第18話 黄砂の街
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「この外套(ローブ)を頂けますか。あと-------」
木の骨組みに布地で張った屋根の下。
色鮮やかに刺繍された絨毯の上に所狭しと並べられた様々な用途の道具。
それらの道具を売る店主は言われた通りのものを手に取ると、目の前で片膝をついた店の客 リリーティア に渡した。
リリーティアは受け取ったその道具をひとつひとつ雑嚢(ざつのう)の中に仕舞う。
そして、彼女は立ち上がりながら店主に礼を言うと、雑嚢(ざつのう)と外套(ローブ)を手に持って店を後にした。
太陽は真上を通り越し、少しずつ傾き始めている。
午後の一番暑い時間。
少し歩いただけでも汗ばむ額に、リリーティアは椰子(ヤシ)の木が立つ建物の影へとその身を寄せた。
「(必要なものはこれで十分か)」
手に提げた雑嚢(ざつのう)と外套(ローブ)を見るリリーティア。
何度もリタが厳しく言っていたように、彼女は砂漠へ向かうための準備をしていた。
準備にはユーリとジュディスと手分けして行っており、リリーティアは砂漠の旅に必要な道具諸々の調達を担っていた。
そうして十分な準備を終えて、一度宿に戻ろうと歩き出したその矢先のことだった。
「(あれは、パティ)」
泉近くの椰子の木の下にパティの姿を見つけた。
おそらく宝の手がかりを探すために街を見て回っているのだろう。
住人とはろくに会話も出来ないこの街の状況で有力な情報は得られたのだろうか。
リリーティアは彼女の方へと足を向けた。
「お、ティア姐」
「情報集めのほうはどう?何か分かった?」
パティは腕を組んで考える素振りを見せたが、やはりなにも分からなかったらしい。
街の人たちの対応はリリーティアも知るのとまったく同じようだ。
この様子では街の人からは聞き出せそうにないと少し残念そうな顔を浮かべたが、彼女の表情はすぐにいつもの明るさに戻った。
「まぁ、なに、少し前に『天地の窖(あなぐら)』から新たに連絡が届いたからの」
情報の提供を依頼している『天地の窖(あなぐら)』がパティの探している宝、麗しの星(マリス・ステラ)について何やら情報を手入れたらしい。
この街に来てすぐに彼らの伝達係から連絡がきたようで、今その情報が届くのを待っている所だった。
「何やってんだ?」
そこにユーリがやってきた。
その手にはいつも持っている愛用の剣だけでなく、雑嚢(ざつのう)を二つ、肩にかけて背負っている。
明日の旅の準備に彼は食料の調達を担っていたから、おそらくその中には砂漠の旅に必要な食料がずっしりと詰まっているのだろう。
「なんじゃ、うちと別れるのが寂しくて探しにきたのか?」
「おまえの方がオレと離れたくなくて、この辺りをウロウロしてるんじゃないのか?」
「素直じゃないの~。お、そうかそうか、ティア姐と二人で話していたから妬いたんじゃな。心配せんでもうちはユーリ 一筋なのじゃ。だから、うちと結婚してくれ」
パチリと片目を瞑るパティ。
相変わらずパティはユーリのことが本当に好きらしい。
ラゴウの屋敷で会った時から常に彼女はユーリに対する想いを恥らうことなく堂々と公言している。
あまりに素直に想いを口にするから、時に本気なのか本気じゃないのか分からなくもなるが、やはりその想いは嘘じゃないだろう。
同姓としてはそうやってはっきりと自分の想いを伝えるその姿勢は羨ましくも感じられるし、また、リリーティアはそこが彼女の魅力のようにも感じていた。
「おまえが大人になったら考えてやるよ」
だが、ユーリはユーリで相変わらず彼女の言葉を受け流している。
今もただただ呆れていて、小さくため息さえ吐いていた。
いつもの光景となりつつあるそんな二人のやり取りにリリーティアは小さく笑った。
その笑い声に何を思ったのか、ユーリが何か言いたげな視線を投げてきたが、そこは気付かないふりをしておいた。
「ほんと二人とも仲がいいね。私の方が妬いちゃうよ」
「当然、なのじゃ!」
腰に手をあてて胸を張るパティの姿にユーリはまた二度目のため息を吐いた。
そんな他愛ない話しをしていると、街中からひとりの男がこちらへと駆けてくる姿があった。
どうやら彼がパティが待っていた測量ギルド『天地の窖(あなぐら)』のギルド員らしい。
「あんたら、なに?」
男はリリーティアとユーリを訝しげに見る。
「うちの旦那と-----」
「違うだろ・・・。こいつのちょっとした知り合いだ」
まあいいやと、ギルドの男はリリーティアたちのことを深く気に留めずにパティへと向き直った。
「一応、あんたが欲しがってた麗しの星(マリス・ステラ)の情報は手に入れたが・・・」
「ありがたいのじゃ」
男は懐から一枚の紙切れを取り出した。
そこにパティの知りたい宝の情報が書かれているらしい。
だが、喜ぶパティの前で男の顔は険しい顔つきになる。
「その前に、あんた・・・アイフリードの孫って話、本当なのか?」
途端にパティは表情を強張らせた。
その男の声はすでに棘のある響きが含まれている。
一瞬にして辺りは重く張り詰めた空気に変わってしまった。
「聞いたんだよ、そういう噂を。・・・本当なのか?」
「・・・・・・」
パティは顔を伏せた。
口は堅く閉ざされ、何も言葉を返さない。
それは、ノードポリカで女店主に訊ねられた時とまったく同じだった。
「本当なんだな。だとしたら、おまえにこいつはやれない」
彼女のその無言が肯定を意味することはこのギルドの男も分かった。
そして、男は手に持っていた紙切れを懐に仕舞い込んだ。
「ギルドの義に反した奴の孫と取引したとわかったら、うちらの信用もないからな」
「アイフリードは・・・」
顔を上げて何かを言いかけたが、しかし、パティは続けようとした言葉を飲み込むように再び口を閉ざしてしまった。
ユーリはただじっとそれを見ていた。
男に向けたその視線は僅かに厳しく咎めるもので、それもまたノードポリカで見たものと同じだった。
反対にリリーティアはその視線を落としていた。
ギルドの男に対しても、パティに対しても、正直どんな顔を向けていいか分からなかったからだ。
「あんた自身はどうか知らんが、ギルドの世界で生きる俺たちにとってはアイフリードは最も許せない存在だ」
途端、リリーティアの脳裏に蘇る記憶。
海賊帽を被った灰色の髪に、彫りの深い精悍な顔立ち
---------『海精の牙(セイレーンのきば)』の参謀 サイファー の姿。
僅かな時間に会話を交わしただけの人。
それでも、分かった。
部下を想う優しい人だということを。
その瞳は睨まれると一瞬で身動きが取れなくなるような、威光を放った鋭さを持っていた。
けれど、それに反して、彼が紡ぐ言葉、溢れる雰囲気。
あの時そのすべてに彼の持つ優しさを感じられた。
長い時間がたった今でも、憶えている。
彼の表情、声、言葉、その心。
「そんなやつの身内だと自分で言って回るようなやつと関わるのはごめんだ。金輪際、俺たちの前に顔を出さないでくれ」
そんな彼の首領(ボス)、アイフリード。
一度も会ったことのない人。
それでも、あの時なんとなく思ったのだ。
きっと『海精の牙(セイレーンのきば)』の首領(ボス)も心から想う人なんだろうと。
部下を、大切に想う人なんだろうと。
参謀である彼のように。
「今回の件を逆恨みして、うちのギルド員に何かするようなことがあったら黙っちゃいないぞ。ギルド『天地の窖(あなぐら)』を単なる測量集団だと侮るなよ」
「そんなことしないのじゃ!」
その時だけは、パティの声が大きく響いた。
そうだ。
そんなことしない。
そんなこと、するはずがない。
部下を想う彼のことだ。
部下を想う彼の首領(ボス)のことだ。
だから、首領(ボス)の孫である彼女も、そんなことしない。
もちろん、記憶を失くした彼女であっても-------、
「どうだろうな・・・何しろ、護衛と称しながら船を襲った卑怯者の血が流れてるんだ」
瞬間、リリーティアははっとして男の顔を見た。
同時に、胸の奥に湧き上がる激しい感情。
「何を考えてるんだかわか-------」
「-------そんなことしない」
男の言葉を遮った、静かな声。
今まで黙っていた彼女の口から突然発せられた声に、男は眉を寄せてリリーティアを見た。
「リリィ・・・」
ユーリも僅かに眉を潜め、リリーティアを見ていた。
彼女のその声は静かなものだったが、怒りが込められていたようにも感じた。
だが、その目はただまっすぐにギルドの男を見ているだけだった。
睨むでもなく、ただただまっすぐに真剣な眼差しで男を見据えている。
それでも、そこには言葉以上の意味が、言葉以上の彼女の想いが込められているような気がした。
その言葉に隠された真意を推し量るように、ユーリはリリーティアをじっと見た。
けれど、それ以上のことは分からなかった。
その言葉がパティを想って言った言葉であること以上は。
それ以外の意味が含まれていることを、それ以上の複雑な想いが絡んでいることを、リリーティアの過去を知らない彼に読み取ることは出来なかった。
「・・・あんたらもあまり関わりにならない方がいいぜ」
ギルドの男は当惑した様子でリリーティアを見ていたが、しばらくして背を向けると、その忠告するような言葉を言い残し、男はさっさとその場から去っていった。
結局、パティの探す麗しの星(マリス・ステラ)の情報を聞き出すことが出来ないまま。
「・・・・・・黙って聞いてるだけなのな」
長い間、もしくは、少しの間だったのかもしれない。
リリーティアたちの間に重い沈黙が流れた後、ユーリが口を開いた。
「・・・わからないのじゃ、祖父ちゃんのこと、事件のこと・・・。本当なのか嘘なのか、悪人だったのか良い人だったのか・・・」
そこにいつもの元気な声はなく、儚く沈む小さな声だった。
パティは俯いたまま、言葉を続ける。
「うちがわかってるのは、うちにとって祖父ちゃんがとても大切な人だったってことだけ・・・。だから、否定も肯定もできないのじゃ」
「自分がどういう人間なのかもよくわからない、か?」
記憶のないパティには世間で知られる祖父の姿が事実なのかどうかも分からない。
まして、記憶のあった自分自身がどういった人間だったのかさえも知らない。
それでも、祖父が大切な人だったという想いは微かに憶えているという。
だからこそ、世間に伝わる祖父の姿、その行いに戸惑っているようだった。
「うちはうちなのじゃ。それはわかっとるのじゃ」
けれど、記憶の有無関係なく、世間の噂関係なく、パティはパティ。
祖父が大切な人だったという想いはパティ自身の中に確かにあった。
だったら、言い返せることもあったんじゃないのかとユーリは言ったが、
パティは首を横に振って、リリーティアたちに背を向けた。
「・・・いいのじゃ。・・・祖父ちゃんのことで、あれこれ言われるのはもう慣れっこなのじゃ。うちはそんなつまらぬことは気にせず、気ままな宝探しを続けるのじゃ」
「そんな強がり言って、一人になった時こっそり泣くなよ」
「泣いてなんかいられないのじゃ。何しろ、うちのモットーはつらくても泣かない、なのじゃ」
この時、パティのその声は少し明るい調子に戻っていた。
ユーリは軽い調子で返していたが、彼女の今のその明るさは何となくそう装っているようにも感じて、リリーティアは僅かに表情を歪ませた。
「そうは言っても、宝探しの手がかりがない状態じゃどうにもなんないよな」
「なに、宛てはある。・・・じゃあの」
そう言うと、パティはその場を駆け出した。
途中、何かを思い出したかのように小さく声を上げると彼女はくるっと振り返った。
「ティア姐、ありがとうなのじゃ」
パティはにっと笑顔を浮かべた。
そんなことしないと、ギルドの男に向けたリリーティアの言葉。
その時のことに対する礼であり、浮かべた表情なのだろう。
一瞬、彼女のその言葉の意味も、その笑顔の意味が分からなかったが、すぐにその意味を知ったリリーティアは彼女の笑顔に思わず頬が引きつりそうになった。
けれど、どうにか頬に意識を向けて彼女と同じようにリリーティアは笑みを返してみせた。
複雑な感情を胸に秘めながら。
そして、パティは街の中へと走り去って行く。
リリーティアも、そして、ユーリも彼女が去っていくのをじっと見詰めていた。
どんどん小さくなる彼女の背中に比例して、胸の奥に何かが重く圧し掛かっていくのを、リリーティアはひとり感じていた。