いつも以上に元気だ。
一行は翌日も引き続き、灼熱の砂漠の中を突き進んでいた。
朝日が昇る涼しい前に歩き始めてから三時間。
すでに日は高く上り、容赦ない陽光がじりじりと照りつけている。
焼け付く喉の乾きに苦しみながら、体を引きずるようにここまで歩き続けてきたが、いよいよ限界だとリタが第一声に休憩を促した。
幸い、すぐ傍には無数の岩があり、斜めから差す日射の反対側は日陰になっている。
一行はひとまず、その日陰の中で一休みすることにした。
「う、もう水がない・・・」
日陰の中に座り込むと、カロルはさっそく水を飲もうと水筒の蓋を開けたが、そこにはもうほとんど残っていなかったようで恨めしそうに水筒口を見ていた。
見兼ねたユーリは自分の水筒を差し出した。
「全部飲むんじゃねえぞ」
「ありがと、ユーリ」
カロルは嬉しげに笑うと、ゆっくりそれを飲む。
水の補給源、命の綱となる仙人掌(サボテン)も今やあまり見かけなくなっている。
変わりにここにあるような岩くずや岩石の姿を頻繁に見るかけるようになっていた。
「あの子たちの両親、見つかりませんね」
砂砂漠から岩石砂漠へと変わりつつある砂漠を見渡してエステルが言った。
「・・・ていうか・・・見つける前にこっちが干からびそうよ」
ぐったりと岩に背をもたせかけるリタ。
その頬はあまりの暑さで赤く火照り、汗が止め処なく流れ落ちている。
「おお、おお。これから未来をしょって立つ若者が情けないね」
「うっさい・・・」
どこか大げさに呆れてみせるレイヴンに、リタは頭巾(フード)の下からぎろりと彼を睨むが、その声はあまりに弱弱しく睨みを効かしたそれはほとんど効果はない。
「すれ違ってなければいいんだけれど・・・」
二人の相変わらずなやり取りを横目にジュディスが呟いた。
砂漠は広く、その上、街道というものがない。
フェローの調査をする騎士団も岩場を目指している可能性を考えて、ここまでの道のりを歩いて来たが、自分たちと同じような道筋を渡っているとは限らないのだ。
少しでも道が違えば、もしかしたら砂の中で倒れている両親を見過ごして、ここまで進んだ可能性もあるだろう。
「ねえ・・・フェローの調査って一体何のためなのかな?」
「さぁな。キュモールの企みなのか、<帝国>の指示なのか・・・」
手で顔を扇いでいるカロルの疑問にユーリは首を捻ると、エステルは沈痛な面持ちを浮かべた。
「街の人たちも無理やり砂漠に連れて行くなんて・・・」
「でもさ、街の人を連れていってどうするんだろう?」
「・・・・・・あの無駄に元気なおっさんに考えさせたらいいんじゃない」
カロルの疑問も最もだが、暑さのせいでろくに頭が回らないリタは考えることも億劫になっているらしい。
投げ捨てるように、ユーリたちに背を向けてひとり立っているレイヴンへと言葉を投げやった。
すると、彼女の言葉にレイヴンは振り返ると、不敵ともいえる悪戯な笑みを浮かべてみせる。
「お、何よ、魔導士少女。俺様をご指名?いやあ、結局頼りになるのはやっぱり俺様-------」
「あたしの命と引き換えに本気でぶっ飛ばすわよ・・・」
「リ、リタ。それだけは駄目です・・・」
彼の態度にほとほと嫌気がさし、その上、この暑さに気が滅入っているリタのその眼は溢れんばかりの怒りに揺れている。
只ならぬ気迫を見せるリタに、エステルは慌てて間に入った。
「そうそう。未来ある若人が簡単に命を捨てるもんじゃないわよ~」
それでもレイヴンの調子は変わらず、リタの視線もその言葉もまったく意に介していない。
寧ろ、さらに悪ノリした態度を見せる彼にリタの怒りはさらに増していき、外套(ローブ)の中から強く握り締めた拳が現れる。
「マジでやりたくなってきた・・・」
「だからやめとけって」
ユーリは重いため息と共にリタに言うと、それくらいにしとけと言わんばかりにレイヴンにも呆れた視線を投げた。
そして、さっきから黙って聞いているリリーティアを見やる。
その視線の意味を察して、リリーティアは少し考えるように真剣な表情を浮かべると、
「おそらく-------、」
遠くの砂漠を見詰めながら、その口を開いた。
「-------フェローを捕まえるためだと思う」
「え・・・!?あんな大きな生き物を!」
目を丸くするカロル。
「それってやっぱり、エステルが、<帝国>のお姫様が狙われたから?」
「でも、それこそ街の人たちを連れて行くのはどうしてです?」
エステルが疑問に思うとおり、地を駆ける魔物どころか空を飛んでいる相手を、何の訓練も受けていない街の人たちが捕らえられるはずかない。
それなのに街の人たちを連れて行くのはどうしてなのか。
「考えられる理由は・・・ふたつ」
リリーティアは皆のほうへと顔を向けた。
「ひとつは、騎士たちの雑用係。主に荷の運搬のため」
自分たちのこの人数でも、砂漠の旅での必要な荷はいつもよりも倍以上の多さだ。
それが騎士団での行軍となると、その荷はさらに多いだろう。
少しでも自分たち騎士団への負担を減らすために運び屋として住民たちを借り出していると考えられる。
また、それだけでなく、あの巨大な体躯であるフェローとの対面も考え、
防備も兼ねて兵装魔動器(ホブローブラスティア)のひとつくらい持ち運んでいる可能性もある。
だから、その運搬のためではないかとリリーティアは彼らに説明したが、フェローの捕縛成功をそこまで当てにしていないと見ている彼女は、アレクセイがキュモール隊に兵装魔動器(ホブローブラスティア)を与えているかはどうかは内心疑問ではあったが。
「じゃあ、もうひとつは?」
訊ねるカロルに、リリーティアは喉の奥に何か重いものが沈む。
街の人たちが強制的に砂漠へ連れて行かれている。
それを聞いてから、彼女はこれから言うもうひとつの理由をずっと危惧していた。
それでも、どうにか喉の奥から言葉を搾り出す。
「・・・・・・囮のため」
その言葉に、ぎくりと顔を強張らせたのはリタとエステルだった。
ユーリもジュディスも僅かに目を細め、表情に険しさが浮かぶ。
だが、カロルだけは怪訝に首を傾げていた。
「どういうこと?」
しかし、今度はなかなか声が出てこなかった。
水底に重く沈んで上がってこない石のように、言わんとしている言葉は重く喉の奥に沈んでいる。
それでも、無理やりにもその口を開こうとした。
「それは・・・-------」
「-------撒き餌って言い換えてもいいかね」
リリーティアの声を遮ってレイヴンの声が響く。
彼女は内心はっとして、背を向けているレイヴンを見た。
「それにおびき寄せられ出てきたところを、ってとこだろうな」
顎に手を当て、空を仰ぎ見ながら言葉を続けるレイヴン。
今までの彼にしては珍しく、その口調もやや真面目なものであった。
「魔物ってのは本能的にも大抵は人を襲うもんが多いからねぇ。・・・ま、フェローはただの魔物ではないそうだけど」
だが最後は一行たちに振り返ると、肩を竦めていつものような軽い口調に戻っていた。
「ったく、<帝国>の執政官ってのはどいつもこいつも・・・」
重い空気が漂う中、二人の話にちっと苛立ちげに舌打ちをしたのはユーリだ。
彼のその言葉はキュモールだけでなく、今は亡きラゴウのことも含めて思い返してのものだった。
ラゴウは自分の欲を満たすために多くの市民を苦しめていた。
その中には屋敷の地下で殺した人々を魔物の餌としていた実態もある。
そして、キュモールもヘリオードでは自らの野望のために市民を苦しめ、また今回のように市民の命と引き換えに自身は安全の中で目的を達しようと考えている。
己の私利私欲のために、守るべき相手である市民を苦しめている悪行に
苛立ちを浮かべる表情以上に彼の心は怒りに震えているのが分かった。
心の奥深くまで渦巻く彼の怒りを思いながら、リリーティアは何ともいえない表情でユーリをじっと見詰めていた。
「それが本当なら許せないよ!」
二人が話した見解にはカロルも怒りの声を上げ、勢いよくその場に立ち上がった。
エステルも強く頷いてユーリを見る。
「急ぎましょう!」
「そうだな」
そうして一行は、容赦なく降り注ぐ陽射しの中へと再び足を進めた。
憤りを感じるユーリたちとは別に、リリーティアだけは彼らと同じ思いもありながら、複雑な感情を抱えたままに彼らと共に歩みを進めた。