第19話 砂漠
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砂漠は地獄だ。
熱と渇きが速やかに襲い掛かり、そこへ行く者たちの命を奪い取ろうとする。
それは、身の程知らずの愚行の報いだといわんばかりに。
「・・・・・・影一つない、ですね」
途方なく広がる砂漠を見詰めながら、エステルが呟いた。
その頭には強烈な太陽の陽射しから守るために頭巾(フード)を深く被っている。
「はぁ、この暑さヤバすぎ・・・」
その隣でリタが疲れ切った声でぼやいた。
一行は砂の上をただひたすらに進み歩いていた。
過酷なのだとそれぞれに覚悟はしていたものの、やはり予想し切れるものではない。
結局それは想像でしかないのだ。
各自、水を常備しているといえど、砂漠の上ではあっという間に水筒の貴重な水はたちまち底をつき、何度も喉が焼け付く苦しみにさらされた。
「マメな水分補給が必要だね」
「ああ、日干しになりたくないしな。水筒、水筒っと」
小形の刃物(ナイフ)を片手に持ったユーリは、目の前にある仙人掌(サボテン)から溢れ出る水を水筒に注ぎ入れる。
木乃伊(ミイラ)となって砂に埋もれる運命を避けられているのは、ひとえに所々に生えるこの仙人掌(サボテン)のおかげであった。
棘に注意して分厚い多肉質の茎を切り開くと、その中から多量の水分が溢れ出し、水を補給することが出来るのだ。
それでも過酷な旅には変わりなく、容赦ない日射と足場の安定しない砂地に、飲み水にはありつけても体力は奪われる一方であった。
そうして、ゴゴール砂漠中央部に入って間もなくしないうちに、ユーリたちは砂漠という厳しさをその身をもって思い知らされたのだった。
とはいえ、そんな同じ環境の中にいながら、受け取り方にはそれぞれの個人差があるらしい。
そのことにユーリたちが気づいたのは、砂漠中央部への旅を始めてから丸二日が経った時のことだった。
「行けども行けども砂ばかり・・・」
「この砂、どこまで続くんでしょう・・・」
掠れた声をこぼすカロルとエステル。
二人はその足で何度も砂を蹴り飛ばし、ほとんど足を引きずっているような状態で、それはあまりに重々しい足取りであった。
「準備なしで放り出されたらたまんねえな」
二人より体力のあるユーリはまだ声音に張りがあったが、それでもその足の運びは普段より重い。
彼の隣にいるラピードも舌を出して辛そうだった。
「・・・あのおっさんは準備なしでも平気そうよ」
不意にリタが口を挟んだ。
その眼は恨めしそうに誰かを睨んでいる。
見ると、いつもと違い一行の先頭を歩くレイヴンの姿があった。
暑さでやられているユーリたちとは違って彼の足取りは軽快で、その上、何やら鼻歌まで歌っている余裕さえ見せている。
「おっさん・・・暑くないのか?」
「いや暑いぞ。めっちゃ暑い、まったく暑いぞ!」
ユーリに問われたレイヴンはくるりと振り返ると、溌剌(はつらつ)と両手を振り上げてみせた。
どう見ても暑そうにしているようには見えない。
「うっとうしい・・・」
「暑いって言われるたびに・・・温度か上がっていく気がします」
「ほれ、たらたら歩くと余計疲れるぞ」
ぱんと二度手を叩いてレイヴンはそう促すが、リタとエステルはうんざりした目を彼に向けるだけだった。
寧ろ、さらに覇気をなくした様子である。
「なんでそんなに元気なの・・・?」
「いるよな、人がばててる時だけ元気なヤツ・・・」
それは彼女たち二人だけの話ではなく、弱弱しい声でカロルがぼやくと、ユーリは呆れにも似たため息をひとつ吐いた。
「ぶっ飛ばしたい・・・」
「無駄に動くなよ」
無駄に元気とも言えるレイヴンの様子に、一層恨めしげな眼を向けてリタが言った。
強く拳を握り締める手が外套(ローブ)の中から出ている。
どうやら本気で彼を殴りたい衝動に駆られているようだったが、ユーリの制止の言葉にそれは止められた。
「・・・おっさんのくせになんであんなに元気なわけ・・・」
「・・・ほんとだよ」
肩を大きく落として力なく声をこぼすリタとカロルに、他の皆も同調するような重いため息が洩れた。
それでもレイヴンは気に留めた様子も見せず、ひとり砂漠を見渡している。
そうしてまた鼻歌さえ歌い出し、ユーリたちは半目になって先に立つ彼の背を見た。
同じ環境にいながら何故こうも受け取り方が違うのか。
そう怪訝に思う傍ら、暑さに滅入っていることも増してユーリたちの中に重い空気が漂う。
「まぁ、今は少しでも先へ進もう。ここでじっとしていても無駄に体力が奪われるだけだから」
彼らのそんな重い空気を断ち切ったのは、リリーティアだった。
見ると、気遣わしげな笑みを浮かべてこちらを見ている。
「・・・思えばさ、意外とリリーティアも元気だよね」
そう言ったのはカロル。
先の彼らのやり取りを見てきても分かるように、同じ環境の中にいても受け取り方に個人差があるのは極端に彼だけの話のように見えるが、この二日間、リリーティアも疲れた様子を一切見せていなかった。
「そう?」
「元気って言うのはちょっと違うけど、・・・こんなに暑いのにまったく普段と変わらないよね」
カロルの言葉にどう返して言いか分からず、リリーティアは肩を竦めると困ったような笑みを浮かべた
よく見れば、リリーティアのその額には僅かに汗が滲んでいるが、常にそこにはいつもと変わらない表情があった。
寧ろ普段よりも、いつもと変わらない彼女らしい笑みを多く浮かべているように思える
レイヴンは例外として、他の者は少なからずこの暑さに滅入っているというのにだ。
元気というと彼のような姿を言うのだろうが、この過酷な環境な中にいるにも拘わらず、リリーティアは至って平然としていて普段と変わりない。
ユーリたちからすれば彼女の様子も十分に元気であると映った。
「いつもより荷物もたくさん持っていますけど・・・、大丈夫なんです?」
エステルは申し訳ないような表情を浮かべた。
外套(ローブ)を纏ったリリーティアの肩には雑嚢(ざつのう)がいくつか背負われていた。
これまでの旅にしても必要なものはそれぞれに手分けして持っているが、いつも旅してきた平地と違って、砂漠の中では動物たちの姿もなく自然界からの食料の調達は望めない。
どのくらいの旅になるかも分からないために多めの食料と、砂漠という過酷な環境の中では必要な道具の数も必然的に多くなる。
そのため、いつもよりも一行の荷物は大分多いものとなっていた。
今回の旅ではレイヴンはもちろん、まだ体力のあるユーリや少しは砂漠に慣れているらしいジュディスと、それぞれに手分けして持ってはいるが、それでもいつもより多い分の荷物をリリーティアはその肩に背負っている。
「確かに暑いのは暑いけど、これぐらいなら大丈夫」
本人は暑いと言っているがそんなことは微塵も感じさせず、彼女はやはり普段と変わらない素振りであった。
はじめこそは無理をしているのではとも思ったが、この容赦ない暑さの中だ。
本当は無理をしていたとして、あそこまで平然としていられるのも難しい。
この二日間の彼女の様子を見た限り、それはどう見ても痩せ我慢をしているようには見えず、事実として彼女は平気のようだ。
ある意味、彼女もそこはレイヴンと同じであった。
「それに、こうして準備してここにいる私たちはまだいいけど・・・」
リリーティアはそこで言葉を切ると、遠くに広がる砂漠へと視線を移した。
「あの子たちの両親は何も準備もなしに連れて行かれたのよね」
リリーティアの言葉を引き継ぐように言ったのはジュディス。
彼女も眼を細めて砂漠の先を見詰めていた。
二人の言葉にエステルはマンタイクを出る直前に出会ったあの兄妹の姿を思い浮かべた。
「フェローも探さなきゃ、だけど・・・」
「ええ。アルフとライラからの依頼を先にしていいかしら?」
ジュディスのこの問いかけは、一行にではなくカロルへ向けてのものだった。
それは、『凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)』でその首領(ボス)であるカロルに、ギルドとしての今後の行動の承諾を得るためのものだった。
だが、カロルは戸惑ったような声を溢すと、窺うようにエステルを見る。
「で、でも・・・」
「わたしたちとの依頼は終わったはずですから」
そう言うとエステルはリリーティアを見た。
リリーティアは彼女その視線にただ静かに頷いてみせると、エステルも同じように頷き返してカロルへと視線を戻した。
それを見たカロルも、力強く頷いた。
「じゃあ、そうしよう」
「よし。一刻も早くあの二人の両親を探そうぜ」
ユーリの言葉に、一行は再び砂漠の中を歩き始めた。