第18話 黄砂の街
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一行は水を汲みにいくために泉に向かった。
その道中、宿の主人から聞いた情報にリリーティアはひとり考えに耽っていた。
「(統領(ドゥーチェ)の捕縛・・・)」
あそこにいたフレンは闘技大会に勝ち進んで、『戦士の殿堂(パレストラーレ)』の統領(ドゥーチェ)に近づこうとしていたというのか。
だとしても、〈人魔戦争〉の世に隠された真相を知るリリーティアにとってはその話を訝った。
「(〈人魔戦争〉の裏で糸を引いていたっていうのは・・・)」
その者が何をどう裏で糸を引いていたというのか。
〈人魔戦争〉の発端は始祖の隷長(エンテレケイア)が深く関わっている。
そして何よりその発端となる引き金になったのは----------。
リリーティアは頭を振った。
今、その事実は関係ないだろう。
泉に辿りついた一行はさっそくそれぞれに水筒に水を汲んでいく。
リリーティアも水筒の蓋をあけると容器を泉に浸した。
「水筒、こんな小さくて大丈夫なの?」
泉の水を汲みながら、カロルが言った。
「そうね。砂漠に生えているある種の仙人掌(サボテン)は水を多分に含んでいるの」
だから、砂漠のところどころに生えているその仙人掌(サボテン)を切り開いて、その中にある水でこまめに補給していけばいいとジュディスは説明した。
それにあまりに大きな水筒を持っていても重量がある分体力が消費され、それこそ砂漠の旅がままならなくなる。
それも踏まえて、今持っている水筒の大きさは砂漠の旅には適しているのだ。
「(それよりもベリウスという者は一体何者なんだ・・・」
あの人がその者の捕縛を指示する理由は・・・。
水を汲み終えたリリーティアは彼らが話しているのを耳にしながらアレクセイの行動を推し量ろうとした。
『戦士の殿堂(パレストラーレ)』の統領(ドゥーチェ)の捕縛があの人が求める理想に必要なことなのか。
捕縛といえば、フェローのこともある。
こちらはキュモールにそれを指示している時点でそれほどあてにはしていないようだが、あの人にとっては”始祖の隷長(エンテレケイア)の捕縛”は何より重要なことだ。
それはまた、”聖核(アパティア)と同意義”なのだから。
「(ならなぜ『戦士の殿堂(パレストラーレ)』の統領(ドゥーチェ)を優先して・・・)」
『天を射る矢(アルトスク)』に匹敵する巨大ギルドといえ、なぜ、一ギルドの首領(ボス)を捕まえようと動いているのか。
事実かどうか知らないが〈人魔戦争〉の裏で糸を引いていたといって捕らえたところで何になる。
再び、騎士とギルドを衝突させるつもりでもあるまい。
騎士とギルドを衝突させても、今はあの人の理想にとって何の意味もないことのはずだ。
どう考えても、”始祖の隷長(エンテレケイア)の捕縛”のほうが重要ではないのか。
それ同等の価値が統領(ドゥーチェ)の捕獲にあるのか。
「(その統領(ドゥーチェ)が始祖の隷長(エンテレケイア)だったらまだしも・・・)」
そこで、リリーティアはふと思い出した。
確か、闘技場の街を作ったのは古い一族と言っていた。
始祖の隷長(エンテレケイア)だと。
そして、その街を管理しているのは『戦士の殿堂(パレストラーレ)』。
「(まさか、『戦士の殿堂(パレストラーレ)』の統領(ドゥーチェ)は・・・)」
リリーティアがそこまで考えた時だった。
「やだよぉ、はなしてよぉ!」
不意に耳に聞こえたのは少女の声。
見ると前方にある石造りの小さな家の横で数人の人たちが何やらもめている。
一方は帝国の騎士、もう一方は幼い少女と少年のようだ。
騎士の一人に少女が手を掴まれ、じたばたと暴れている。
「外出禁止令を破る悪い子は執政官様に叱っていただかないとな」
「いやだ!ぼくたちお父さんとお母さんを探しに行くんだよ・・・!」
女の子を取り押さえている騎士の言葉に今度は男の子が食って掛かった。
その男の子の言葉を聞いて、ユーリの眉が僅かに動いた。
彼は先に前に出かかるエステルを制して、ラピードと共に騎士たちに近寄る。
「執政官様とやらの代わりにオレが叱っといてやるよ」
「よそ者は口出しするな」
突然割って入ってきたユーリに騎士たちは面倒げに軽くあしらった。
すると、今度はエステルも前に出て、ユーリの隣に立つ。
「許してあげてください。わたしが直接、この子たちに代わって執政官に頭を下げます」
「だから、よそ者は口出しするなと・・・・・」
そこで騎士はエステルの顔をまじまじと見た。
リリーティアは咄嗟に前に出そうになったが、踏みとどまりその様子をじっと見詰めた。
ダングレストの一件で<帝国>の庇護の下を飛び出して旅に出たエステルは、実際は騎士団に追われている身ではある。
アレクセイはリリーティアが傍についているからと少しばかり容認しているところはあるが、それはアレクセイ個人としての考えであり、または思惑だ。
<帝国>騎士団としては本来なら保護して連れ戻すところである。
リリーティアは何事もないようにそこに立っていながら、
騎士たちの出方によってはすぐに行動に移せるように意識を集中した。
何より一番危惧するのは、相手はキュモール隊だということだ。
ヘリオードでも彼らは<帝国>の姫に対しても容赦がなかった。
キュモールが今、エステルに対してどんな指示を出しているか分からない以上、騎士たちがエステルに対して、どんな行動をとるか分からない。
「もしや、この方は--------」
騎士たちははっとした。
エステルが<帝国>の姫だと気付いたらしい。
「し、失礼しましたっ!お、おい、行くぞ!」」
そして、蜘蛛の子をちらすように騎士たちはその場から去っていった。
彼女が<帝国>の庇護の下を飛び出してきたことが彼らまで伝わっていないのか、それともキュモールの何らかの指示があるから見逃したのか、そこはよく分からない。
とにかく面倒なことにはならずに済んだようだ。
リリーティアはほっと音もなく息を吐いた。
「もしかて、・・・まずかったでしょうか?」
エステルはやや戸惑った顔をユーリに向けた。
今になって自分のとった行動の意味に気付いたらしい。
「・・・ま、結果オーライだな」
ユーリはやや苦笑いを浮かべた。
相変わらず向こう見ずな行動にはひやひやさせられるが、彼の言う通り何事もなく騎士たちが去って行ってくれたから、それはそれで助かったといえる。
「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
怖い騎士たちがいなくなって女の子がにっこりと笑った。
エステルはその場にしゃがむと、子どもたちとその視線を合わせた。
「坊やたち、お名前は?」
「ぼくはアルフ、妹はライラって言うんだ」
どうやら二人は兄妹らしい。
男の子が元気よく名乗った。
「お父さんとお母さん、どうしたのかしら?」
ジュディスが首をかしげて聞くと途端に男の子の表情は沈んだ。
「シッセイカン様の馬車に乗せられて砂漠に連れてかれちゃった・・・。フェローのチョウサするんだって」
「フェローって・・・!」
その言葉にエステルは目を見張ってユーリを見上げると、彼も真剣な表情で頷き返した。
つまり、兄妹である二人はフェローの調査のために騎士団によって砂漠に連れて行かれた両親を探しに行こうとしていたが、外に出たところを騎士に見つかり、捕まって連れて行かれそうになっていたところを一行たちが助けたということだった。
「フェローの調査って何をする気よ?」
「それに街の人を利用してってことだよね?ひどくない?」
レイヴンとカロルが言う。
始祖の隷長(エンテレケイア)の捕獲のためにということを知るリリーティアだけは胸の内で納得していた。
内部への監視、外部に対する遮断。
それらの理由はすべてはフェローの調査に住民たちを駆り出すためのものだったのだ。
反乱を起こさないように住民たちを利用するために。
「ねえ、お兄ちゃん。お父さんたちを探しに行かないの?」
女の子が兄の服を引っ張った。
幼い兄妹は尚も砂漠に向かおうとしているようだ。
「やめなさい。あなたたちが砂漠に行っても死ぬだけよ」
「っジュディス!」
現実を突きつけた厳しいジュディスの言葉に、慌ててエステルが非難の声をあげた。
厳しい目でジュディスを見ている。
だが、気にせず彼女は一呼吸置いて続けた。
「私たちが探すわ。だから、砂漠に行ってはダメ」
ジュディスがはじめからそのつもりだったらしい。
エステルはあっと呟き、途端にばつが悪そうな顔を浮かべた。
「ほんとに?」
「私、ウソはつかないわ」
目を輝かせる男の子。
ジュディスは笑顔で頷いてみせると、カロルへと振り向いた。
「・・・いいでしょう?カロル」
「うん。いいよ」
「いやにあっさりしてるわね」
「義を持ってことを成せ、ですよね?」
即座に頷くカロルにリタは少し呆れていたが、エステルは嬉しげに微笑んだ。
「ありがとう!お姉ちゃんたち」
「お礼にこれ、あげる!」
喜ぶ兄妹。
男の子はポケットから何やら取り出すとジュディスに差し出した。
小さな手の上でキラキラと輝きを放つそれ。
よく見ると、兄妹が差し出したのは小さな硝子玉だった。
それは、どこにでもある取るに足りない代物。
どこかで拾った、ただのがらくた。
「・・・硝子玉?」
カロルの呟きにジュディスが首を横に振った。
「素敵な宝石だわ」
嬉しげに微笑んで、ジュディスはそっとそれを受け取った。
リリーティアも表情を和らげてその硝子玉を見詰めた。
確かに、それは”宝石”だった
子どもたちのたくさんの思いが詰まった----------宝物。
「仕事の報酬ですね」
エステルもにこっと笑う。
「先払いしてもらった分、きっちり働かないとな、カロル」
「そうだね」
ユーリとカロルも笑い合って力強く頷いた。
それは彼らだけでなく、皆、異論はなかった。
この子たちの両親を必ず助けよう。
皆が同じ気持ち中、一行は子どもたちを家に送ってから街の外へと向かった。